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71 宴魔女1


 そして夕方。宴の準備を整えたリズは、険しい顔つきで鏡の中の自分を見つめていた。

 美しく結い上げられた髪の毛。繊細に施された化粧。ピカピカに磨かれたアクセサリー。シワ一つないドレス。いつもながら侍女達の仕事は、完璧だ。


「公女殿下……。お気に召しませんでしたか……?」


 リズが不満そうにしているので、侍女達はおろおろとしている。リズは慌てて笑顔を取り繕った。


「ううん。今日も素敵に整えてくれてありがとう!」


 侍女達に労いの言葉をかけるも、リズ自身はこの装いを気に入っているわけではない。なぜなら、今日のドレスとアクセサリーは、アレクシスが用意してくれたものではないのだから。


 フェリクスと出会った日に、彼は「俺の助けは必要ないみたいだな」としょんぼりしつつも、ちゃっかりとリズへの贈り物を大量に持ち込んでいたのだ。リズが知った時にはすでに、衣装部屋にドレスやアクセサリーが納められた後。その状況で贈り物を拒否することなど、できるはずもなかった。


 アレクシスはこの状況を拒否するために、リズにドレスやアクセサリーなどを用意してくれたが、ヒーローはそんな事情などお構いなしで、自分の目的をねじ込めるらしい。


 そんなわけでリズは今、赤いドレスとアクセサリーを身にまとっている。もちろん、フェリクスの瞳の色だ。

 ヒロインならば喜んだであろうが、リズにとっては相手の気持ちが重すぎる。




 部屋の外へ出ると、廊下で待機していたカルステンは「これは見事に……、真っ赤ですね」と、そのまますぎる感想を述べた。


「似合うかどうかの、感想はないの……?」

「そうですね……」


 考え込んだカルステンは、リズの耳元へ口を寄せる。


「正直、気に入りませんが、俺の髪色に染まってくださったと思うことにします」

「ふふ。カルステンでも、そんなこと言うんだ」


 カルステンらしくない発言に対してリズが笑みをこぼすと、彼は照れたように頭を掻いた。 


「俺にだって、独占欲はありますよ……。アレクシス殿下が戻られるまで、少しくらいは欲を満たさせてください」

「なんで、アレクシスが戻るまでなの?」


 リズが婚約回避しようとしていることを知らないカルステンなら、配慮するべきはリズの婚約予定者であるフェリクスなのでは。

 リズが首をかしげると、カルステンは意味ありげな笑みを浮かべる。


「そりゃ俺は、アレクシス殿下の味方なんで」


 ますますリズには、意味がわからない。




 馬車へと乗り込んだリズとカルステンは、宴がおこなわれる本宮へと向かった。

 普通ならパートナーが迎えにくるものだが、今日のフェリクスは忙しい。王太子が突然に公国を訪問したので、謁見の嵐なのだとか。

 おかげでリズは、宴が始まるまでは気兼ねなく過ごすことができそうだ。


「あっ。第二公子宮殿が見えるよ。撤去作業もそろそろ終わりそうだね」


 リズは、車窓から見える第二公子宮殿に目を向ける。ここからでは厨房は見えないが、この前見に行った際には綺麗に修復されていた。この機会にと、痛んでいる箇所は全て修繕したらしいので、心なしか宮殿が輝いているように感じられる。


「アレクシスが戻る前に、元通りになって良かったね」と、リズがカルステンに視線を向けると、彼は曇った表情でうつむいていた。


「どうしたの? カルステン」

「申し訳ございません。公女殿下……。放火犯を必ず見つけるとお約束しましたが、未だに手がかりも見つけられていないままです……」


 カルステンは悔しそうに、マントをぎゅっと握りしめる。けれどリズは、多少なりとも予想していたことだ。


 必ず見つけるとカルステンが約束してくれた際の場面が、小説内のほうきが盗まれたエピソードとそっくりだったが、小説ではほうきを盗んだ犯人をカルステンは見つけ出せなかったのだ。

 火事の件が、ほうきの件の代替えならば、カルステンが犯人を見つけられないのは当然のこと。


(そしてこの件を解決するのは、ヒーローなんだよね……)


 小説のストーリーがやり直されているならば、今日の宴でその真相がわかるのかもしれない。


「あまり気に病まないでよ。みんなが無事だっただけで、私は満足だよ」


 カルステンを慰めつつも、リズも不安な気持ちを抱えながら、馬車は本宮へと到着した。





「ドルレーツ王国王太子フェリクス殿下と、公女リゼット殿下のご入場です!」


 本日の主役であり、公国にとっては大切なお客様。フェリクスの入場は、公王よりも後におこなわれた。

 公王の入場と同じく音楽が奏でられる中、公国貴族達の熱烈な歓迎によって迎えられる。


 そんな状況でフェリクスが一番に取った行動は、リズの前にひざまずくことだった。

 そしてリズの手を取ったフェリクスは、手の甲に口づけを落とす。

 楽団の美しい演奏の上に、貴族女性達の黄色い悲鳴が飛び乗った。


(何してくれちゃってるの……、私の推し……)


 せっかくアレクシスのおかげで、貴族に認められるつつあるというのに、これでは逆効果ではないか。


(そういえばヒロインが虐められる理由に、嫉妬もあったよね……)


 まさかこんな雑な形で、ストーリーに引き戻されるとは……。リズは貴族女性達の突き刺さる視線を浴びながら、泣きたい気持ちでフェリクスを見下ろした。


「フェリクス……。皆様が驚いていますよ」

「そなたは魔女として虐げられてきたようだから、俺が愛する『聖女の魂』であることを、皆の心に刻みつけておかなければ」

「なるほど……。ご配慮に感謝申し上げます……」

「本当は熱い口づけを交わしたかったが、そなたに拒まれそうだからな。それとも今からやり直そうか?」


 立ち上がったフェリクスは、リズの腰をグイっと引き寄せる。

 フェリクスはまるで、指揮者のようだ。彼が動作するたびに、会場の音は大きく変化する。今は黄色い悲鳴にフォルテシモが掛けられたようだ。


「いっ……いえっ。フェリクスのお気持ちは、十分に貴族達に伝わったと思います。それより早く、公王陛下にご挨拶しましょう」

「そう急くな。俺より身分の高い者などいない」


 今の彼は王太子だが、建国の大魔術師は国王よりも高い身分として位置づけられている。国にとっての重要事項は常にフェリクスが決定を下しており、公国の独立についても当時十三歳だったフェリクスが、最終的に承認したという。


「王太子殿下、ようこそベルーリルム公国へ。国民一同、心より歓迎致します」

「久しいな、公王」


 そんなわけで叔父である公王よりも、フェリクスのほうが身分が高いのだ。

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◆作者ページ◆

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