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83 王女と王太子


 今夜の宴は上手く立ち回ることができたが、これからが本番だ。

 アレクシスには、常に全力を出さなければフェリクスは落とせないと言われている。その言葉を少し拡大解釈してしまったエディットは、夜這いを決行するためにここへきた。


 そのような計画を思いついてしまったのには、理由がある。宴でのフェリクスの反応に、思いのほか手ごたえがあったのだ。

 二人でダンスを踊った際にフェリクスは、「エリザベートのように可愛い」とエディットを褒めちぎってくれて、名前呼びまで許可してくれた。


 それだけで舞い上がってしまったエディットは、この好機を逃してはならないと決意を固めた。



 恐る恐る扉をノックすると、部屋の中から「入れ」という声が聞こえてきた。

 ドキドキする心臓を押さえるために、持参してきたワイン瓶を抱き込んだエディットは、深呼吸をしてから部屋へと入る。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、はだけたバスローブを身にまとったフェリクスだった。エディットの頭は、茹で上がりそうになる。


「フェ……フェリクス様、よろしければワインを――」

「寝間着姿で男の部屋へ来るとは、フラルの王女は随分とはしたないのだな」

「……え」


 宴での、甘く微笑んでいたフェリクスは、どこにもいない。

 一気に現実へと引き戻されたような気分になったエディットは、やっと自分がしていることが、彼の望むものではないと気がついた。


 フェリクスの好みは、清楚で、儚げな、庇護欲をそそられる子。決して、夜這いを仕掛けるような子ではない。


「フェリクス様に……お会いできたのが嬉しくて……、申し訳ございません」


 これではアレクシスの作戦が台無しだ。大失態を犯してしまったエディットは、ブルブルと震えながらも謝罪する。

 しかしその態度すら、フェリクスの機嫌を一層損ねてしまったのか、彼は怒りを露わにしながらエディットに近づいた。

 そしてあろうことかフェリクスは、エディットの首を鷲掴みにする。


「エリザベートを真似た格好で、無様な姿を晒すな」

「もっ……申し……」


 息が苦しくなったエディットは、手からワイン瓶が滑り落ちてしまい、ガシャンと割れる音がする。


「これは、公子の差し金か? エリザベートを真似れば、俺を落とせるとでもそそのかされたか?」


 フェリクスは投げ捨てるようにして、エディットの首から手を離した。床へと倒れ込んだ彼女は、咳き込みながらも涙目でフェリクスを見上げる。


「これは……。公子殿下の好みに合わせなければ、結婚できないと言われたので仕方なく……。私は、フェリクス様のご期待に応えようと、努力しましたわ……。求婚が成功したら、私を特別に扱ってくださるとおっしゃったではありませんか……!」


 嘘を並べながらも、エディットの言葉は本心に近かった。形はどうであれエディットは、フェリクスに振り向いてもらいたい一心で、悪魔の指導に耐えてきたのだから。


「今夜の宴では、十分に特別扱いしてやったつもりだが。お前は何を期待していたんだ?」


 馬鹿にするようにフェリクスが笑うと、エディットは泣きながら部屋を飛び出した。




 娘を一人泣かせてしまったが、フェリクスは罪悪感など微塵も感じていなかった。むしろ、最愛のエリザベートを侮辱されたようで、苛立たしさが収まらない。


 これまで何百人もの女性が、エリザベートを真似てはフェリクスに近づいてきたが、そのたびに吐き気がする思いを味わってきた。


 見た目や性格が似ているだけで満足できるなら、何世にも渡って執着などしていない。

 フェリクスが求めるのは、本物の彼女ただ一人だけ。


 割れたワイン瓶を蹴り飛ばしたフェリクスは、大きくため息をついた。

 こんな時は、エリザベートに会いたい。

 急にリズが恋しくなったフェリクスは、即座にリズが眠っているであろう部屋のバルコニーへと瞬間移動した。




 少しだけ、リズが眠っている姿を観察したら帰るつもりでいたが、部屋の中を覗き込んだフェリクスは怒りで震えあがる。


 ぐっすりと眠っているリズの横には、憎くて仕方ない(・・・・・・・)アレクシスの姿があったのだ。


「エリザベート……。お前はまた(・・)、俺を裏切るつもりか……」


 これまで何冊もの『鏡の中の聖女』を書き上げてきたが、フェリクスがエリザベートの心を本当に手に入れたことは一度もなかった。


 彼女が最後に選ぶのはいつも、アレクシスの魂。


 その事実を受け入れられなかったフェリクスは、毎回アレクシスの魂を当て馬に据え、彼からエリザベートを奪う優越感に浸っていた。


 強引にハッピーエンドを迎えるたびに、エリザベートは悲しみ、アレクシスの魂を求める。

 それが小説には描かれていない、真実の姿だった。


「俺はお前に、甘い夢ばかり見せてきたつもりだが……。愛憎劇のほうが好みだったようだな」


 夢物語に浸しておけば、いつかエリザベートは自分のものになると、フェリクスは本気でそう思っていた。

 けれど今回のリズは、その夢物語に浸るつもりもないようだ。


 ならば彼女が望む愛憎劇を、描いてやろうじゃないか。


 そう決意したフェリクスは、瞬間移動でエディットの部屋へと移動した。

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