13・1年後
色々あった。
本当に、色々あった。
あの有機生命体……もとい、迷宮に住まう変人・アイリスとの出会いから丸一年。
そう、はや一年。
俺は、人化を習得した。
■ ■ ■
「だからこの服はこの洗剤使っちゃダメだっていいっただろ!使うならアルさんとこの洗剤!これも前に教えたよな確かぁ!ああもう変色してんじゃんもー!てか何で青い服を緑の洗剤で洗ったら紫色になるんだよ!?おめー他になんか混ぜたんか!?」
「えへへ〜ゴメンね〜?」
「えへへ〜、じゃねーわ!これどうせ俺がまた洗うことになるんでしょ!?」
「そうだよ?」
「そうだよ?じゃねー、よ……ああもうほんとに……もう……」
「ううん、アルさんの洗剤使えって話は覚えてたから、使ったんだよ。ほら、これとこれと、これかな?」
「うん、指定した洗剤と……染料と……塗料だとっ!?」
「え?」
「しかも両方なかなか色落ちしないと有名な!?それらを混ぜてっ!?」
「あらら」
「あああららぁぁぁ!!」
「らら?」
「らああぁぁぁあ!!これぜってぇ落ちねええ!!」
と、ご覧のようにとても愉快な日々を送っている。
ユカイユカイ。
マジユカイ。
さらっと流したが、俺は人に成れた……というか、人の姿になることが出来た。
擬態とでも言うのだろうか。
この一年、擬態に全力で取り組んできただけあって、精度はかなり高くなった。
ぱっとみじゃ人間でないとは気づかれない。
いや、じっくり見ても、相当至近距離に居ても、絶対にバレない自信がある。
これはスキルによって勝手に形成されるのではなく、自分の意志で体を変形させての擬態だ。
分かるだろうか、ここまで完全な擬態を実現させた苦労が。
例えるならば、そうだな。
両の手でカエルを形作ったことは有るだろうか。
あるいは手影絵のうさぎでもいい。
ああいうのを、骨格・関節・皮膚のシワに至るまで完全に再現する感じ、といえば伝わるだろうか。
やってみ?うさぎ。
あれ、関節まで表現できる?
1日2日の努力じゃ無理よ?
それこそ丸一年、人によってはそれ以上の時間をかけないとこのレベルには到達するまい。
まっ匠の技ってやつかな(ニヤリ)。
「……あっ、あれぇ、何でコーンスープが血のような赤に?……」
……ごめんなさいイキったのは謝るからあれをどうにかしてくれ。
俺は今、いい年した大人を子守する羽目になっている。
あれの名前はアイリス。
先程ちらっと言ったが、好んでこの迷宮に住んでいる変人だ。
そして、一応俺の命の恩人でもある。
あの時拾ってくていなかったら、多分俺は餓死していただろうから。
あの見事なまでの腐肉料理には閉口したが、命拾いしたことは確か。
それからはペットのようにアイリスの家にいた。
恩返しのつもりで、今はアイリスの家事雑事を手伝っている。
手伝ってると言うか、ほぼ俺の主導というか……。
アイリスはとにかく家事が出来ない女だ。
だから、ある程度擬態で動けるようになると、俺は率先して家事を行うようになった。
ゴミ屋敷に住むのは御免だ。
腐肉料理を食うのも御免だ。
かといってここから出て新たに住心地のいい家を見つけられるとも限らない。
だからこうなってる。
俺は家政婦かってんだ。
……食わしてもらってる立場だから、強くは出れないんだよな。
ここ1年で、擬態の練習と並行してアイリスの本を読み、この世界のことをだいぶ学べた。
読書は良い。
自分のペースで、好きなように学習できる。
学習と言っても、この世界の常識、歴史書だったらあらすじが分かればその程度でいい。
幸いなことにアイリスも読書家で、家には多岐にわたる種類の本が備えられていた。
どこかの国の歴史書、何かの学問の専門書、有名らしい作家の冒険小説、児童書、絵本、アイリスのイチオシの恋愛小説、あとなんだこれは?
……ぱっと流し読みした感じ、BL物か?
これは……見ないほうが良かったか?
いやでも、本棚の奥の方に乱雑に押し込められただけだったもんな。
まさかこれで隠したつもりになっている訳はあるまい。
つまり見られても恥ずかしくないもの、かな……?
……見なかったことにして、恋愛小説の棚にしまっておいてやろう。
今はまさに本棚整理の真っ最中。
最近ようやく手を付けられるようになった。
なんせ以前は一歩踏み出せば本の山を崩し、二歩あるけば謎の物質を踏み潰す有様だったからな。
そもそも俺が人化して家事できるようになったのがつい三ヶ月前のことだから、あまり掃除が進んでないのもしょうがない。
掃除以外にも、日々の料理とか買い出しとかも俺の仕事だから。
あんま進まないのもしょうがない。
今は本の整理で忙しい。
血濡れたコーンスープは……また後でにしよう……。
これまでに得た知識。
その1。
言語。
たった1年で、というか、聴覚器官と発声器官を再現してからの大体半年で、日常生活レベルの国語力は身につけられた。
アイリスには感謝してる。
俺が声 (らしきもの)を発せると、声が聞こえていると知るやいなや、我が子に聞かせるように絵本の読み聞かせとかしてくれた。
本当にありがたかった。
……視覚器官の再現に成功したのが読み聞かせ始まってから三ヶ月後くらいだったから、最初の三ヶ月は本当にアイリスが何してるか分からなかったけどな。
あれなんか連れてこられたヨなんか喋ってるヨごめんわかんないヨ、みたいな。
やっぱ文字と一緒に発音を覚えちまうのが良い。
文字が見えるようになってからは、確かに言語の上達が早くなったし。
つまり何が言いたいのかと言うと、俺が半年という異常な速さで1つの言語をマスター出来たのはアイリスのおかげである。
マジ感謝。
その2。
歴史。
この世界は、やはり俺たちの居た地球とは全く別の星らしい。
もしかしたら次元が違うかも?
よく分からんが。
この星には大陸はたったの1つしかないらしい。
そしてその周りを囲む大海原と、ポツポツと浮かぶ島々。
見知った地球とはまるで別物だ。
とある宗教の神話によると、ホニャララって神が渾沌の星を整地し、陸と海の区別をつけ、人類、動物、植物の3つを創造したらしい。
神の名前は読めなかった。
違う言語だったし。
アイリスにも聞いてみたが、辞書を渡されただけだった。
いや分かんねーって。
この世界にも国という概念があり、十の大国と数十の小国がそれぞれ大陸の南側を分断し、覇権を争っている。
では北側はというと、魔王を王とした魔族の大帝国、カリムが広域に渡って治めているそうな。
やっぱりいたんだよな。
魔族とか魔王とか。
で、この国は何年も前から絶賛戦争中だったりする。
相手は人族の国々の連合軍。
人類同盟というダサい名前がついている。
人類同盟の中でも大きな力を持っているのが、ミルドハイム王国ってとこ。
これは魔族の国カリムと隣接しているので、特に戦争に力を入れているらしい。
戦況は、人類同盟が若干優勢。
魔国カリムは国の中心部に人口が集まっており、国境に近づくに連れて人口が少なくなっている。
人口に対して広すぎる国土が災いし、十分な兵士を配置できないとか。
逆に人類同盟は一致団結して魔族軍を攻めているらしい。
人口も、同盟国の合計ではカリムを上回っている。
それでもカリムが2年間負けていないのは、純粋に魔族の者たちが強いから。
悪魔の末裔とかなんとか言われており、見た目からして人族とは違うらしい。
ちなみに、俺とアイリスが今住んでいるのは、魔国カリムとミルドハイム王国とに隣接する山脈、に掘られた二国を結ぶ迷宮だ。
住心地は悪くない。
太陽光には遠く及ばないものの、結構な明るさで輝く植物が生息していて、空気は程よく乾燥しているし、きれいな地下水もある。
家から徒歩2時間ほどでミルドハイム王国側の地上の街に着けるし、俺はまだ行ったことはないが数日歩けばカリム側の街にも着けるらしい。
我が家は一応ミルドハイム王国の村の一員ということになっている。
両軍の衝突地帯はここからは離れているため、わりかし平和である。
今のところ
この平和がずっと続けばいいが。
■ ■ ■
「ねー、このコーンスープどうすれば良いの〜?」
「はいはい、今いくよ。ちょっと待たれい」
「いつもありがとね〜リリちゃん」
「……いつも言ってるけどさ、俺男なんだよ。いくら見た目があんたとそっくりでも、その呼び方はやめてくんない?」
「娘扱いは今更でしょう〜?それとも、息子扱いを所望なの?見た目を変えれば、呼び方も変えるわよ」
「あんたの顔の模倣を1番練習したからな。目の前にちょうどいい練習台があったもんで……それこそ今更違う顔に変えろって言っても、かなり難しいんだが」
「じゃあ諦めなさい、リリちゃん?」
「……はーぁ……」
Q.何故前世の自分の顔ではなくアイリスさんの顔に擬態したのですか?
A.貴方は実物を見ずに顔という精密な物を写生できますか?できませんよね。私は自分の顔など丸一年も見ていないので、なおさらできません。目の前にちょうど良い3Dモデルがあったので、ありがたく使わせていただいたまでです。




