94 婚約者と魔女3
「そなたは、これだけ俺から蔑ろにされておきながら、嫉妬心も湧かないようだな」
フェリクスはうんざりしたように、ため息をついた。
(えっ……。今までの行動って、嫉妬されたくてしていたの?)
リズを蔑ろにし、エディットを大切にしつつも、常に不満を抱えている様子だったのはそういった理由だったようだ。
「それじゃ……、王女殿下のことは?」
リズは不安になって尋ねた。嫉妬心を煽るために、エディットが利用されていたならひどすぎる。
けれどフェリクスは素のような表情で考え込むと、ぽつりと呟いた。
「……エディットは俺を愛してくれるので、一緒にいると……心地良い」
フェリクスは、自分でも気が付いていなかったことに気が付いた表情で、戸惑っている様子。
それなりに気持ちがあってのことのようで、リズはほっとしながら微笑んだ。
「王女殿下を正妻にしたほうが、フェリクスにとっても幸せなんじゃないですか?」
「そなたを正妻として迎えなければ、来世で鏡に映らないだろう」
「どうしてそこまで、聖女の魂に執着するんですか? 私みたいに性格が合わない場合もあるじゃないですか」
「そなたは特殊すぎる。他のエリザベートは皆、俺を愛してくれた……」
確かにリズが読んだ限りの小説では、ヒロインはフェリクスを愛していた。けれどその小説はフェリクスが書いたもので、ヒロインの感情が必ずしも事実とは限らない。
それにやはり初対面時の彼の反応や、あの夢が気にかかる。
「王女殿下よりも、愛してくれたんですか?」
それを含めて鎌をかけるように尋ねてみると、フェリクスは気まずそうにリズから視線をそらした。
「……とにかく、そなたを正妻にしなけれはならない。法律でもそう決まっているのでな」
翌日。フェリクスは、エディットを国まで送り届けると言って、二人は公国を出国した。
公宮を出発する際、見送りに来たのは公家の者達と貴族が少しだけ。盛大な歓迎を受けた初日の宴とは打って変わり、建国の大魔術師には相応しくない寂しい帰国となった。
そして、フェリクスとエディットが出国して数日後。やっとリズにも日常が戻ってきた。
しばらく魔法薬店の準備をできずにいたが、その間にミミや大工達が頑張ってくれたようで、開店も目前に迫っている。
今日は仕上げの段階となっている魔法薬店へ、顔を出す予定だ。
その前に今は、アレクシスが用意してくれたフラル王国のお土産が届いたので、侍女達が広げて見せてくれている最中。
フラル王国は織物が盛んなので、さまざまな柄が入った生地が数多くあるようだ。見たこともない素敵な柄ばかりなので、先ほどから侍女達は大盛り上がりである。
「こちらのワンピースも、模様が繊細で素敵ですわ」
「こちら模様はレモンの断面かしら? 斬新ですけれど可愛いです」
アレクシスはすぐに着られるようにと、すでに仕立ててある服も用意してくれていた。魔法薬店で着られるようにと思ったのか、街でも気兼ねなく着られるような服が多い。
「公女殿下。本日は、どちらをお召しになりますか?」
「どれにしようかなぁ。たくさんあると迷っちゃうね」
色とりどりの服に目移りしてしまうがリズが目を留めたのは、青い生地に銀の小さな花が散りばめられている柄のワンピースだった。
(わぁ……。これ、アレクシスみたい)
彼の青い瞳と銀髪が、リズの頭に真っ先に浮かぶ。
「私はこれにするね」と、リズがそのワンピースを手に取ると、侍女達は意味ありげに微笑みながら「公子殿下がお喜びになりますね」と、うなずく。
(うっ……。ちょっと露骨すぎたかな……)
勢いで決めてしまってから、リズは恥ずかしくなる。
「ミ……ミミは元気いっぱいだから、オレンジの柄にしようかな」
恥ずかしさを隠すように、続けてミミへのお土産を選んだ。
温かみのある柄は、いつも太陽みたいにはつらつとしているミミに似合いそうだ。
それを侍女に包んでもらっている間に、青いワンピースに着替えたリズは、侍女達にも好きなお土産を選ぶよう勧めてから、部屋を出た。
「アレクシス、入るよ?」
兄の執務室の扉を開けたリズは、顔を覗かせながら声をかけた。
アレクシスは執務が溜まっているので、ここ数日は執務室に籠りっぱなし。今は執務机ではなく、応接セットのテーブルに大量の紙を広げて何かをしていたようだ。
「リズ、おいで」
アレクシスに手招きされたリズは、照れて頬を赤く染めながら部屋へと入った。
「お土産ありがとう。早速、着てみたんだけど……」
露骨に兄色に染まったこのワンピースを見せるのは、思いのほか恥ずかしい。フェリクス色のドレスを着た際には、感じなかった感情だ。
アレクシスはそんなリズの姿を目にすると、とろけてしまいそうな柔らかい笑みを浮かべた。
「よく似合っているよ。リズならそれを選んでくれると思っていたんだ」
(ちょっ……。この色合いは確信犯なわけ?)
まんまとアレクシスの策にハマってしまったようで、さらにリズは恥ずかしくなる。
「もっと近くで見せて」
ソファの隣をぽんぽんされたので、リズは頬を膨らませながらアレクシスの隣に腰を下ろした。
「どうしたのリズ? お土産が気に入らなかった?」
「そっ……そうじゃなくて、アレクシスの手のひらの上で転がされている気分なの」
リズが苦情を述べると、アレクシスは嬉しそうにリズの姿を眺める。
「っということはそのワンピースを見て、僕を思い浮かべたんだ」
「ちがっ……! これは、綺麗な柄だと思ったからで……」
「理由なんて何でも良いよ。リズが自ら、僕色に染まってくれただけで嬉しい」
アレクシスはニコニコしながら、リズの頭を撫でまわす。
この兄にどのような言い訳をしようとも、結局は喜ばれるのだ。諦めたリズは、テーブルへと視線を向けた。
テーブルに広がっていたのは、大量の手紙。
「アレクシス……。これなぁに?」
「貴族達から送られてきた、リズと僕への手紙だよ」
「貴族から?」
貴族にほぼ知り合いのいないリズは、こてりと首を傾げた。
アレクシス宛やリズ宛、二人に宛てたものなど様々だが、兄の言うとおりリズとアレクシス宛の手紙だ。
便せんや封筒も綺麗な模様ばかりなので、事務的な連絡のための手紙ではなさそう。リズは自分宛ての手紙を一通、手に取ってみた。
「開けてみても良い?」
「どうぞ」
アレクシスからペーパーナイフを受け取ったリズは手紙を一通、開いて読んでみることに。
そこには見ず知らずの貴族令嬢からの、婚約に関するお見舞いの言葉が綴られていた。
要は、あの宴でのリズを不憫に思ったらしい貴族達からの、励ましの手紙のようだ。





