55 お出かけ魔女4
ミミがこの店へ出入りしている理由は、アレクシスから直々に「店長になってほしい」と頼まれたからだそうだ。表向きリズは、一年後には王太子と婚約して国から出て行く予定なので、リズの親友であるミミにお店を任せることにしたようだ。
リズは好きな時にここへ来て、薬作りや他の魔女達との交流を楽しむだけで良いのだとか。公女としてリズに負担がかからないよう、アレクシスは最大限に配慮してくれたようだ。
夕方までじっくりとお店について話した後、アレクシスはミミも誘ってリズ達を食事へと連れて行った。
ミミにとっては、貴族が利用するレストランは初めてだったようで、大はしゃぎでレストランを堪能していた。
「リズちゃん、どうしよう! これ美味しすぎて、感動が止まらないよ!」
「ふふ。ミミってば、さっきからそればっかり」
ミミは、先ほどから新しい料理が運ばれてくるたびに、感動しているようだ。魔女にとっては、一生食べることが無かったであろう料理ばかり出てくるので、リズも気持ちはわからないでもない。
けれど、リズには前世の記憶があるので、貴族の食事は「久しぶりに美味しいものを食べられた」という意味の感動だった。ミミにとっては、それを遥かに超える感動なのだろう。
「いずれは、自分達でもここへ来られるくらいには、稼げるようにするから、期待していて」
「本当ですか! 私、公子様に一生ついていきます!」
アレクシスがそう言うのなら、魔女達はこれから先、貧困にあえぐ必要はなくなるのだろう。彼はリズだけではなく、魔女全体を救うつもりでいる。公子として国民に優しさを向ける彼の姿は、とても素敵だ。
そんな兄を見つめていたリズは、なぜか心臓が忙しなく動くと思いながら食事を終えた。
アレクシスが持たせたケーキの箱を大切そうに抱えたミミが、ほうきで帰っていくのを見送ったリズ達は、馬車で公宮への帰路についた。
「アレクシス、今日は本当にありがとう。アレクシスがいない間は、ミミと一緒にお店のことを考えていたら、あっという間に過ぎちゃいそう」
「それなら良かった。リズに泣いて引き止められてしまったら、僕はなす術がないから」
「ちょっ……。そんなことしないよ。子供じゃないんだから」
アレクシスにとってリズは、幼い子供として映っているのではないか。リズは時々、そんな疑問すら感じるほどアレクシスは過保護だ。
リズが頬を膨らませて抗議すると、向かい側でローラントが笑いをこらえるように微笑んでいる。
「それにしても、ミミさんは元気で明るいお方でしたね」
「そうでしょう。ミミと一緒にいると、暗い気持ちなんて吹き飛んじゃうんだよ」
「わかります。あのお方を見ていると、些細な悩みなど馬鹿らしく思えてしまいますね」
悩みが多そうなローラントにとっては、ミミのような子はそのように見えるようだ。
リズが「もしかして」と思っていると、アレクシスがニヤリと微笑む。
「ローラントは、ミミが気に入ったようだね。君もいい歳だし、そろそろ結婚でも考えてみたら?」
「お気遣い感謝いたします。ですが俺には、心に決めた女性がおりますので。殿下こそ、国を思うのでしたらそろそろ、政略結婚をお決めになる時期ではございませんか?」
「僕は結婚だけは、自分のためにしようと思っているんだ。愛するあの子以外には考えられないよ」
(わぁ……。二人とも、想い人がいたなんて……!)
小説ではヒロイン以外で、二人に想い人はいなかったはずだ。またも小説とは違う展開を見つけたリズは、嬉しくなって二人に問いかける。
「ねぇねぇ。二人の想い人ってどんな人? よければ、協力するよ!」
二人には日頃からお世話になっているので、今こそ恩返しするチャンス。リズはそう意気込みながら、二人を交互に見つめる。
しかしアレクシスとローラントは、同時に大きなため息をついた。
翌日の夜遅く。リズは寝間着姿で、アレクシスの部屋の前をうろうろしていた。
「アレクシスはもう寝ているかもしれないし、やっぱり止めようかな……」
扉の隙間から灯りが漏れているので、アレクシスはまだ寝ていないだろうが、リズは言い訳のような言葉を呟いて、この場を去ろうとする。
しかし、メルヒオールがそれを阻むようにして、リズの前に立ちはだかるのだ。
メルヒオールは柄の先を左右に振ってから、アレクシスの部屋を指し示す。
相棒は、リズが目的を果たすまでは部屋に戻してくれないようだ。リズは、手紙を握りしめて「うぅぅ……」と、うなる。
リズが決心しかねていると、アレクシスの部屋の扉がかちゃりと開いた。寝間着姿のアレクシスが廊下へと出てくる。
「……リズ?」
「あっ……。アレクシス……」
リズは咄嗟に手紙を背中に隠して、苦笑いを浮かべる。どうみても怪しい態度に、アレクシスは眉をひそめた。
「ここで何をしていたの? 今、なにかを隠さなかった?」
次話は、日曜の夜の更新となります。





