54 お出かけ魔女3
それから商会長は、店の完成予想図を持ってきて、リズに見せてくれた。
公国が後援している店なら、貴族向けに豪奢な作りにでもなるのかとリズは思ったが。見せられた完成予想図は、木材をふんだんに使い、植物で飾り立てた、オシャレで温かみのある内装。
まるでリズの好みが、そのまま絵になったような完成予想図だった。
「わぁ……、めちゃくちゃ可愛いよ。もしかして、アレクシスが考えてくれたの?」
こんなサプライズをしてくれるのは、一人しかいない。リズは真っ先にアレクシスに視線をむけると、彼は優しくうなずく。
「前に、こんな雰囲気のカフェに行っただろう。あの時のリズが、いつもよりも蕩けたような顔で内装を楽しんでいたようだったから、好きなのかなと思って。リズの家へ行った時も、吊るしてあるハーブが綺麗に配置されていたしね」
アレクシスは、相変わらず鋭い。買い物の際は、アレクシスが店ごと買い占めてしまわないよう、リズは顔を引き締めていたが、カフェにまでは頭が回っていなかった。
そのおかげ、理想的なお店を作ってもらえるようだが、アレクシスなら仮に、リズが気持ちを隠していたとしても、理想的なお店を作った気がしてならない。
「ふふ。アレクシスは私のことを、理解しすぎだね」
「そんなことはないよ。僕はもっと、リズの気持ちを知りたくてたまらないんだ」
(私、隠し事なんてしていないけど?)
アレクシスは隠し事を嫌うので、リズは恥ずかしい気持ちですら、アレクシスに包み隠さず話している。それにも関わらずアレクシスは、リズのどのような気持ちを知りたいというのか。
リズが不思議に思っていると、「こほん」と小さくローラントの咳払いが聞こえてくる。
「アレクシス殿下。俺は、周りの店にご挨拶へ行って参りますね」
誠実さが売りであるローラントは、律義にも周りのお店への配慮も忘れていないようだ。
(でも、騎士が「魔女の店をよろしく」と尋ねてきたら、みんなびっくりしないかな?)
リズはそんな心配をしてみたが、ローラントはまさに他の店へ『けん制』するつもりでいる。
アレクシスがリズのために、店の準備までしていたことを見せられ、居ても立っても居られずに、自分が出来ることをしようと行動を起こしたのだ。
ローラントが店を出て行く様子を見守っていると、彼は店を出た先で声を上げた。
「おっと……。ごめんね、お嬢さん」
「こちらこそ、急に入ろうとしてごめんなさい!」
ローラントが出て行くのと同時に、店へ入ろうとした者がいたようだ。その声の主はローラントと別れると、元気よく「こんにちは~!」と挨拶しながら店へと入ってきた。
「えっ……。ミミ?」
「わぁ! リズちゃん、会いたかったぁ~!」
茶色の瞳を輝かせてリズに抱きついてきたのは、魔女の森での親友ミミ。歳はリズよりも一歳下の十六歳で、二人は親友であり姉妹のように育った。
リズが騎士団に捕まった際は、いち早く声を上げて駆け寄ろうとしたほど、ミミはリズを慕っている。
メルヒオールも、久しぶりにミミのほうきに会えて嬉しいのか、ほうき同士で柄をすり合わせている。ミミのほうきは、魔力を吹き込まれてからの年数が少ないので反応はないが、それでもメルヒオールは嬉しそう。ほうき同士で通じる何かがあるのかもしれない。
「ミミに会えるなんて……、びっくりしちゃった」
「私もこんなに早く、リズちゃんに会えるとは思っていなかったよ! 完成まで、秘密にするんじゃなかったんですか?」
リズに抱きついたまま、ミミはアレクシスに視線を向ける。しかしアレクシスが返答するよりも先に、慌てた様子の商会長が声を上げた。
「こらっ……ミミ! まずは公子殿下に、ご挨拶が先だろう!」
「わー! ごめんなさい!」
ミミは慌ててリズから離れると、魔女の帽子を頭から脱ぎ、ほうきを持ちながらの魔女式挨拶をおこなった。
「大変、失礼いたしました! 公子様に、ご挨拶申しげます」
「こんにちは、ミミ。ここでは、気楽に接して構わないって言っただろう」
アレクシスがにこりと微笑むと、ミミは安心したように微笑む。
「この前、公子様が持たせてくれたクッキー、村のみんなでいただきました。とっても美味しかったです!」
「それは良かった。今日も帰りに、お土産を持っていってよ」
「わぁ、嬉しい! ねぇねぇ、リズちゃん。公子様ってとっても優しいね!」
アレクシスはリズの母だけではなく、親友とまで親しくなっていたようだ。
リズにとっては大切な両者が、リズに秘密で会っていたとなると嫉妬心を覚えてしまう。けれど、それがリズを喜ばせるための準備だったなら、気持ちを抑えるしかない。
(最近の私って、嫉妬深くなった気がする……)
魔女の森を出るまでのリズにとって人間関係とは、小説のストーリーが始まったと同時にお別れしなければならない人達ばかりで、リズもそのつもりで接してきた。
けれどアレクシスと出会い、火あぶりや逃亡生活をせずにすむ未来が見えてきたせいか、人付き合いに対しての欲が出てきたようだ。
「うん、アレクシスは優しくて、頼りになるお兄ちゃんなの」
リズがそう答えると、ミミはリズの手を取りながら、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「リズちゃんに、頼れる人ができて良かった。リズちゃんって何でも一人でしようとするから、おばさんと二人で心配していたんだよ」
ミミに指摘されて「そうかな?」とリズは首を傾げる。リズには常に、メルヒオールがいる。『人』ではないが、いつも協力し合ってきた相棒だ。
ただミミの言うとおり、他の魔女に頼ったことは今まで、あまりなかった気がする。小説のストーリーに巻き込まないようにしていたので、仕方ないことだ。
するとアレクシスが「そうだね」と、納得するようにうなずいた。
「リズに頼ってもらうまでには、結構苦労したよ」
アレクシスは、リズが逃げ出そうとした日のことを言っているのだろう。彼はリズに信用してもらうために、わざわざ魔女の森まで来て、リズの母にも丁寧な説明をしてくれたのだ。
今思えば、失礼な態度で拒否しようとしたリズに対して、アレクシスはそれでも手を差し伸べてくれる優しい人だった。もっと早くに気がつくべきだったと、リズは今更ながら反省する。
「あの時は、ごめんなさい……」
「リズが謝る必要はないよ。これからはどんなことがあっても、一番に僕を頼ってくれるよね?」
「うん……。アレクシスに頼りすぎて、自分では何もできない子になりそうで、怖いくらいだよ」
それくらい今のリズは、アレクシスに頼りきりだ。そのせいか、数日の留守番ですら、少し不安に感じているほど。
そんなリズの発言は、アレクシスにとっては満足なものだったようだ。
「聞いたかい? ミミ。僕の妹は、僕無しでは生きて行けないみたいだよ」
「お兄ちゃんの愛が伝わったようで、良かったですね、公子様!」
どうやらリズがいない場面でも、アレクシスの妹愛は炸裂していたようだ。親友にまで知られていることに、リズはとてつもなく恥ずかしくなった。





