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61 留守番魔女5

「さぁ。かしこまらずに、挨拶をどうぞ」


 リズが催促すると、ヘルマン伯爵夫人は手を震わせながら扇子を閉じる。そして顔を歪めながらを挨拶の姿勢を取った。


「公女殿下に、ご挨拶申し上げます……。私は、この宮殿の管理を任されているデリア・ヘルマンと申します……」


 この大陸では、地位が低い者から先に挨拶をおこなうのが礼儀だ。魔女を憎んでいるヘルマン伯爵夫人にとっては、屈辱的なはず。

 それでも、形式的な挨拶をおこなった彼女は、小説の中ほどひどい対応を取るつもりはないようだ。いくら魔女を憎んでいようとも、夫のようにはなりたくないのだろう。


(これも、アレクシスのおかげだよね)


 いくら物語が元に戻ろうとしても、アレクシスがこれまでおこなったことが消えるわけではない。リズはその事実を確かめられて、少し気持ちが安らぐ。


「第二公子宮殿の修繕が完了するまで、よろしくお願いしますね。ヘルマン伯爵夫人」

「お任せくださいませ……。私はそろそろ、仕事に戻らせていただきますわ」


 ヘルマン伯爵夫人は悔しさを滲ませながらリズを睨んでから、逃げるように部屋を出て行った。


 リズが「ふぅ」と息を吐いていると、侍女達は興奮した様子でリズの周りに詰め寄ってくる。


「素晴らしい対応でしたわ、公女殿下!」

「あのヘルマン伯爵夫人に対して、堂々と振る舞えるなんて、ご立派でしたわ」

「アレクシスが、無礼は許さないと宣言したからには、私もそれなりの対応をしなきゃと思って。みんなも怯まずに対応してくれて、頼もしかったよ」


 小説のヒロインとは違い、リズには味方してくれる侍女達もいる。彼女達は下位貴族の令嬢だけれど、上位者である夫人に対して毅然とした態度を取ってくれた。


「公子殿下が戻られるまで、私達がしっかりと公女殿下をお守り致しますわ!」

「ありがとう、みんな」


(みんながいれば、虐められルートは回避できるよね)




 っと思ったのも、束の間。リズは朝食を食べながら、微妙な表情を浮かべていた。


「公女殿下。お食事になにか、問題がございましたか?」

「あっ……。ううん、ちょっと考えごとをしていただけ」


 侍女に笑みを向けてから、リズは気が進まない食事を口に入れた。

 部屋に運ばれてきた朝食は、見た目こそ問題のないものだったが、味付けが全くといってよいほどされていないのだ。

 素材が良いので不味くはないが、どうにも物足りなくて食が進まない。


(侍女にバレないような嫌がらせをするつもりね……)


 ヘルマン伯爵夫人を呼び出して、味付けについて指摘することもできるが、単に料理人のミスとして片付けられてしまいそうだし、本当にその可能性も無きにしもあらず。

 ヘルマン伯爵夫人の嫌がらせかどうか判断するには、しばらくは様子をみたほうがよい。


 そう思ったリズは、食後に散歩がてらハーブを採りにいくことにした。様子を見るにしても、味気ない料理は食べたくない。魔力回復のためだと理由をつけ、ハーブを振りかけるつもりだ。


「公女殿下、お呼びでしょうか」

「散歩へ行きたいから、護衛してほしいの」


 ハーブを入れるためのカゴを手にしたリズは、にこりとカルステンに微笑んだ。しかし、カルステンの顔は一瞬にして険しくなってしまう。


「いけません。しばらくは安静にすると、おっしゃったはずですよ」

「えー……。散歩くらいは大丈夫だよ」

「殿下の『大丈夫』は、信用できません」

「ひどい……」


 リズはがっかりしながらも、「行きたい」と目で訴えてみたが、カルステンは応じてくれそうにない。

 リズからカゴを奪ったカルステンは、「さぁ。ベッドへお戻りください」とリズの背中を押す。


「まっ……待ってよ。魔力は、外にいたほうが吸収できるんだよ! だから連れて行ってよ!」


 美味しい食事を食べるため、リズも引き下がるわけはいかない。取り上げられたカゴにしがみつきながら訴えてみると、カルステンは困ったような顔で考え込み始めた。


「仕方ありませんね……。殿下のショールを持ってきてくれ」


 侍女にそう指示したカルステンは、受け取ったショールをリズの肩に羽織らせる。


「わぁ! 連れて行ってくれるの?」

「その代わり、おとなしくしていてくださいよ」

「うんうん! ちょっと身体に良いハーブを採取して、日光浴したら戻るよ」


 これで美味しい食事にありつけそうだ。リズが喜んでいると、カルステンは「では、参りましょうか」と言って、リズの横で身体を屈める。

 リズが、ん? と思っている間に、カルステンに抱き上げられてしまった。


「ちょ……。私、歩けるよ!」

「殿下には、安静が必要です」

「でも……、これは大袈裟すぎだよ。病人ではないから、下ろしてよ」


 お姫様抱っこされたまま散歩など、恥ずかしすぎる。侍女達の好奇心に満ちた顔も見ていられなくて、リズは助けを求めるようにカルステンを見つめた。しかし彼は、じっとリズを見つめ返す。


「殿下……。おとなしくしてくださると、約束したばかりですよね?」

「……はい」


 リズに対する、彼の庇護欲はいまだ健在のようだ。純粋な気持ちなだけに、これを鎮静化させるのは虐め回避よりも大変かもしれないと、リズは覚悟した。

次話は、日曜の夜の更新となります。

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◆作者ページ◆

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