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67 ご対面魔女3

 翌朝。リズは落ち着かない気持ちで、侍女達に出かける準備を整えてもらっていた。いつもなら魔法薬店へ行く際は、庶民が着るような服装で出かけるリズだが、今日は王太子との視察(・・)が目的なので、ドレスを身にまとっている。


 リズが落ち着かない理由は視察(・・)の件もあるが、カルステンが心配であることのほうが大きかった。

 昨夜は晩餐の後、帰りがけにカルステンとフェリクスは対面した。突然のフェリクスの登場に、カルステンは動揺した様子だったが「俺が言ったとおり、王太子殿下はかなりの男前だったでしょう」とぎこちない笑みをリズに向けていた。


(カルステン、落ち込んでないかな……)


 もしもカルステンの思考が小説の中と同じならば、彼とはもう会うことができないはずだ。

 今日も護衛任務を続けてほしい。そうリズが願っていると、侍女の一人が部屋へと入ってきた。


「公女殿下。馬車の準備が整いましたわ」

「ありがとう。今、行くね」


 廊下へ出たリズは、真っ先にカルステンを見つける。彼はいつもと変わらない様子で、リズへと礼をした。


「おはようございます、公女殿下。本日も俺が、護衛を務めさせていただきます」

「カルステン、おはよう。来てくれて嬉しいよ」


 リズはほっとしつつ笑顔で返すと、カルステンは少し困ったような表情になりながら、リズと並んで歩き始める。


「俺が、殿下の元から消えると思いましたか?」

「えっと……」


 思っていたことを言い当てられたリズは、どう答えてよいのか困る。カルステンは、そんなリズの言葉を待つことなく続けた。


「殿下は昨夜。俺を『寂しさを埋めてくれた大切な人』だと言ってくれました。俺は、そのお言葉があれば、前を向いていられます」


 その表情には、未練の欠片も感じられない。

 小説の中のカルステンに足りなかったものは、ヒロインを少しでも救えたという証拠だったのかもしれない。

 諦めることを前提としながらも、想い人の助けになりたいと思い、彼は密かにヒロインと庭で会っていた。その行為が、ヒロインにとって良かったのか、それとも迷惑だったのか。それすらわからないまま、カルステンはヒロインから離れてしまったのだ。


「俺は、殿下のお役に立つことができれば満足なんです。ですからこれからも、陰ながらお支えすることをお許しください」

「カルステンにはずっとお世話になってばかりだよ。いつもありがとう。これからも、アレクシス共々よろしくね」

「はい。俺にとっては、アレクシス殿下は弟みたいなものですから。妹である公女殿下も、いつでも俺にわがままをおっしゃってください」

「ふふ。頼りにしてるね」


 にかっと笑みを浮かべたカルステンには、もう小説のような結末はやってこないと感じさせられる。


「さぁ。俺のことはもう気になさらず、本日は王太子殿下とのデートをお楽しみください」

「でっ……デートじゃなくて、視察だよ!」

「そうなんですか? 王太子殿下はデートだと喜ばれて――」

「とっ……とにかく、今日は視察なの! だからカルステンは、ひと時も私から離れないで護衛してね!」

「……恥ずかしいんですか?」


 ニヤリとからかうような笑みで、カルステンに顔を覗き込まれて、リズの顔は真っ赤に茹で上がった。




 魔法薬店へ到着して三人で中へ入ると、残念ながらミミは不在であった。彼女はまだ見習い魔女なので、修行の関係で午後から来る日もあれば、来られない日もある。残念ながら、今日がその日に当たってしまったようだ。


 図らずも厨房で、フェリクスと二人。デートのような状況が作られてしまった。


 フェリクスが、魔法薬作りを体験してみたいというので、リズは今、彼に手取り足取り指導中だ。さすがに材料などは教えられないが、鍋をかき混ぜながら魔力を流し込むには、コツが必要なのでそれを教えている。


 しかし本来はフェリクスの後ろから、リズが彼の手を支えて教える立場だが、彼の背後に立つと鍋の中が見えない。そんな理由で、立ち位置が逆になってしまった。傍から見れば、リズがフェリクスに手取り足取り教えられているように見える。


(私、何やってるんだろ……)


 今日のデートを無理やり視察に変えるつもりだったが、見事に失敗している。この状況は、婚約回避を目指しているリズとしては、非常に不本意だ。


「お鍋を覗いて見てください。このように魔力が綺麗な渦を巻いている状態を、長時間維持するのがコツなんです。魔力を均等に流し込み続けるのは難しいので、売り物の万能薬を作るまでには何年もかかるんです」


 リズがそう説明すると、フェリクスは腰をかがめてリズの肩越しに鍋を覗き込む。驚いたリズは、反射的に頭を傾げて彼との距離を取った。

 彼の身長ならば、わざわざリズの肩越しに見なくとも、リズの背後から十分に見えるはず。恋愛小説のヒーローはいちいち、女性をドキッとさせる仕草を取らなければ気が済まないらしい。


「これは、かなりの集中力が必要だ。この若さでこれだけの芸当ができるとは、リゼットは優秀な魔女なのだな」


 フェリクスはリズを褒めるように頭をなでると、傾げていたリズの頭を引き戻して二人の頭をこてりをくっつけた。


「おや……。魔力の渦が乱れてしまったな。これは失敗か?」

「はい……。失敗です……」


 二年前から薬作りを引き継いだリズは、少々のことでは渦を乱さない自信があったが……。リズは自分の未熟さにげんなりしながら、鍋をかき混ぜる手を止めた。


「邪魔をしてしまったようだな」

「気になさらないでください。失敗作や見習いの練習作は、スープにするという使い道がありますので」


 リズがそう説明すると、フェリクスはリズから離れて、作業台に置いてあった魔花を手に取った。これは万能薬作りには欠かせない、魔力を含んだ珍しい花だ。


「貴重な材料を使っているようだな」

「はい。万能薬は、他の薬よりも魔力の扱いが難しいもので。下地となるような材料も必要なんです」


 この花を加えることで、魔力がより浸透しやすくなるのだ。それでも、こうして失敗もしてしまう。万能薬作りは本当に高度な技が要求されるのだ。


「ふむ。これでは、仕事中のリゼットを愛でられないな……」


 ぶつぶつと呟いたフェリクスは、考え込んでいる様子で自身の手のひらを見つめ出した。


 どうしたのだろうかとリズが思っていると、フェリクスの手のひらから淡い光が溢れ出す。それは見る見るうちに形を作り始め、あっという間に何かの魔法陣が手のひらの上に浮かび上がった。


次話は、日曜の夜の更新となります。

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◆作者ページ◆

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