86 ピクニック魔女3
しばらくして、アレクシスとエディットは、仲良く手を繋いで湖へとやってきた。
それをいち早く迎えたのはフェリクス。彼はアレクシスをけん制するかのように、エディットの空いてるほうの手を握った。
「エディット。湖の周辺を散歩へ行かないか?」
「わぁ! 嬉しいですわ。フェリクス様」
喜んだエディットがフェリクスの方へと歩み寄ろうとすると、アレクシスが引き止めるようにエディットの手を引く。
「エディット。ここに詳しいのは僕だよ。僕が素敵な場所へ案内してあげる」
「あっ、ありがとうございます。アレクシス殿下」
二人に誘われて、困った様子のエディット。彼女は皆で行こうと提案するも、フェリクスとアレクシスは不満な様子で、お互いをけなし合い始めた。
(わぁ……。本当に『鏡の中の聖女』みたい)
そんな様子をリズは、敷物に座ってクッキーを頬張りながら、ぼーっと見学していた。まるであの小説が、実写化されたような気分だ。
アレクシスよりもフェリクスのほうが体格が良いせいか、こんな時はやはりヒーローである彼のほうが、存在感があり、映える。
それでもリズが目で追ってしまうのは、兄であるアレクシスだ。
(アレクシスのあれは、演技なんだよね……?)
フェリクスがいる間、アレクシスはエディットと恋人同士を演じるつもりだと、リズは聞いている。
小説の内容を全て把握しているアレクシスの分析によると、フェリクスは当て馬役のものを欲しがる傾向にあるらしい。そんなフェリクスの性格を利用して、エディットに興味を持たせるつもりなのだとか。
アレクシスの作戦は順調そうだが、あまりに彼の演技が上手いので、本当にエディットのことが好きなように見えてしまう。
少しばかり心のモヤモヤを抱えていると、エディットはちらりとリズに視線を向けた。
「あの……。公女殿下も、ご一緒に散歩へ行きませんか?」
「私は少し休みたいので、お構いなく」
「そうですか……」
この三人に混ざるのは、普通に遠慮したい。リズは厄介事を避けるように断った。
すると、残念そうな表情を浮かべるエディットをかばうように、フェリクスが蔑むような視線でリズを見下ろす。
「そなたは聖女とは似ても似つかぬ、冷たい性格のようだな。それに比べてエディットの優しさは、聖女を思い出させる」
やはり今日のフェリクスは変だ。いくらエディットに興味を持ったからといって、これほどあからさまにリズへの態度を変えるだろうか。
(やっぱりこの小説は、ヒロインらしくない私を見限って、エディットをヒロインにしようとしているんじゃ……?)
それならばリズも、身を引きつつエディットを立てたほうが、すんなりと婚約回避できるかもしれない。
「私もそう思います」
にこりと微笑みながらフェリクスの言葉に賛同してみると、なぜか彼は目に見えて怒りを露わにしながら、エディットを引っ張って散歩にへと出て行った。
(自分から私をディスっておいて、なんで怒るの?)
頬を膨らませながら、三人が小さくなるのを見届けていると、ローラントが片膝を地面につけてリズと視線を合わせた。
「リゼット殿下の、今のお気持ちをお伺いしてもよろしいでしょうか」
「急にどうしたの?」
「殿下のお考えは、俺の予想をはるかに超えますので」
「ふふ。なにそれ、私は普通だと思うけど」
リズは隣に座るようローラントに勧めるも、真面目な彼は「護衛中なので」と地面に膝をついた状態を崩さない。
ならばとイタズラ心が湧いたリズは、ローラントの口にクッキーを押し付けた。
彼は恥ずかしそうにそれを食べてから「皆の前で、困ります」と下を向く。連れてきた他の使用人達も、準備を整えつつもピクニックを楽しんでいる。誰も注目してはいないだろうに、人の目が気になるようだ。
お酒を飲んでは自由奔放に振舞うローラントだが、いつもは人一倍恥ずかしがりな性格。
(やっぱり私の護衛騎士は、可愛いな)
久しぶりにその姿を見られて満足したリズは、先ほどの質問に答えた。
「フェリクスってば王女殿下が気にいったなら、そう言えばいいのに」
「王太子殿下の伴侶は、聖女の魂を持つ方と決まっておりますから、そうもいかないのでしょう」
「それって義務的だよね。『鏡の中の聖女』は、魂同士が惹かれあうところが素敵だと思っていたんだけどなぁ……」
お互いへの気持ちだけでは説明できないような、魂レベルでの繋がりを感じられるのがこの小説の魅力でもあった。しかし実際にヒロインとしてフェリクスと出会ったリズは、一度もヒーローに対して運命を感じるような感情は生まれていない。
推しに出会えたことで初めこそドキドキしたが、すぐにフェリクスの言動にがっかりしてしまった。
彼との婚約は不可能だと、初めから諦めていたせいもあるだろうが、本当に魂同士で惹かれあう関係だったなら、そのような感情など些細なことだったはず。
「ところでローラントに、聞きたいことがあったの」
気分を変えるようにリズが話題を変えると、ローラントは爽やかに微笑んだ。
「俺に答えられることでしたら、誠心誠意お答え致しますよ」
「実は昨日……、ローラントがね。私に対する気持ちを、話してくれたんだけど……」
ローラントの「慕っている」という言葉を、リズはずっと忠誠心からくるものかと思っていたが、さすがに昨夜のように吐露されては、意識せずにはいられない。
真相を確かめようとして尋ねてみたが、ローラントは一瞬にして緊張したような表情を浮かべる。





