95 魔法薬と魔女1
「婚約のお見舞いみたい。こんな手紙をもらうとは思わなかった……」
「あの宴では、貴族達も相当に怒りを募らせていたようだから」
それでも、リズを気遣ってくれる者これほどいたことに、リズは驚きを隠せない。
本当に貴族に認められたような気がして嬉しくなったリズは、次々と手紙を開封して読み始めたが……。
(あれ……。この令嬢の手紙は途中から、アレクシスの話ばかり。こっちも……)
段々と貴族の思惑が見えてきたリズは、乾いた笑いが出てくる。
「これって遠まわしに、アレクシスとの仲を取り持ってほしいってことじゃない……」
「僕はこれまで結婚の意思を見せてこなかったから、今が良い機会だと思っているんだろうね」
エディットをフェリクスに奪われてしまったように見えているアレクシスは、絶賛結婚相手募集中だと貴族から思われているようだ。
他人事のようにそう述べたアレクシスは、淡々と必要な手紙とそうでないものをより分けている。
この手紙のほとんどがアレクシスへのラブレターかと思うと、リズは急に嫉妬心が湧いてきた。
アレクシスが読む前に始末しなければという気になったリズは、せっせと手紙を開封し始めたが、意外にも本当に自分宛てもあることに気が付く。
「私とお茶会がしたいって書いてあるよ。こっちはお出かけしたいって」
令息からの誘いではあるが、知り合いが出来るのは喜ばしいことだ。アレクシスも誘ってみんなでと思ったリズだが、アレクシスはその手紙をリズから奪い取り、引きつった笑みを浮かべる。
「リズへの手紙は僕が精査して、安心して読めるのだけ渡すから」
それだとアレクシスへのラブレターを、大量に読ませてしまうではないか。
「だっ……駄目!」
リズは手紙を隠すようにして、テーブルに覆いかぶさる。すると、アレクシスの笑みは一層、引きつりを深めた。
「リズはこいつらと、親しくなりたいのかな?」
「どうしてもって訳じゃないけど……」
「けど?」
アレクシスは本音を催促するように、リズの顔を覗き込む。
こうなってしまっては、素直な気持ちを話すしかない。リズはテーブルから離れると、アレクシスに向き直った。
「アレクシスは私に、『お兄ちゃん大好き』なままでいてほしいって言ったでしょう?」
「うん。それが?」
「私も……その。アレクシスには『妹、大好き』なままでいてほしいの……。だから、この手紙は読まないで……」
ただの嫉妬でしかないが、これが今の本音。本当は妹以上に見てほしいという気持ちがないわけではないが、リズ自身も自分の気持ちには戸惑っている状態だ。
「リズ……」
そう呟いたアレクシスは、口元を手で押さえながら感極まっている様子。
(うわぁ……。めちゃくちゃ喜んでる……)
「リズの気持ちは、しっかりと受け止めたよ。手紙の選別は他の者に頼む」
「うん」
これでアレクシスがラブレターを見ずに済む。リズはほっとしながら微笑むと、アレクシスが抱きついてきた。
甘えるような彼が、可愛く思える。前回はよしよしして離れられてしまったので、リズはそのまま身を任せた。
するとアレクシスは、リズの耳元で囁いた。
「今夜、デートしようか」
(えっ……、アレクシスと?)
デートという言葉に、リズの心臓は即座に反応した。これまでアレクシスと一緒に街へ出掛けることは何度かあったが、それは単なる『お出かけ』であり、『デート』という名前ではなかったのだから。
「わぁ……。行きたい」
弾んだ声でリズが返事すると、アレクシスは少しだけリズから離れて、至近距離でリズに微笑んだ。それだけでさらに心臓は、忙しない。
「夕方、魔法薬店へ迎えに行くから」
「うっうん。待ってる」
(迎えに来てくれるなんて、本当にデートみたい)
兄は急にどうしたのだろうか。リズは一気に妹から、一人の女性に昇格した気分になる。
「それじゃ、魔法薬店へ行ってくるね。アレクシスが来る前に作業を終わらせなきゃ!」
「あまり無理はしないで。気を付けて行くんだよ」
「は~い。いってきます!」
リズは軽やかにソファから立ち上がると、スキップでもしそうな足取りで、部屋の扉を開けた。
するとそこには、ちょうど扉をノックしようとしていたローラントの姿が。
「あっ、ローラントお帰り!」
彼は、フェリクス達を国境まで送るための護衛任務に当たっていたので、会うのは数日ぶりだ。
「ただいま戻りました、リゼット殿下。お出かけされるのですか?」
「魔法薬店の準備に行くところだよ」
「それでは、護衛致しますね」
「ローラントは疲れていると思うし、ゆっくり休んで。護衛はカルステンに頼むから」
にっこり微笑んだリズは、すぐにアレクシスの部屋から出て行った。
その姿を名残惜しそうに見つめたローラントは、それからアレクシスへと視線を向ける。
「リゼット殿下は、随分とご機嫌でしたね。何かございましたか?」
「ローラントが見てもそう思う? 僕とデートの約束をしたのが嬉しいみたい」
「寝る間も惜しんで調査してきた者に対して、酷い仕打ちですね」
「自分から聞いてきたんだろう。それより、どうだった?」
アレクシスが向かいのソファに座るよう目で合図すると、ローラントは疲れたようにドサッと腰を下ろした。それからテーブルの隅にあったティーポットを手に取ると、勝手にカップに注いで一気に飲み干した。
「やはり殿下の予想どおり、王太子殿下は王女殿下をフラル王国へは送り届けずに、ドルレーツ王国へと連れ帰りました。フラル国王を尋ねてみたところ、すでに情報が入っていたようで、大層ご立腹でしたよ」
「だろうね。フラルも歴史ある国だし、いくら相手が建国の大魔術師とはいえ、側室は受け入れられないだろう。あの話はしてくれた?」
「はい。側室入りを拒否するための絶好のネタがあると話したところ、興味を示してくれました」
アレクシスはイタズラでも仕掛けるように、やんちゃな笑みを浮かべた。
「それじゃリズの婚約式には、フラル国王も招待してもらわなければね」
「ところで、そのネタとは何ですか?」
「詳しくは言えないけれど、ローラントは懐かしくなると思うよ」
アレクシスは当日まで、ネタを明かすつもりはないようだ。懐かしいとはなんだろう? と、ローラントは考え込んだ。
「それより、ローラントに頼みたい仕事があるんだ。ここにある手紙を全て確認して、リズが安心して読めるものと、協力的な貴族の手紙だけを整理してくれないかな」
「先ほどリゼット殿下は、俺にゆっくり休めとおっしゃいましたが」
任務から戻ったばかりのローラントは、ぐったりしながらアレクシスを見つめる。するとアレクシスは、リズ宛の手紙の一枚をひらひらさせなが、彼に渡した。
「それを読んでもまだ、そんなことが言えるの?」
アレクシスが渡した手紙は、リズ宛のデートの誘い。それだけで、疲れているローラントを動かす原動力には十分だったようだ。
「喜んで、任務に当たらせていただきます」





