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75 宴魔女5


「公子がリゼットの面倒を見てくれていたようだが、公子が王女との交友を深めている間、リゼットは危険に晒されていた。これから公子も忙しくなりそうだから、リゼットとこの地で婚約し、王国へ連れ帰ろうと思っている」


 アレクシスなら、この状況をどうにかしてくれるだろうか。リズは祈るような気持ちで、アレクシスを見つめる。

 アレクシスはそんなリズの祈りに気がついたかのように、にこりと微笑んでくれた。それから、再びフェリクスへと視線を戻した彼は、やはり凍り付きそうなほど冷たい視線だ。


「リゼットを危険に晒してしまったことについては、心よりお詫び申し上げます。ですが、妹はとても繊細なんです。人見知りが激しく、僕無しでは他者とうまく接することもできませんし、僕の傍をひと時も離れたがらないのです。それに養女になって日が浅いので、様々な不安を抱えていることでしょう。そんな状況で、生活環境をまた変えてしまうのは、妹への負担が大きすぎます。そうだろう? リズ」


(一体、どこの深窓の令嬢の話をしているの……?)


 リズの頭の中は疑問でいっぱいになったが、ここはアレクシスの話に乗るしかない。一生懸命に頭を縦に振る。

 それからリズは、フェリクスの反応が気になって彼へと視線を向けた。


 リズの性格をあっという間に把握したフェリクスに、こんな言い訳など通用しないのは、火を見るよりも明らかだ。

 それでも、アレクシスの発言にはそれなりの効果があるはず。リズの性格など知らない貴族達は、気弱な公女を無理やり連れ帰ろうとしている王太子を良く思わないだろうから。


 フェリクスはリズを抱いていた手を離すと、丁寧に頭を下げた。先ほど『怖い』と感じた威圧的な雰囲気は、完全に消え去っている。


「俺の気持ちが募りすぎて、リゼットの気持ちをおろそかにしてしまった。どうか、許してほしい」

「……気になさらないでください、フェリクス。私を心配してくださっての発言だということは、わかっていますので」


 どうやらフェリクスは、引き下がってくれるようだ。リズはほっとしながら、彼に頭を上げるよう促す。すると彼は、気落ちしたような顔を上げた。


「謝罪を受け入れてくれて感謝する。ただ、俺もこのまま王国へ帰るのは、心配でたまらないんだ……。婚約だけでも、許可してくれないだろうか……」


(どうしてこんなに、婚約を急ぐんだろう……)


 この小説は、婚約までの過程をじっくりと楽しむのが主な趣旨だ。それにも関わらず、お互いの気持ちも高まっていないまま婚約をして、フェリクスはそれで満足なのだろうか。


(もしかして……。焦ってるのかな?)


 小説のストーリーよりもリズがアレクシスになついているので、恋愛を楽しむよりも確実を求めているのかもしれない。

 もしもリズが他の者と結ばれるようなことがあれば、それこそ来世で『前世を映す鏡』に映らなくなってしまうから。


 彼も彼で、永遠に聖女の魂と伴侶であるために、必死なのかもしれない。けれどリズも、火あぶりにならないために必死だ。


 婚約前に鏡を確認するよりも、婚約後に鏡を確認したほうが、より『悪い魔女』というイメージが強調されるであろうから。


 それでもこの婚約は、国同士の決め事。リズが口を挟む余地はない。

 不安になりながらアレクシスを見つめると、彼は余裕があるような笑みを称えている。


「婚約については僕が口を挟めることではございませんが、妹を心配する兄として、王太子殿下にお約束していただきたいことがございます」

「約束?」

「はい。妹は魔女であるために、これまで様々な迫害を受けてきました」

「俺が、リゼットを迫害するとでも言いたいのか」


 フェリクスは怒りを滲ませたが、アレクシスは動じずに続ける。


「建国の大魔術師様が、そのような方だとは思っておりません。ただ、妹はこの結婚に関して不安を抱えております。もしもお告げが間違っていた場合、自分は火あぶりになるのではと」

「そのようなことを、気にしていたのか。心配せずとも、お告げが間違っていたことなど今まで一度もない」


 フェリクスは、笑みを称えながらリズに視線を向けた。周りの貴族からも失笑が漏れる。お告げを疑うなど、本来馬鹿げた話だ。

 リズもそれは重々承知しているので、恥ずかしくなってうつむいた。


「皆さんにとっては、子供じみた妄想に思えるかもしれませんが、魔女はそれだけ馬鹿げた理由で迫害を受け、時には人々の妄想によって濡れ衣を着せられ、火あぶりにされてきました。妹が不安を感じるのは、当然のことです」


 アレクシスのよく通る声が会場に響き、辺りはシンっと静まりかえった。


 リズは、気持ちを代弁してもらえたような気持ちになり、アレクシスを見上げた。彼はいつもリズの境遇に目を向け、救いの手を差し伸べてくれる。

 結婚相手を見つけても、その優しさが変わることはないようだ。


 アレクシスがアレクシスのままでいてくれたことが嬉しくて、リズは繋いでいる手をぎゅっと握り込みながら、「ありがとう、アレクシス」と小声で囁いた。


 アレクシスが返事をしようとした瞬間、リズの反対の手がフェリクスに掴まれる。


「リゼット。俺はそなたの境遇に、もっと目を向け、配慮すべきだった。そなたが不安に思っているなら、ここで正式に宣言する。もしもお告げに誤りがあり、前世を映す鏡に俺達が映らなかった場合は、無事に公国へと送り帰し、決して罪には問わない」


 リズの前にひざまずいたフェリクスは、誓いを立てるようにリズの手の甲に口づけた。


(ほっ……本当にこれで、火あぶり回避できたの?)


 この大陸で絶対的な権力を持っているフェリクスが宣言してくれたのだから、リズは本当に火あぶりの未来を回避できたのだ。

 それでも信じられないリズは、確かな証拠を得たい気持ちでアレクシスへと視線を向ける。


「良かったねリズ」

「……うん。ありがとう、アレクシス」


 兄の柔らかい微笑みを目にしてやっと確信を持てたリズは、涙を浮かべながらアレクシスに感謝を述べ。そしてフェリクスに視線を戻した。


「私の不安を取り除いてくださり、感謝申し上げますフェリクス」

「そなたのためなら、これくらいたいしたことではない。これで安心して婚約してくれるだろうか」

「はい……。お受けいたします」


 ここまでフェリクスが譲歩してくれたなら、リズとしてもこれ以上は婚約を拒めない。


 貴族達の祝福の拍手を受けながら、リズは思った。正直にすべて話せば、フェリクスなら理解してくれるのではと。


 けれど、すべての問題が解決したとしても、推しであるフェリクスと結婚したいという気持ちは、リズの心にはもう残っていなかった。

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◆作者ページ◆

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