表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/117

07 逃亡魔女7

「こっ公子様!?」

「まずは、僕の宮殿へいこう。あそこが一番安全だ」

「縄を解いてくだされば、自分で歩けますよ」

「傷だらけの子を、歩かせたくないよ。もう少しだけ我慢してね」


(そんなぁ……)


 人生二度目のお姫様抱っこの相手もイケメンだというのに、またも拘束された状態なのでトキメキの欠片もない。

 ヒロインらしからぬ状況を恨めしく思いながらも、リズはアレクシスの肩越しに馬車の中へと視線を向けた。


 床に落ちているリズの帽子を、柄の先で器用に拾い上げたメルヒオールは、穂先でぴょんぴょんと地面を蹴りながらついてくる。

 その器用さがあれば、リズを椅子に座らせることもできたのではと、リズは恨めしく思う。世の中、上手くいかないことだらけだ。




 第二公子の宮殿へと到着し、客室へ入ったアレクシスは、丁寧にリズをベッドの上へと降ろした。

 前世以来のふっかりとしたベッドの感触に、リズは身体の力が一気に抜ける。小説とは異なる状況はさておき、やっと安心できる空間へとたどり着けたようだ。


 アレクシスはリズの手足を縛っている縄を解くと、赤くなってしまった縄の跡を眺めて顔を歪ませる。


「僕がもっと目を配っていれば……。君には辛い思いをさせてしまったね」


 彼は真面目な性格だから、責任を感じているのだろう。作中でも、ヒロインがいじめられていたことを知り、自分のせいだと悔やんでいた。

 妹と関わるつもりがなかったにも関わらず、こうして宮殿で保護してくれるほどに、彼は真面目なのだ。


「公子様は、なぜあの場に?」

「午前中に出発したはずの騎士団が、真夜中に帰ってきたのが気になって。窓から様子を伺っていたら、おかしな方向へ馬車が向かうのが見えてね」


(そうか……。カルステンが私を丁重に扱わなかったから、アレクシスの興味を引くことになったんだ)


 逃亡に失敗した時は、物語の強制力には勝てないのかと思ったけれど、少しのズレを繰り返すことで、ストーリーは大きく変化するのかもしれない。

『火あぶりエンド』を回避できるかもしれないと、リズの心に少しだけ希望が湧いてくる。



 アレクシスはそれから、怪我の治療をしなければと、医者を部屋へと呼び寄せた。

 寝ているところを起こされたのか、若干眠そうな顔で部屋へと入ってきた医者は、二十代前半くらいの男性。ダークブラウンの髪と瞳を持つ彼は、この若さで公宮で働いているのだから、よほど優秀なのだろう。賢そうな顔立ちと、それに見合う眼鏡をかけている。

 小説の登場人物並みにイケメンだが、小説に医者は出てこなかったので、完全に一般人のようだ。


 医者はリズを見て驚いた様子だったが、魔女に偏見がないのか丁寧に診察を始めた。


「骨は折れていないようなので、打ち身でしょう。擦り傷も深刻なものではございません。数日ほど薬を塗れば治りますが、いかがなさいますか?」

「彼女は公家の養女となる身だ。すぐにでも治してあげて」


 アレクシスにそう指示された医者は、「それでは、こちらをお飲みください」と、手のひらサイズの薬瓶をリズに手渡した。

 それを見たリズは「あっ!」と顔をほころばせる。


「この薬は、私が作ったんです」

「お嬢さんが、この薬を?」

「はい。ラベルについているこのマークが、私が作った薬の印です」

「それではここ二年ほどの薬は、ほとんどお嬢さんがお作りになったのですね」

「母の役目を、二年前から引き継いだもので」

「そうでしたか。貴重な薬をいつもお分けくださり、ありがとうございます。医者は診断には長けておりますが、薬がなければ治療ができませんのでいつも感謝しております」


 深々と医者に頭を下げられ、リズは不思議な気分を味わった。今まで薬は商会でしか取引していなかったので、使用者に直接お礼を言われたのは初めてのこと。商会はいつも『気味の悪い魔女の薬を買ってやっている』というスタンスだったので、これほど感謝している者がいるとは想像もしていなかった。


「お役に立っていたようで、嬉しいです」


 小説でもこんなシーンはなかった。アレクシスが助けてくれたおかげで、リズは心まで助けられたような気分になる。


 瓶の蓋を開けて、魔女の万能薬を一気に飲み干すと、リズの身体からは擦り傷が消え、打ち身の痛さもそよ風に吹き流されるようにして消え去った。

 アレクシスの助けは魔女の万能薬のようだと思いながらリズは、心配そうに成り行きを伺っているアレクシスに微笑みかけた。


「公子様、私を助けてくださり本当にありがとうございました」




 医者が部屋を出たあと二人きりになると、アレクシスはベッドへ腰かけリズの顔を覗き込んだ。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕は第二公子のアレクシス・ベルーリルム。今年で二十歳になる」

「初めまして、アレクシス公子殿下」


 そう微笑んだリズはベッドから降りると、メルヒオールの柄から帽子を取って自らの頭にかぶせた。

 そして、くるりとその場で一回転しながらメルヒオールを手に取ると、もう片方の手でスカートの裾を広げて、お辞儀をする。これが魔女の正式な挨拶の姿勢。


「私は、魔女リズ。今年で十七歳になります」

「丁寧に挨拶してくれてありがとう。リズは想像していた魔女より、ずっと可愛いね」

「そういえば、魔女を見たことがないとおっしゃっていましたね」

「恥ずかしながら、そうなんだ。偏見は本当にいけないね」

「公子様は一体、どんな噂を信じていたのですか?」


 魔女は憎むべき対象なので、醜い女、または男をたぶらかす悪女という印象が強い。リズも魔女が題材の本をいくつか読んだことがあるが、どれもそのような魔女ばかりで、最終的には火あぶりににされるのだ。

 アレクシスはどんな魔女を想像していたのか気になり、リズは顔を覗き込んでみるが、彼は恥じらうように顔を背ける。


「これから兄となる身としては、心配事が増えそうだ」


 質問の答えになってない返答をされて、リズは首を傾げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

gf76jcqof7u814ab9i3wsa06n_8ux_tv_166_st7a.jpg

◆作者ページ◆

~短編~

契約婚が終了するので、報酬をください旦那様(にっこり)

溺愛?何それ美味しいの?と婚約者に聞いたところ、食べに連れて行ってもらえることになりました

~長編~

【完結済】「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります(約8万文字)

【完結済】悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています(約11万文字)

【完結済】脇役聖女の元に、推しの子供(卵)が降ってきました!? ~追放されましたが、推しにストーカーされているようです~(約10万文字)

【完結済】訳あって年下幼馴染くんと偽装婚約しましたが、リアルすぎて偽装に見えません!(約8万文字)

【完結済】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、事情を知った当て馬役の義兄が本気になったようで(約28万文字)

【完結済】私を断罪予定の王太子が離婚に応じてくれないので、悪女役らしく追い込もうとしたのに、夫の反応がおかしい(約13万文字)

【完結済】婚約破棄されて精霊神に連れ去られましたが、元婚約者が諦めません(約22万文字)

【完結済】推しの妻に転生してしまったのですがお飾りの妻だったので、オタ活を継続したいと思います(13万文字)

【完結済】魔法学園のぼっち令嬢は、主人公王子に攻略されています?(約9万文字)

【完結済】身分差のせいで大好きな王子様とは結婚できそうにないので、せめて夢の中で彼と結ばれたいです(約8万文字)


+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ