89 ピクニック魔女6
「先ほどは、とても面白いものを見せていただきましたわ」
船の縁に手をついて、リズと一緒に湖面を眺めていたエディットは、思い出したようにクスリと笑みをこぼした。
「私がつまずいてしまったばかりに、雰囲気を悪くしてしまいました……」
妹愛が過剰なアレクシスの態度は平常運転とも言えるが、ローラントとフェリクスまで雰囲気が悪くなるのは予想外だった。
「皆様、公女殿下をご心配してこそですわ。フェリクス様も、私のことなどすっかりお忘れのようでしたし」
リズもそれについては特に、不思議でならなかった。散歩へ出かける前の彼は、確かにリズに対して冷たい態度を取り、これでもかと言うほどエディットを大切にしているようだった。興味をなくしたはずのリズを気にする理由がわからない。
何はともあれ、アレクシスとエディットの作戦を邪魔をしてしまったのは事実。リズは素直に頭を下げた。
「作戦を邪魔してしまい、申し訳ございません」
「頭を下げる必要はございませんわ。一日や二日で、フェリクス様とお気持ちを通わせられるとは思っておりませんもの。これからも地道に活動を続けて参ります」
まるでエディットは、この作戦を幸せに思っているかのように、胸に手を当てヒロインのようにふわりと微笑んだ。
「王女殿下は本当に、フェリクスのことがお好きなんですね」
きっと前世のリズがフェリクスに抱いていた好意よりも、実際に本物の彼と接してきたエディットのほうが、ずっと強い気持ちを抱えているのだろう。
リズは小説のファンだからこそ、小説には無い彼の一面を見てがっかりもしたが、エディットはちゃんと一人の男性として、フェリクスを見ているのかもしれない。
「公子殿下からお聞きになられたかもしれませんが、私はとても傲慢なんです。私の夫に見合う方は、誰もが恋する素敵な方でなければ。――公女殿下は、どのような方がお好みなんですか?」
「私は…………。アレクシスみたいに、優しくて守ってくれるような人がいいです。私の性格とは合わないですけどね……ハハッ」
小説のヒロインのような恋に憧れたが、残念ながらリズはヒロインらしくない。ヒーローに助けられる前に、虐めを自ら回避できてしまうようなたくましさだ。
そんなリズを守ってくれているアレクシスは、ある意味ヒーロー以上ではなかろうか。実状は過剰な妹愛だが。
「ご自分を卑下しないでくださいませ。公子殿下と公女殿下は、とてもお似合いだと思いますわ」
二人を応援すると言いたげな表情のエディット。リズは顔を赤くして慌てた。
「あ……あの、今のは例えなので、アレクシスを好きなわけじゃ……」
「恋のご相談には、いつでも乗りますわよ」
ふふっと優雅にエディットが微笑むと、停泊中の船にそよそよと風が吹いた。ふわりと髪をなびかせる姿も、ヒロインのよう。花の背景がよく似合いそうだ。
(アレクシスもやっぱり、癒されるような子が好きなんだよね……)
完璧すぎるエディットの姿をみてリズが自信を無くしていると、エディットのボンネットを留めているリボンがするりと解け。強風でもないのに、ふわっとボンネットが湖に向かって飛んでしまった。
「あっ……、フェリクス様にいただいたボンネットが!」
次話は、日曜の夜の更新となります。





