84 ピクニック魔女1
その夜。リズはまた、あの夢を見た。リズの前々世と思しき設定。今回の登場人物はフェリクスではなく、当て馬役だった魔術師。
『エリザベートの転生について調べたのですが、どうやら彼は僕達が思っている以上に、詳細に転生条件を指定できるようです』
『そんな……。それならなぜ、私はいつも不幸な環境に生まれてしまうの?』
『彼が望んだ。っということでしょうね……』
『フェリクスが私の不幸を望んでいるなんて、ひどいわ……! 不幸から救い出されて喜んでいた私が馬鹿みたい……』
『この不幸な連鎖を断ち切る方法を、必ず見つけます。来世の貴女には、自由な人生を歩んでいただきたい』
『私、来世はあなたと出会って、恋愛して、結婚がしたいわ』
『ならば来世は、こことは異なる世界へ転生しましょう。そこでフェリクスに邪魔されない人生を、二人で歩むんです。そうすれば、再びフェリクスに魂を呼び戻されたとしても、前世を映す鏡に映らずに済むはずです』
『そんなこと、できるの?』
『フェリクスほどではないですが、僕も天才と呼ばれる魔術師ですよ。一度くらいは望んだ場所へ転生できるはずです』
宴の翌朝。リズは極上の温かさに包まれながら目を覚ました。
「おはよう、リズ」
リズの目の前には、この温かさの根源である兄の姿。彼は、リズよりも幸せそうな笑みを浮かべている。
寝ぐせ一つないサラサラの銀髪は朝から輝いており、むくみなど経験したことがなさそうな顔は今日も麗しい。アレクシスは寝起きから完璧だ。
「……おはよう。アレクシス」
「よく眠れた?」
まるで恋人同士のやり取り。朝から心臓が激しく動くのは、身体に悪い気がする。それでも兄へのトキメキが収まらないリズは、頬を赤く染めながらうなずいた。
「うん……。アレクシスは?」
「僕は、リズの寝顔を見ていたら朝になっちゃった」
「……へ?」
そして今日も、兄の妹愛は過剰であった。
彼は、隣国から帰国した夜に宴へと乱入し、それから深夜までリズ達と話し込んだ。絶対に疲れているはずなのに、一睡もしていないなどリズには信じられない。
「本当に、寝てないの?」
「リズが隣にいるのに、眠れるはずがないだろう?」
(同意を求められても、困るんだけど……)
久しぶりに体験したこの、『トキメキを瞬時に消し去る兄の所業』。ある意味、兄が本当に帰ってきたのだと実感できる。
微妙な表情でアレクシスを見つめていたリズだが、コンコンと、扉を叩く音に驚いて跳ね起きた。
「おはようございます、公女殿下。お顔を洗うお湯を――」
「だっ駄目!」
この状況を侍女に見られるのは、非常に恥ずかしい。リズは慌てて侍女の入室を拒んだが、侍女は扉をあけながら声をかけたのだ。阻止できるはずがなかった。
ベッドに目を向けた侍女は「まぁ」と、さほど驚きもしない様子で微笑む。
「公子殿下、おはようございます。殿下のお湯もお持ちいたしましょうか?」
「僕は与えられた部屋に戻るよ。リズをよろしくね」
「かしこまりました、公子殿下」
普通のやり取りが終わるとアレクシスは、リズの頭をひとなでしてから「また後でね」と、ベッドを出る。
扉へと向かったアレクシスは、着替えを持ってきた侍女とかち合った。
「おはようございます、公子殿下。殿下のお着替えもお持ちいたしましょうか?」
「僕のことは気にしないで。それより、今日もリズを可愛く整えてあげてね」
「お任せくださいませ、公子殿下」
またも普通のやり取りが交わされると、アレクシスは「それじゃね、リズ」と、手を振って部屋を出て行った。
(えっ。何でみんな、普通なの……)
兄妹とはいえ義理の関係だというのに、未婚の若い男女が一緒に寝ていても気にならないようだ。それどころか、今現在の侍女達は『お兄ちゃんが帰ってきてよかったね』と言いたげな表情を、リズに向けている。
(何もなかったよ。何もなかったけどっ……!)
恥ずかしい思いはせずに済んだが、ちょっと納得いかないリズ。自分の気持ちに気が付き始めているだけに尚更、残念に感じる。侍女達から見てリズは、アレクシスの恋愛対象には見えないのだろう。
ため息をついたリズは、ふと大切なことを忘れてしまったような気分になる。
(あれ……。さっきまで見てた夢って、なんだったっけ……?)
重要な夢を見た気がするが、寝起きのあれこれのおかげで、リズは何一つ思い出すことはできなかった。
今日は第二公子宮殿にて、フェリクスとのお茶会を予定していたが、急きょ予定を変更して、皆でピクニックへでかけることになった。
理由は簡単である。アレクシスは自分の宮殿に、フェリクスを入れたくなかったからだ。
侍女達は少し残念そうではあったが、ピクニックで美味しいお茶をお出しするのだと、改めて張り切っていた。
そんなわけでリズ達は馬車に揺られて、公宮から少し離れた場所にある公家所有の湖へとやってきた。
「わぁ! ここからでも湖が見えるよ」
馬車から降りると、林の奥に大きな湖が広がっているのが見える。この辺りへはリズも来るのは初めてだ。久しぶりの大自然にワクワクしていると、もう一台の馬車から降りたエディットも歓声を上げた。
「まぁ! なんて素敵な場所なのかしら。妖精さんに出会えそうですわぁ」
可愛らしい感想を述べるところも、本当に小説のヒロインらしい。しかしリズは昨夜、アレクシスから聞いてしまった。
あれは全て、『演技』なのだと。
彼女は元々、ヒロインとは似ても似つかぬ性格だそうだが、アレクシスの指導によってヒロインとして覚醒したらしい。
フェリクスを慕っているというのは本当で、彼に振り向いてほしくエディットは頑張っているようだ。
「エディット。あまりはしゃぐと、辛くなるぞ。それでなくとも俺のせいで、今日のそなたは辛いだろうからな」
エディットを支えるように彼女の腰を抱いたフェリクスに、その場にいた全員が注目した。なぜか辺りに、気まずい雰囲気が漂う。
(フェリクスのせいで、身体が辛い……?)
首を傾げて考えたリズは、ハッとその意味を理解した。
「あの……王女殿下。身体がお辛いのでしたら、万能薬をお飲みになりませんか? 私が作ったものなんですが、疲れや傷が一瞬で癒えるんです」
リズが魔女の万能薬を差し出すと、エディットは顔を真っ赤にさせてあたふたし始めた。どうしたんだろう? とリズが再び首をかしげると、万能薬をフェリクスが代わりに受け取った。
「すまないな、リゼット」
まるで彼が、エディットのパートナーか何かのようだ。フェリクスが万能薬を飲むように勧めると、エディットは恥じらうようにうなずいてから、万能薬を飲み干した。
「ありがとうございます、公女殿下。噂には聞いておりましたが、本当に痛みが消えましたわ」
「ふふ。お役に立ったようで良かったです。せっかくのピクニックですから、元気に楽しみましょう」
リズがにこりと微笑むと、なぜかフェリクスが割って入るように口を開く。
「そなたは寛大な心を持っているようだな。俺にも、そのくらいの寛大さが必要か?」
(どういう意味だろう……。ってか、フェリクスちょっと怒ってる?)





