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08 怖い魔女1

 まずは、しっかりと眠ったほうがよい。とアレクシスに勧められたが、リズがベッドへ潜りこんだ頃には、長かった夜も明けようとしていた。

 いつもは、夜更かししすぎると目が冴えてしまうが、昨日は働き詰めの末に逃亡失敗、馬車での惨事でさすがに疲れてしまった。

 ベッドへ入るなり、ぐっすりと眠りについたリズだったが。数時間後、部屋のカーテンは乱暴に開けられた。


「魔女様、お目覚めの時間ですわよ! 起きてくださいまし!」

「うぅ……眩しい」


 完全に熟睡していたところへの、突然の日光。リズは休眠状態の身体をなんとか動かしながら、日光から逃げるようにうつ伏せになる。すると、辺りからはクスクスと、嫌な笑い声が聞こえてきた。

 熟睡中に起こされただけれも気分が悪いのに、それがどうやら『いじめ』であると理解したリズは、眉間にシワを寄せ、唇をむにっと湾曲させながら、声が聞こえるほうへ顔を向ける。


 ベッドの横には、侍女のような雰囲気の若い女性が三名。使用人という立場ではあるが、公家に仕えているならば、貴族に連なる者達だろう。綺麗にまとめた髪と、整った服装は、庶民とは明らかに異なる気品が伺える。


 そんな彼女らは、庶民を見下すような視線をリズに向けている。

 しかしリズと視線が合った途端、危機を感じたように硬直した。


 ヒロイン補正のおかげで、そこいらの美少女よりも格段に整った顔立ちのリズが、不機嫌に顔を歪めて怒っているのだ。なまじ、貴族屋敷の女主人よりも迫力がある。


(あれ、どうしたのかな?)


 しかしリズは、単に寝起きの機嫌が悪いだけで、意図してヒロイン補正を利用したわけではない。

 侍女達の反応が気になってこてりと首を傾げるが、今さら可愛い仕草をしたところで、第一印象が変わるはずもなかった。


「まっ……魔女様、おはようございます。昨夜は騎士が失礼をしたようで……。よろしければ、朝食の前に湯浴みなど……いかがでしょうか」

「わぁ……! そうさせていただきますね」


 喜んだリズを見た侍女達は、怖い魔女の逆鱗に触れずに済んだと安堵しながら、互いの顔を見合わせた。




 リズにとっては、初めての本格的なお風呂。自然と弾んだ足取りになってしまう。

 浴室へ到着すると侍女達は、ひそひそと言い合いを始めた。どうやら入浴の世話を誰がするかで、揉めているようだ。

 魔女には、さまざまな噂が付きまとう。おおよそ、魔女に触れたら穢れるなどという、迷信でも信じているのだろう。


「あの、大抵のことなら私一人でできますので、お気遣いなく」

「そっそうですか? では、着替えのご用意をさせていただきますわ。湯浴みが終わり次第、食堂へどうぞ」


 リズに浴室の使い方を説明した侍女達は、そそくさと逃げるようにしてその場を後にした。


(こっちとしても、一人のほうが気が楽だわ)


 人に世話されるのは、前世も含めて慣れていないリズとしては、他人に身体を洗われるなんて正直遠慮したい。

 気楽にくつろげる状況を喜びながら服を脱いだリズは、リネンを体に巻きつけて浴槽へと向かった。


 ホカホカと湯気が上がっている浴槽の横には、身体を洗うための道具などが美しく配置されている。宮殿の中は、浴室ですら豪奢な作りだ。


(前世の記憶にあるお風呂とは少し印象が違うけど、これはこれで楽しめそう)


 リズはずらりと並んでいる香油の中から、ライラックの香りを選び、浴槽に数滴垂らした。


 湯気を伝ってライラックの香りが浴室全体に広がると、急に魔女の森が恋しくなってしまった。

 初夏になると、村周辺にはライラックの花がこんもりと咲き誇る。慣れ親しんだ香りだけれど、もうあの村へは帰れないかもしれないと思うと、寂しさがこみ上げてくる。


 前世の記憶があるリズは、いずれ魔女の森を出なければならないと覚悟はしていたし、準備もしてきた。

 できることなら逃亡に成功し、ほとぼりが冷めたら村へ戻りたかったけれど……。


 リズは考えを消すように、大きく首を左右に振った。長い髪の毛がぶわっと広がる。


(小説では、王太子と婚約するまでに一年の準備期間があったはず。それまでに、なんとか『火あぶりエンド』を回避する方法を考えなきゃ!)


 改めて決意したリズは、勢いよくリネンを剥ぎ取ると、浴槽へと体を静めた。

 何とも言えない心地よさのせいで、『何とかなる』という、実に不確かな考えがよぎるのだった。




 朝からお湯につかるという行為が、これほど気持ちの良いものだと初めて知ったリズは、天に召されてしまいそうなほど、ふわふわした気分で浴槽を出た。


 服を脱いだ場所へと戻ると、新しい着替えが用意されており。魔女のリズでは一生かかっても手にすることがなかったであろう、最高級の生地で作られたドレスが……。


「え……、これを着るの?」


 思わず声に出したリズは、決して『自分の身に余る贅沢』とは思っていない。無理やり王太子と結婚させられるのだ。受けられる贅沢をわざわざ断る理由もない。


 それよりも、問題はドレスの色と型。

 袖もなく、体のラインがくっきりと出そうなマーメイドドレスは、なぜか真っ黒で。膝上までのスリットを縁取るフリルだけが真っ赤という、大胆かつ、清楚さに欠けるドレスだ。


(これってどう考えても、『悪い魔女』をイメージしたドレスだよね……)


 小説のヒロインは、もっと可愛いドレスを着ていたはずだが、どうしてこうなったのだろう。腕を組んで考えるリズだが、これが侍女達がリズに抱いた第一印象であり、威圧的なリズに似合いそうなドレスを、必死で探した結果だったりする。


 そんな事情を知らないリズは、仕方ないのでそのドレスを着用することに。

 背中の編み上げを一人で整えるのは苦労したが、何とかドレスを着ることには成功。

 鏡の前で確認したリズは、思わず鏡に両手をついて項垂れた。


「似合う……、似合いすぎるわ……」

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◆作者ページ◆

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