66 ご対面魔女2
(せめて紹介くらい、していってよ~!)
前世のリズは、フェリクスの髪の流れる向きすら完璧に把握していたが、今のリズは彼の絵姿すら見たことがない。そのような状態のリズを残して退室するランベルトは、どうかしている。
(とにかくバレないように、何も知らないフリをしなきゃ……)
自分の置かれた状況を再確認したリズは、おずおずとフェリクスに向き直る。
しかし、先ほどまで出会いを喜んでいた様子のフェリクスは、何か言いたげにリズを睨んでいた。
「あの……」
「随分と、好き勝手にやってくれたようだな」
「えっ……?」
「それほど、俺のストーリーが嫌だったのか?」
(うそ……。もしかして、私に前世の記憶があるってバレてる?)
リズは冷や汗をかきながらも、必死に頭を回転させた。
もし仮に、リズの前世についてフェリクスが知っていたとしたら、リズが火あぶりになるかもしれないと恐れているくらい、見当はつくはずだ。それにも関わらず、ストーリーを改変させたことにだけに苦情を述べている。前世について知っているわけではなさそうだ。
(あれ……? でも、この小説の内容って、フェリクスが考えているの?)
リズがそう考えている間にも、フェリクスはさらに言葉を重ねる。
「それほど、あの魔術師が良かったのか。どう言いくるめられたのか知らないが、お前の幸せは俺によって成り立っていることを忘れるな」
(あら……。この話ってまるで、アレクシスの部屋で寝た時に見た夢みたい……)
あの夢は、単なる夢ではなかったのだろうか。だとしたらリズの魂に刻まれた、前々世の記憶だったのかもしれない。だからこそ、フェリクスは怒っているのか。
「あの……。どなたかと、お間違えではございませんか……?」
状況はどうであれ、リズの前世について知られるわけにはいかない。リズは渾身の演技で、こてりと首を傾げてみせた。
するとフェリクスは、信じられないものでも見るかのような視線を、リズに向ける。
「……俺とそなたが会うのは、初めてか?」
「そうだと思います。あ……ですが、王太子殿下は前世の私ともお会いしているのですよね? 喧嘩するほど、仲がよろしかったのですか?」
ふふっとリズが微笑んで見せると、フェリクスは緊張の糸が途切れたように、ため息をついた。
「ああ、そうだ。前世のそなたには随分と手を焼かされたが……、それも良い思い出だ」
フェリクスは前世を思い出したのか、愛おしそうにリズを見つめてくる。不意打ちで、小説の挿絵のようなフェリクスが現れたので、リズの頬は自然と赤みを帯びる。どんなに気持ちをコントロールしようとしても、推しの破壊力には抗えないものだ。
そんなリズの態度を満足そうに見つめていたフェリクスは、居住まいを正してからリズへと頭を下げた。
「俺はまだ、前世のエリザベートを忘れられずにいたようだ……。これからは、現世のエリザベートと真剣に向き合いたい。先ほどの無礼は、どうか許してほしい」
「気になさらないでください、王太子殿下。そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はその……、リゼット・リズ・ベルーリルムと申します」
この大陸では改名する前の名や旧姓を、ミドルネームで残す習慣がある。これがリズの正式名だ。
リズが改めて挨拶すると、フェリクスは思い出したようにバツの悪そう顔になる。
「名前はリゼットだったな……。本当は俺から『エリザベート』の名を贈りたかったのだが……。『リゼット』は貴族に認められ、公王が贈った名だと聞いている。残念ではあるが、俺の妃となる者が国民から愛されるのは、喜ばしいことだ」
「はい。公国の皆様には、とても良くしていただいております」
「そのようだな。そのドレスも、この上なくリゼットに良く似合っている。養女になったことで、苦労しているのではないかと心配していたが、俺の助けは必要ないみたいだな……」
フェリクスはリズの現状を確認して、しょんぼりとしてしまった。
奇しくも今、リズが着用しているドレスは、アレクシスと初めて買い物へ出かけた時に選んでもらった、あの水色のドレスだ。本来はフェリクスがこのドレスを贈るはずで、リズの名前も彼が名付けるはずだった。リズが虐められているところを救い出すのも、もちろんフェリクスの役目だったがそれらの全てを、アレクシスが奪う形となった。
これまでアレクシスがおこなってきた活動が、フェリクスにダメージを与えている。本人が見たら、さぞ喜んだであろう。
(でも、フェリクスに悪いことをしちゃったかも……)
火あぶり回避のためにストーリーを変えようとしているのは、全てリズの問題であり、彼に非があるわけではない。フェリクスはただひたすら聖女の魂を愛し、現世でも彼女と結ばれたいと願っていただけ。それを邪魔したようでリズは、申し訳ない気持ちになってくる。
お互いにしょんぼりしているとフェリクスは、気分を変えるようにリズへと微笑みかけた。
「俺の自己紹介が、まだだったな。俺は、フェリクス・ドルレーツ。ドルレーツ王国の王太子であり、建国時に活躍した大魔術師の生まれ変わりでもある。長く記憶を保っているせいか、たまに爺臭いと言われるのだが……、そこは多目に見てもらえるとありがたい」
照れながらそう述べたフェリクスは、とても何世にも渡って記憶を持ち続けているとは思えないほどの、初々しさだ。
何度生まれ変わっても、また初恋のような物語を綴っていくのが、このシリーズの人気なところでもある。
「魔女達の間でも、大魔術師様は憧れの存在ですので、お会いできて光栄です」
魔女とは、扱う魔法の分野が異なるけれど、彼の魔術師としての偉業は、魔法を扱うものなら誰でも憧れがある。
なにせ、何世にも渡り記憶を持ったままで、特定の人物として生まれ代われる魔法を扱えるのは、この世界で彼だけだ。
リズの魂についても、生まれる場所は指定できないが、彼と年齢が離れすぎないよう、調節して転生させているのだと言われている。
「リゼットは、魔女だったな。魔法を扱う者同士、気が合いそうだ」
「私の魔法は残念ながら、王太子殿下に遠く及びません。魔女の森の魔女達は、魔法薬作りが得意なんです」
「魔法薬作りか。店でも、楽しそうに作っていたな」
「えっ……。魔法薬店を、ご覧になったのですか?」
「今日は、ここで会うのが待ちきれなくて、そなたの様子を見に行ってしまったのだ。だが、あの護衛騎士は首にしたほうが良いな。俺のリゼットに抱きつくなど、無礼が過ぎる」
市場でリズが、ミミにぶつかりそうになった場面を、フェリクスはしっかりと見ていたようだ。リズを助けたカルステンの態度が気に入らなかったのか、怒りをこらえているように、彼は眉間にシワを寄せている。
(わわ……。ミミが見たっていうイケメンって、やっぱりフェリクスだったんだ……!)
「はは……。彼は心配性なだけなんです。適切な距離を保つよう言い聞かせておきますので、首だけはご容赦ください……」
予期せぬタイミングでフェリクスが現れてしまっただけでも、カルステンにとっては負担になりそうだ。さらに、護衛騎士を首になってしまったら、小説の中のように落ち込んでしまうかもしれない。
「リゼットがそう望むなら、俺は我慢するしかなさそうだな」
「ありがとうございます」
フェリクスは気に入らないことがあっても、リズの気持ちを尊重してくれる人のようだ。小説どおりの優しいヒーローようで、リズの心は温かくなる。
「その代わり、俺の願いも叶えてくれると嬉しい」
「願いですか……?」
「魔法薬店へは、毎日のように通っているのだろう? 明日は俺も、連れて行ってくれないか。魔法薬作りを、見学したいんだ」
願いというから、どのような要求を突きつけられるのかと思えば、フェリクスは魔法薬が気になっていたようだ。魔法を扱う者として、その探究心はよく理解できる。リズはにこりとうなずいた。
「そういうことでしたら、構いませんよ」
「感謝する。初めてのデート、楽しみだな」
(…………へっ!?)
蕩けた顔で微笑むフェリクスは、挿絵よりも格段に良すぎる。
この極上の笑顔を引き出したのが自分だとは、到底信じられないリズは、ぐちゃぐちゃの脳内を整理した結果――
(二次元の推しとは、デートできないよね……。うん、今のは幻聴だ)
現実逃避することで、落ち着いた。





