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68 ご対面魔女4

 フェリクスは、手のひらの上で浮かんでいる魔法陣を、鍋の側面にぺたりと貼りつけた。すると、魔法陣は鍋の側面で光を放ったかと思えば、すぅっと消えてしまった。リズにはよくわからないが、フェリクスは鍋に魔法をかけたらしい。


「あの……。今の魔法陣は?」

「魔力を均等に流し込めるよう、細工させてもらった。これで適当に混ぜても渦が乱れることはないはずだ。試してみてくれないか」


 リズは言われたとおりに魔力を流しながら、縦、横、斜めと、木べらを適当に動かしてみる。しかしその動きに反して、鍋の中は綺麗な渦が巻いているではないか。


(なにこの、チートアイテム……!)


 これがあれば、何年もかかる修行が必要なくなる。今までの努力を返してくれと苦情を言いたくなるほどの、画期的な魔法陣だ。


「すごいです……!」

「これは、材料を無駄にしてしまった詫びと、これからも無駄にしないための先行投資だ」

「先行投資ですか……?」


 どのような意味だろうと思い、リズは首をかしげる。するとフェリクスは、リズの耳元に口を寄せてきた。


「心置きなく、リゼットに愛を囁くためのな」


 ヒーローに相応しいイケメンボイスが、リズの頭に響き渡る。大魔術師の囁きには、人を麻痺させる魔法でも含まれているのかもしれない。

 リズは全身の痺れで大ダメージを受けているというのに、鍋の中は綺麗な渦を維持したままだ。これほど、絶大な効果を確認できる実験方法があるだろうか。



 その後。リズはヘロヘロになりながらも、厨房にある鍋の全てに魔法陣を付与してもらうことだけは忘れなかった。


(これで、万能薬作りを他の魔女達にも手伝ってもらえるよ)


 万能薬は、いくらあっても困ることはない。むしろ、あればあるほど国の役に立つ代物だ。これからは商会が他国へ横流ししていた分も、正式な貿易品として取引される。他国との交渉においては、有利な手札として使えるはずだ。


(アレクシスにも、このことを教えてあげたいけど……)


 すぐに戻ると言って出発したアレクシスだが、交渉が難航しているのか未だに戻る気配もない。どのような交渉事なのかリズには知らされていないが、万能薬を増産できると知れば、アレクシスならきっとうまく使ってくれるだろう。


 しかし残念ながら、アレクシスとは連絡がつかないままだ。

 今ごろアレクシスはどうしているのだろうと心配しながら、リズは店の外へと出た。


「万能薬作りは、なかなか興味深いものだった。案内してくれて感謝する」

「とんでもございません。こちらこそ、貴重な魔法陣を付与いただき感謝申し上げます。――それでは、公宮へ戻りましょうか」


 リズの心は無事ではなかったが、ひとまず視察は無事に終えられそうだ。役目を終えた達成感を味わいながら、リズは馬車へと乗り込もうとする。しかしそれを阻止するように、フェリクスがリズの腕を掴んできた。


「まだ、本来の目的を果たしていないが?」

「えっ……。目的は魔法薬店での、万能薬作りでしたよね?」

「そうだ。俺は魔法薬作りデートを楽しむ目的で、そなたを誘ったのだ。だが蓋を開けてみれば、リゼットは『視察』だと言う。俺の目的を果たすには、改めてデートをするべきではないか?」


 彼の言うとおり、リズは今日のデートを視察に変えようと必死になっていた。けれど結局は、デートのような雰囲気になってしまったではないか。


(あぁぁぁ……、私のバカ! 初めからおとなしく、デートにしておけばよかったのに……)


 いまさら「これはデートでした」と訂正したところで、フェリクスは満足してくれないだろう。


「それともリゼットは、俺とのデートが嫌だったのか?」


 常に、堂々とした態度でヒロインを助ける姿が売りの王太子が、しょんぼりと項垂れてしまった。このような彼の姿は、小説でみたことがない。推しを落胆させてしまったようで、リズは罪悪感に潰されそうになる。


「いっ……行きます! デート行きたいです! 王太子殿下のお好きな場所へ、連れて行ってください!」


 もう、どうにでもなれと思いながらリズがそう叫ぶと、「ぶっ!」とカルステンが吹き出すように笑いをこらえる声が聞こえてきた。

 昨夜までの彼は、確かにリズに恋している様子だったが、本当に魔法が解けたかのように、リズの状況を楽しんでいる。いくらなんでも、変わり身が早すぎではなかろうか。

 リズが、ムッと口を噤みながらカルステンに視線を送っていると、フェリクスは「良かった」と安心した様子の声色で、リズを抱き寄せた。


「では、二人きりでデートしようか」

「えっ……。ですが、護衛が……」


 リズは動揺しながらフェリクスを見上げる。いつもはお忍びなので護衛はカルステンしかいないが、今日は護衛の数を増員しており、さらにフェリクスの護衛もいる。王太子と公女が二人きりでデートするなど、無理な話だ。


「身の安全は、俺が保障しよう。俺に勝る者など、この世にはいないからな」


 物凄く自信過剰に聞こえる言葉だが、実際にこの世界で、大魔術師であるフェリクスに勝てる者などいない。唯一、互角に勝負できた魔王も、ドルレーツ王国建国前の戦いで、フェリクスに敗れている。


 だからといって、フェリクスと二人きりにはなりたくない。リズは護衛を付けるようお願いするつもりで口を開きかけたが、急に身体がふわりと浮いたような感覚になる。


「わあっ……!?」


 下を向いてみると、どんどんと地面が遠ざかっていくではないか。騎士達がリズを心配する声も、あっという間に小さくなっていく。

 フェリクスはほうきもなしに、リズを抱き寄せたまま空中に浮かび上がったのだ。

 今まで経験のない状況に驚いたリズは「きゃぁ!」とフェリクスにしがみついた。


 ほうきに乗り慣れているリズは、高所への恐怖心はないはずだったが、絶対的に安心できるメルヒオールの不在は、ことのほか不安を煽る。

 腕一本でフェリクスに支えられているだけの状況も、さらに心もとない気持ちにさせられる。


「魔女なのに、空を飛ぶのが怖いのか?」

「ほうきに乗っていないので、落ち着きません……。下ろしてください」


 リズが不安で一杯になりながらそう訴えていると、地上から猛スピードでメルヒオールが飛び上がってきた。メルヒオールは『リズを返せ』とばかりに、リズとフェリクスの間にほうきの柄をねじ込んでくる。


「メルヒオール!」

「ほう。これほどの思考力を持ったほうきは、久しぶりに見るな。だが、少し黙っていてもらおうか」


 フェリクスがメルヒオールに触れた瞬間、力を無くしたようにメルヒオールは、ふよふよと降下していく。


「メルヒオールに何をしたんですか!」

「案ずるな。少し、魔力を奪っただけだ。落下して壊れるようなことはない」

「そんな……」


 思考力があるほうきならば説得することもできるというのに、フェリクスはそんなメルヒオールをただの(もの)扱いしている。


 ヒロイン以外に対しては『冷たい』というのが、フェリクスの小説での設定だ。それは承知しているリズだが、まさかリズの大切にしている者にまでそれが及ぶとは思いもしていなかった。


(そういえば小説では、冒頭にしかお母さんは出てこなかったなぁ……)


 魔女の森に残した母を、ヒロインが心配するシーンはあったが、ヒーローが何かしてくれたエピソードは一つもなかった。


 ヒーローにとっては、唯一ヒロインだけが大切な存在であり何世にも渡り大切にしてきた。そんな彼にとっては、転生するたびに変わるヒロインの家族など、目に留めるほどの存在ではないのかもしれない。


 それでもリズにとって、メルヒオールや母はかけがえのない家族。蔑ろにされるのは悲しい。


 リズはそう感じたのと同時に、アレクシスがしてくれたことを思い出す。彼はメルヒオールを可愛がり、母を気遣ってくれ、虐げられてきた魔女全体をも救おうとしてくれた。


 アレクシスの妹愛は、過剰すぎて困ることも多かったけれど、人を思いやる彼の行動にはいつも心が温かくなるのを感じていた。


(アレクシスに会いたい……)


 アレクシスへの気持ちが膨らむ一方でリズの心には、ヒーローへの疑問が生まれつつあった。

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