64 留守番魔女8
「公女殿下、お帰りなさいませ。殿下が外出されている間に、第一公子殿下からのお手紙をお預かりしております」
夕方。宮殿へ戻ったリズに、侍女の一人がそういって手紙を渡してきた。
「第一公子殿下から……?」
招待状のような、綺麗な封筒。リズは首を傾げながらも、それを開いた。読み進めるうちにリズの顔は、何ともいえない微妙なものに変わっていく。
「今日の晩餐に、招待したいって書いてある……」
「まぁ! 第一公子殿下も、公女殿下を気にかけてくださっているのですね」
「うーん、そうみたい」
侍女は、リズが公家の人間に受け入れられていることを喜んでいるようだけれど、リズとしては複雑だ。舞踏会での、第一公子のアレクシスに対する態度は、あまり良い印象ではなかったのだから。
(でも、せっかく誘ってくれたんだから、行ったほうがいいよね……)
小説内での彼は、どちらかといえば味方だ。リズを虐めるために呼んだわけではないはず。
アレクシスとの関係はさて置き、新たな家族が歩み寄ってくれるのはありがたいことだ。
「あまり時間がないから、急いで準備しなきゃ」
「はい!」
公女になってから、リズが着飾ってどこかへ行くのはこれが初めてだ。侍女達は張り切って、リズの準備を整えてくれた。
ここから第一公子宮殿までは距離がある。リズとカルステンは馬車に乗り込んだ。
夕暮れ時の公宮内の道路は、帰宅する貴族の馬車や誰かに会いに来た人の馬車やらで、割と混雑している。それらを窓から見つめていたリズだが、熱い視線に耐えかねてカルステンに向き直った。彼は、着飾ったリズを見るのが嬉しいようだ。満ち足りた表情をリズに向けている。
「ねぇ、騎士団長」
「名前では、呼んでくださらないのですか?」
「うっ…………」
リズは必要な時にしか名前で呼ばないつもりだったが、カルステンも諦めるつもりはないらしい。これまでもそうだったが、彼は自分の意思を貫き通すタイプだ。そういう性格だからこそ、この若さで騎士団長にまで上り詰められたのだろう。
そんなカルステンだが、先ほど市場では、王太子の出現を不安に思っているような素振りを、見せたばかり。
ストーリーどおりに事が進むのは困るが、彼の友人として彼に余計な負担もかけたくない。
「…………カルステン」
リズがそう呼びかけると、彼は目を細めて微笑んだ。
「はい、リゼット殿下」
(もうっ! 兄弟そろって、忠犬のように可愛いんだから……)
普段はあまり似ていない兄弟だが、無垢に喜ぶところがそっくりだ。リズは心臓を押さえたい衝動に駆られる。
「とっ……ところで、第一公子殿下は、アレクシスのことを良く思っていないよね?」
話しかけた本来の目的をリズが尋ねると、カルステンは少し困ったような表情を見せる。
「後継者の件がありますので、仲良くとは行きにくいのでしょう」
「それなのになぜ、アレクシス側の私を呼ぶのかな?」
「理由はわかりかねますが、アレクシス殿下がいない間に、親睦を深めておきたいのかもしれませんね。未来の王太子妃を味方につけておけば、何かと有利ですし」
なんの目的も無しに、リズを呼び寄せているわけではないのかもしれない。リズは「うーん」と考え込んだ。
味方になれと言われても、リズはアレクシスを裏切るようなことはしたくない。そもそもアレクシスは後継者になることを望んでいないのに、この争いは不毛ではなかろうか。
「殿下は、情に流されやすそうなので、お気を付け下さい」
「えっ。そうかな?」
今まで一度も感じたことのない指摘を受け、リズはきょとんとカルステンを見た。
「はい。先ほども俺の気持ちを考えて、名前で呼んでくださったのではありませんか?」
「な……なんのことだろう……」
どうやら、リズの意図はバレバレだったらしい。
「俺は、身の程はわきまえているつもりです。殿下にご迷惑をお掛けするつもりは、ございませんよ」
業務連絡のように、何でもないことのような雰囲気で述べたカルステン。けれど、それから少しだけ顔を歪めた。
「ですから……、あまり優しくしないでください」
「あの…………!」
リズは思わず声を上げてしまったが、どう返して良いか見当もつかない。「えっと……。その……」と困っていると、カルステンは小さく笑みをこぼした。
「ほら。また、情に流されていませんか?」
「あっ……」
バルリング伯爵夫人からも、周りの感情に左右されずに常に冷静であることが、王族として大切なことだと教えられた。けれど、今のカルステンの願いを「はい、そうですか」と聞き流せるはずがない。
「あのね……。私は王太子殿下と結婚することに拒否権が無いから、どうしようもないんだけど。カルステンは、私の寂しさを埋めてくれた大切な人であることを、忘れないでほしいの」
正確にいうと、リズといよりはヒロインの寂しさだ。ヒロインにとっては本当に心の支えだったので、急に会えなくなったことをヒロイン自身も悲しんでいた。
もしかしたら、リズの前からもカルステンは急に消えてしまうかもしれない。その前に、感謝を伝えておきたかった。
「だからその……。悩みがあれば、私に話してほしいな」
だからこそ、リズもカルステンの助けになりたい。そう思って出た言葉だが、リズは「ん?」と考え直した。
リズはヒロインとは別人格であるという認識が強いので、小説に関することはついつい他人事のように感じてしまう。
今の発言はおかしかったと思いつつ、恐る恐るカルステンに視線を向ける。
リズの向かいではカルステンが、あきらかに「何言ってんだコイツ」という表情をしていた。
「……俺の今の悩みを、殿下にお話しするのですか?」
「ごめんっ……。かなり間違った……!」
冷めた視線を向けられて、リズは居たたまれなくなり顔を手で覆い隠した。完全にカルステンには呆れられてしまったようだが、むしろこれで良かったのかもしれないと、訳の分からない感情も湧いてくる。
黙ってしまったカルステンが気になり、リズは手の隙間から彼の様子を伺った。彼は、リズを下から覗き込むようにしながら、意地の悪い笑みを浮かべている。
「悩みですか……。俺は今すぐ、無理やり結婚させられようとしているリゼット殿下を掻っ攫って、遠くに逃げたい気分なのですが」
まさかカルステンが、ここまでストレートに感情を口にするとは思わず。リズは驚いて顔を隠している手を避けた。
「ええ!? それはできないよ」
「……ここは、情に流されてはくれないのですね」
「私の境遇から、救ってくれようとしてくれるのは嬉しいけれど……。逃げないでアレクシスとがんばるって、約束したの。だから私は、公国から離れないよ」
カルステンにとっては意味のわからない話だろうが、リズはアレクシスと約束したので、カルステンの提案に乗るわけにはいかない。
するとカルステンは、ハッ! としたような表情を浮かべると、深いため息をつきながら項垂れて、頭を抱えてしまう。
「カルステン?」
「はぁ……。俺は今まで、何をしていたんでしょう。アレクシス殿下のお気持ちを、すっかりと忘れていました」
(えっ?)
「相談ついでに、これまでの俺の愚行は、殿下には秘密にしてくれませんか。まだ死にたくないので……」
「う……うん」
まるで魔法から解けたかのようにカルステンは、以前のお兄ちゃんのような雰囲気のカルステンに戻ったのだった。
次話は、日曜の夜の更新となります。





