92 婚約者と魔女1
第二公子宮殿へと戻り宴用のドレスに着替えたリズは、アレクシスの不機嫌そうな視線に耐えながら、侍女達に髪のセットや、化粧を直してもらっていた。
アレクシスが何に対して不機嫌なのかというと、『全て』である。
リズがフェリクスと婚約の契約書を交わしたことが気に入らないし、フェリクスが今日の宴用にと用意したドレスやアクセサリーも気に入らない。もちろんこの後におこなわれる、婚約を祝う宴も気に入るはずがない。
そしてなにより、それらを阻止できない自分の立場がなにより気に入らなかった。
アレクシスの前に立ちはだかるのは、この大陸で長きに渡り頂点に君臨してきた男。誰もが認めざるを得ない状況でなければ、リズを奪い取ることはできない。
そのためには前世を映す鏡を使って、リズとフェリクスが前世の伴侶ではないと、証明する必要があった。
(みんなも、どうしちゃったんだろう……)
この場で不機嫌そうなのは、アレクシスだけではなかった。いつもは楽しそうにリズの身支度を整えてくれる侍女達もまた、感情を抑えているように見える。
妹愛の激しいアレクシスの気持ちはさて置き、リズの事情を知らない侍女達までもどうしたのだろうと、リズは首を傾げた。
「みんな、どうかした?」
リズの疑問に対して、初めに口を開いたのは化粧を担当していた侍女だった。
「私……、公女殿下と王太子殿下のご結婚には、反対ですわ!」
チークを乗せるブラシを、ギリギリと握りこむ侍女。その言葉に賛同するように、他の侍女達も力強くうなずく。
「急にどうしちゃったの? みんなフェリクスのファンだったじゃない」
「私達は王太子殿下のファンである前に、公女殿下の侍女ですもの。公女殿下を危険に晒すような方に、安心して公女殿下をお任せできませんわ!」
「それに、王女殿下とのご関係も問題ありですわ! 一途に聖女の魂をお慕いしている姿に、私達はキュンとしておりましたのに!」
どうやら侍女達は、昨日のフェリクスの態度に対して相当の怒りを覚えたようだ。
フェリクスはこれまで女性達の心を鷲掴みにしてきたが、それは単に見た目が良いだけではなく、彼の一途な性格や、ヒロインを常に全力で守るところが評価されていたのだろう。
それらから逸脱している今のフェリクスは、もはやヒーローとは呼べないのかもしれない。
この小説はエディットをヒロインに変えようとしたいようだが、世間的にはまだ、聖女の魂を持つリズがヒロインなのだから。そのリズを蔑ろにしているフェリクスの評価が落ちるのは、至極当然のことだ。
「みんな、私のために怒ってくれてありがとう」
リズがにこりと微笑んで見せると侍女達は、健気な少女に同情するかのように瞳をうるうるとさせた。そして、期待するようにアレクシスへと視線を向ける。
「公子殿下、どうか公女殿下をお救いくださいませ!」
「僕もそのつもりで動いているよ。君達が作ってくれた証拠は有効活用させてもらう予定だ」
「公子殿下!」
侍女達は熱を帯びた表情で、アレクシスの元へと集まる。
またもリズは蚊帳の外で、アレクシスと侍女達との間で結束が固まっているようだ。
(証拠ってなんだろう?)
そして夜には、正式に婚約の契約を取り交わしたリズとフェリクスを祝う宴が開かれた。
半ば義務的に宴のパートナーとして入場した二人は、事情をなにも知らない貴族達から盛大な祝福を受けた。
しかし公王からの祝辞を受けた後、フェリクスは歓迎ムードの会場を一気に凍り付かせることになる。
なぜなら彼は、とんでもない宣言をしたのだ。
「叔父である公王にならい、俺も今回から側室を迎えることにした」
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