88 ピクニック魔女5
「メルヒオールも、一緒にお散歩へ行く?」
リズは散歩へ出る前に、近くの木の上で昼寝しているメルヒオールに声をかけた。しかし彼は、穂先を左右にフリフリさせるだけ。どうやら行くつもりはないようだ。
魔女の森にいた頃もメルヒオールは、たびたび自身の柄の素材である木に登っては、こうして昼寝のようなことをしていた。彼にとっては居心地の良い場所のようだ。
「メルヒオールは行かないって」
「それじゃ、二人きりのデートですね」
「ふふ。そうだね。どこへ行こうか」
リズは辺りを見回した。大自然といっても、公家の所有地。湖や林を散策できるよう遊歩道が整備されている。湖の道は途中であの三人と出会ってしまいそうなので、リズは林の道を案内してもらうことにした。
「ふぅ~。やっぱり森林浴は気持ちがいいなぁ」
木々が空高く伸びているので湖周辺の日向よりは少し涼しいが、木漏れ日が温かい雰囲気を演出している。道端には雑草が生い茂っており、ちらほら薬作りに使えるヨモギなども生えていた。
「ここはハーブ採取の穴場だね。困ったらここを利用させてもらおっと」
「ハーブも良いですが、こちらには他の楽しみもございますよ」
カルステンはおもむろにポケットから何かを取り出すと、それを地面にばら撒いた。
なんだろう? とリズが首を傾げると、雑草の陰から一匹のリスが顔を出す。
「わぁ。リスだぁ!」
カルステンが地面にばら撒いたのは、ヒマワリの種。それをお目当てに、あちらこちらからリス達が集まってきた。一生懸命にヒマワリの種を集めている姿が、とても愛らしい。
「このために、ヒマワリの種を持参してきたの?」
「公女殿下なら、お好きかと思いまして」
「ありがとう。すごく癒される」
「こいつらは人に慣れているので、手から直接やることもできますよ」
カルステンはリズの手を取ると、手のひらにヒマワリの種をいくつか握らせる。
「本当に? 魔女の森のリス達は人には慣れなかったけど……」
「試してみてください」
半信半疑ながらもリズは、身体をかがめて地面近くに手を差し出してみる。すると、ヒマワリの種を探していたリスの一匹が、リズの手に気が付きよじ登ってきた。
これでもかというほど、リスは口にヒマワリの種を詰め込み、頬袋はパンパンだ。
「ふふ。とっても可愛いね」
「俺も、リズ様とリスのお可愛らしいお姿を見られて満足です」
「…………え」
(なんで今、あえて愛称で呼んだの? もしかしてダジャレ?)
カルステンに視線を向けてみると、ドヤ顔の彼と目が合った。
「えっと……。カルステンも、冗談を言ったりするんだね……」
「騎士団長ともなると、部下から距離を置かれがちですから、冗談の一つも必要だと父に教えられたんですよ」
(うわぁ、それ。部下へ余計に気を使わせちゃうパターンの上司だよ!)
「そうなんだ……。でもカルステンは、普段のままで十分に親しみやすいと思うよ……」
リズの周りはイケメンばかりだが、なぜこうも残念なイケメンが多いのだろうか。
彼らは脇役なので、リズが彼らへ向ける好感度が上がりすぎないよう、調節されているのかもしれない。
きっとそうに違いない、これが素の彼らなら残念すぎる。
リスの餌やりを終えた後も、リズはそんなことを考えていた。
おかげで足元がおろそかになってしまい、木の根に足が引っかかったようだ。
「うわぁっ!」
顔面強打は免れないであろう状況。とっさに目を閉じたリズだが、後ろから引き寄せられる感覚が。
「大丈夫ですか? 公女殿下」
「あっ、ありがとう。カルステン」
どうやら彼は、後ろからがっちりと抱き寄せることで、リズを助けてくれたらしい。
さすがは護衛騎士。このような時は、頼りになる。
ふぅ。と息を吐いて、気持ちを整えたリズ。
そして視線を前方へと向けると、ちょうど遊歩道は三差路になっていた。そこへ、片側からローラントが、もう片側からは湖を散策していたはずの三人が姿を現す。
この場に集まる形となった全員が、思わぬ遭遇に驚いた様子だ。
そして全員の視線は、カルステンに抱きしめられている状態のリズへと注がれる。
「リズ……。そこで何をしているのかな?」
最初に引きつった笑みを浮かべたのは、アレクシスだ。明らかに怒っている。
「リゼット殿下は、ご休憩されていたはずでは?」
冷ややかな笑みを称えるのは、ローラント。イケメンスマイルが標準装備の彼が、どうしたことだろうか。
「一度ならず、二度までも……。そなたはその護衛騎士が、お気に入りのようだな」
フェリクスはおそらく、市場でリズが似た状況に陥った時のことを言っているのだろう。あの時も無礼だと怒っていたので、今もそのようだ。
「リズ、二度ってどういうこと? 僕は何も聞いていないけれど?」
フェリクスのせいで、アレクシスの怒りが増幅されてしまった。
「リゼット殿下。うちの兄は女性への配慮に欠けますので、距離を置かれほうがよろしいかと」
イケメンスマイルを取り戻したローラントだが、視線だけなぜか鋭さを感じる。
「すみません、公女殿下……。これは完全に、俺のミスです……」
リズが責められる形となってしまい罪悪感を抱いているのか、カルステンはリズの耳元で捨てられた子犬のような声を上げながら、リズから手を離した。
「みっみんな、誤解だよ! ほらここ、見て。この木の根っこにつまずいたところを、カルステンが助けてくれたのっ」
リズは誤解を解こうとして、必死に木の根を指さして訴えるも、彼らはそう簡単に折れる性格ではない。
フェリクスは、公家の敷地なのに管理がなっていないと、アレクシスを責め。
アレクシスは、リズの安全のために全面舗装にしなければならないと、過保護ぶりを発揮。
ローラントは、兄に護衛を任せなければよかったと悔み始めた。
木の根につまずいただけで、どうしてこうなったのか。
頭を抱えたくなったリズに唯一、手を差し伸べてくれたのはエディットだった。
彼女のヒロインらしいフォローのおかげで、この騒ぎはなんとか収束したのだった。
その後、リズ達は船遊びをすることに。
公家所有の船は、五十人くらいが乗っても余裕なくらいの大きさがあった。
中央には椅子とテーブルが備え付けられていて、その上には日よけの屋根が設置されている。
テーブルにはお茶会用にティーセットやお菓子がセッティングされており、優雅な船遊びが楽しめそうだった。
しかしこのメンバーの雰囲気は、あまり良くない。っというか、リズがつまずいたせいで、悪化してしまった。
居心地の悪い船遊びになりそうだと察したリズは、エディットの腕に抱きつき、男性陣から逃げるようにして彼女を船の先端へと誘導した。
今年もよろしくお願い申し上げます。
次話は、日曜の夜の更新となります。
来週も少なめ更新になるかもしれません(ワクチン接種で三日ほど寝込む予定)





