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80 隣国での公子1

 アレクシス達がフラル王国へと到着して、七日ほどが過ぎた頃。アレクシスは今日も、ため息をついていた。

 フラル王宮でアレクシス達は、丁重にもてなされ、毎日のように歓迎の宴が開かれていたが、肝心の求婚を断る交渉が全くと言ってよいほど進んでいなかった。


「申し訳ございません、アレクシス殿下。今日の交渉も、平行線で終わりました」

「そう……。二人とも、ご苦労だったね。ゆっくり休んで」


 訪問初日に国王へ謁見した際に、アレクシスは求婚を断る旨を話したが、国王は「どうか王宮に留まり、考え直してほしい」と食い下がってきた。そのため、毎日のように水面下での交渉がおこなわれている。

 交渉の担当は、ローラントとアレクシスの補佐官。二人とも優秀ではあるが、二人が手を焼いている理由は、交渉以前の問題であった。


「それにしても……あちらは、本当に交渉する気があるのでしょうか。どのような手札を見せても、のらりくらりとかわされてしまうんですよ」


 補佐官がアレクシスの部屋を退室した後、ローラントは少し砕けた態度でソファに腰を下ろし、襟元を緩めた。このような態度のローラントを見るのは、アレクシスにとっては学生時代以来だ。


 学生時代は、アレクシスにトラブルが起きるたびにローラントが対処していたので、毎日のようにぐったりとした彼を見るのが、日課のようなものだった。

 けれどあの時の、嫌々な気持ちでアレクシスの世話をしていた彼と違い、今のローラントは納得して付いてきてくれた仲間。昔のような罪悪感は、不思議と湧いてこない。


「僕もこの件は、少しおかしいと思っていたところなんだ」

「王女殿下とのお茶会でも、何かございましたか?」

「今までの王女は単純に、僕との結婚で得られる地位が目的のようだったけれど、急に方向転換したかのように『愛している』などと言い始めたんだ」


 アレクシスが真剣な表情で考え込むようにそう述べると、ローラントはシラケたような笑みを浮かべる。


「よろしいではございませんか。あちらに愛するお気持ちがあるのでしたら、殿下も歩み寄ってはいかがですか?」

「僕は別に、自慢しているわけではないよ。この状況は、どう考えても不自然なんだ。彼女が僕を愛するはずがないからね」

「それは、どういう意味ですか?」

「学生時代を思い出してみなよ。彼女はドルレーツ王国に留学していたわけでもないのに、頻繁に王宮の夜会に参席していた。そして、何度も僕と会う機会があったにも関わらず、僕と王女がダンスを踊ったのは、たったの一度だけ」


 アレクシスの説明を聞いたローラントは、昔を思い出そうと考え込む。


「あまり覚えていませんが、結婚したい相手ならもっと親交を深めていたはずですね……」

「君は僕の護衛をしていたのに、周り状況が見えていなかったようだね」

「申し訳ございません。あの頃は殿下のことが嫌いな気持ちで、頭が一杯だったもので」

「奇遇だよ。僕もあの頃は、どうやって君から離れようかとばかり考えていたからね」


 お互いに引きつった笑みを交わした後、ローラントは気まずそうに咳ばらいをした。


「それで……。王女はなぜ、頻繁に他国の夜会へ参席していたのですか?」

「彼女の目線の先には、いつも王太子がいたよ」

「それじゃあ……。王太子殿下との結婚は叶わないので、アレクシス殿下と……?」

「そう。ついでに言うと、彼女は王妃になりたいという願望が強いらしい。周辺国でその可能性が最も高くて婚約者がいない者が、僕だったってだけのこと。そんな打算的な考えの王女が、愛を口にするのはおかしいだろう?」

「そうですね……。王女に限って言えば、焦っている可能性もありそうですが……。しかし元から政略結婚として進めてきたなら、あちら側も交渉手札を出すべきでしょう。なぜ、こちらの手札を拒否するだけなのでしょうか……」

「ここまで交渉が難航すると、他に目的があるのかと邪推してしまうな」


 フラル王国よりも格下である公国の、それも私生児の公子との結婚話。よほどの好条件でなければ、フラル王国側も体裁が悪いはず。

 本来なら公国側から求婚し、条件次第でやっと受け入れてもらえるような案件だ。


 娘の熱意に負けたフラル国王が、仕方なく求婚の親書を出したのだとアレクシスは考えていたが、それにしても国王の引き止め方は異常だ。

 過剰にもてなしてくれる割には、交渉を進めようとする意思がない。お互いの妥協点を探るわけでもなく、まるで引き止めるのが目的のように思えてくる。


「そうか……。僕を公国へ帰すと、都合が悪い者がいるようだ」


 何かに気がついたように、そう呟いたアレクシス。ローラントは「どういう意味ですか?」と聞き返した。


「この結婚に意欲をみせてこなかったフラル国王が、自ら僕を引き留めているんだ。国王を動かせるような人物の介入があったと、考えるべきじゃないかな」

「フラル国王を動かせるような人物となると、ドルレーツの王太子殿下くらいしか……」


 ローラントはそこまで言うと、気がついたように表情を引き締めた。


「……リゼット殿下に、関係するのでしょうか」

「ローラントも、リズがあいつと結婚したくないってことは聞いただろう。僕はそのための、準備を進めている。それが、あいつの耳に入ったんじゃないかな」


 ローラントはリズの前世については、詳しく知らない。今はこれくらいしか言えることはないが、恐らくリズのお披露目舞踏会での出来事が、密偵を通じてフェリクスの耳に届いたようだ。


 アレクシスはあくまで『兄』としてリズを守ってきたつもりだが、フェリクスにとってはその行為すら、気に入らないものだったのかもしれない。

 今までの小説でも、ヒロインを助けるのは常に、ヒーローであるフェリクスの役目であったのだから。

 これ以上、見せ場を横取りされたくないがために、アレクシスをフラル王国に縛り付けておきたいのだろう。あいつならやりそうなことだと、アレクシスは呆れたような表情になる。


「ですが、どうやってその証拠を掴むおつもりですか?」

「ここへ来て七日も経っているのに、リズから一度も手紙の返事がきていないだろう? きっと公国側の状況を僕達へ知らせないために、手紙を横取りしている者がいるはずだ」

「単に、リゼット殿下がお忙しいだけという可能性は?」

「僕が毎日のように手紙を送っているのに、お兄ちゃん大好きなリズが返事を出さないはずがないよ」

「…………」


 ローラントとしては悔しい話ではあるが、リズがアレクシスを慕っているのは確かな事実。それにローラント自身もリズへは手紙を出していたが、アレクシスと同様に一度も返事をもらっていない。自分だけが無視されているのではと落ち込んでいたが、同士がいたことで少しほっとする。


「相変わらず、その自信はどこから出てくるのですか……。とにかく、手紙の行方を追いますので、殿下はリゼット殿下へのお手紙をお願いします」

「うん。ローラントを連れてきて良かった。他の者にはこんなこと、任せられないから」


 アレクシスが信頼しきっているように微笑むので、ローラントは驚いて思わず視線をそらす。


「……学生時代の虐めに比べたら、隠された手紙を見つけるくらい造作もないことです」


 嫌な思い出しかない学生時代だったと思っていたが、実は手にしていたものがあったようだ。今さらそのことに気がついたローラントは、アレクシスに気づかれないよう小さく笑みを浮かべた。

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