78 打ち明け大会魔女2
リズとしても、留守中の出来事を報告するつもりではいたが、これはストーリーに関わる重要な話だ。
そんな話を、リズの前世を知らない二人の前でしても良いのだろうか。リズは、コソッとアレクシスに耳打ちした。
「ストーリーに関することなんだけど、どうしよう?」
「今後は、二人の協力も必要になって来るかもしれない。この際、話してしまおう」
その後にアレクシスは、ボソッと付け加える。
「僕と同じ辱めを、受けたら良いよ」
(あれ……。しばらく会わないうちに、アレクシスが黒くなってる……)
状況が読めずに様子を伺っているバルリング兄弟に向けて、アレクシスは意味ありげに微笑みを向ける。
いやいや。心優しいアレクシスが、人の不幸を喜ぶはずがない。リズは、彼の言葉の意味を間違って解釈していると判断した。
「辱めとは、なんですか?」
「ローラントも聞きたがっているし、話してあげなよリズ」
アレクシスが言うとおり、今後は二人の協力も必要になってくるかもしれない。
リズは留守中の報告をする前に、リズの前世やこの世界についての説明を、バルリング兄弟に話して聞かせた――
「つまり俺は、告白すらできずに失恋のショックで、騎士団長を辞めてしまうと……。恥ずかしすぎて、死にたいです……」
「兄上はまだ、主要人物だから良いではありませんか。俺なんて、挿絵すらない地味な役ですよ……」
アレクシスに小説の内容を話した際は怒っていたが、カルステンは恥ずかしさのあまり顔を手で覆い、ローラントは脇役で残念なのか、しょんぼりとしている。役が違えば、反応も三者三葉だ。
「俺の気持ちを初めからご存知だったから、公女殿下は俺を気にしてくださったのですね……」
「黙っていて、ごめんなさい!」
ストーリーが元に戻ろうとする前の彼は、リズのことは好みではないと、はっきりと拒否していた。そんなカルステンが、ストーリーの影響でリズを好きになっていく姿を止められなかったことが申し訳なくて、リズは頭を下げて謝った。
「どうか、謝らないでください公女殿下。そのような事情でしたら、仕方ないですよ……。それよりもアレクシス殿下、俺はもう諦めておりますので、これ以上は嫌わないでくださいね……」
「それは、これからリズが話してくれる内容次第かな」
「公女殿下、お願いしますよ……」
カルステンは懇願するような表情を、リズに向ける。どうやらリズに対して、怒ってはいないようだ。それよりも、アレクシスに嫌われたくないという気持ちが大きいらしい。
カルステンは『アレクシス殿下は弟みたいなものですから』と、いつもアレクシスを気にかける素振りを見せていた。
もしかしたら、アレクシスが孤独を感じていたのはただの勘違いで、ちゃんと見守ってくれる人がいたのかもしれない。リズは、そう思いたい。
相変わらず冷たい態度のアレクシスと、タジタジになっているカルステンのやり取り。微笑ましく思いながら眺めていると、リズはふと視線を感じてローラントに目を向けた。
脇役だとがっかりしていた彼だが、なぜか今は顔を真っ赤にさせながら、黙りこくっている。
どうしたのだろう? とリズは考え込んだが、ハッと自分がした説明を思い出す。彼も小説内では、リズを好きになるのだ。
「だっ……大丈夫! ローラントは、忠誠を誓った騎士として慕ってくれているって、ちゃんとわかってるから!」
リズがフォローを入れてみると、ローラントの真っ赤な顔は一気に冷め、その場に立ち上がった。
「兄上。俺、ワインを調達してきますね……」
「お前も懲りないやつだな……。また失敗を重ねるつもりか?」
カルステンの助言も聞こえていない様子で、ローラントは部屋から出て行ってしまった。
「どうしよう……。私、ちょっと見てくるね!」
「リズ、待って……!」
リズの説明が、ローラントの気に触ったようだ。そう思ったリズは、アレクシスが止める声も聞かずに、慌ててローラントの後を追った。
後に残された二人。カルステンは、面白そうなものでも見るかのように、アレクシスへと視線を向けた。
「どうなさいますか? 殿下」
「僕達も、行くしかないだろう……」
リズはローラントを追いかけてすぐに部屋を出たはずなのに、彼の姿はどこにも見当たらず。廊下をウロウロしていると、アレクシスとカルステンがやってきた。
「アレクシスどうしよう! ローラントを見失っちゃったよ! ワインって、どこにあるんだろう!」
ローラントは落ち込みがちな性格なので、早く話し合わなければ心配だ。リズがオロオロしながら訴えると、アレクシスはため息をつきながら、リズの手を繋いだ。
「連れて行ってあげるから、落ち着いて」
「ありがとう。アレクシス……」
面倒くさそうではあるが、リズの世話は怠らないのがアレクシスだ。
アレクシスに連れられて着いた先は、厨房の奥にある食料庫。その扉は半開きになっており、灯りが漏れている。
そこにローラントはいると確信したリズは「ローラント?」と声をかけながら、食料庫へ足を踏み入れた。
「あー……。手遅れでしたね」
リズの後ろから聞こえた、カルステンの呆れ声。その言葉どおり、食料庫の床にはワインの空き瓶が二本転がっており、それを空にしたであろう張本人は、三本目のワイン瓶を胸に抱きながら床に座り込んでいる。そしてトロンとした顔を上げて、リズに微笑んだ。
「リゼット殿下、俺を迎えにしてくださったんですね~」
「うん。急に出て行っちゃったから、心配したよ。大丈夫?」
腰をかがめてリズが尋ねると、ローラントは「大丈夫じゃないです」と、頬をぷっくりと膨らませてリズを睨んだ。
(ローラントが子供みたい……)
普段の、絵に描いたような好青年はどこへやら。ローラントは知れば知るほど、意外な面が多い人だ。
気苦労が多いゆえの反動なのだろうかと思いながら、リズは彼の隣に腰を下ろした。





