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47 公子と騎士


 なぜ自分は、リズの『兄』なのか。

 リズが正式な養女になった直後に、自分の気持ちに気がついてしまい、後悔にも似た感情がアレクシスの心に押し寄せてくる。

 アレクシスに対して、兄として絶対的な信頼を寄せているリズに「好きだ」と伝えたら、良好な関係が崩れてしまうかもしれない。

 これから先この気持ちに、どう整理をつけていけば良いのか。


 アレクシスが悩んでいると、バルコニーへと出る扉がカチャリと開いた。


「殿下。ご気分が優れないのですか?」

「……そうではないよ。ローラントこそ、どうしたの。リズは?」


 二人は一緒に踊っていたはず。不思議に思ったアレクシスがそう尋ねる。するとローラントは、アレクシスと並んで柵に背中を預けると、手に持っていたワイン瓶をラッパ飲みし始めた。


「俺も殿下と同じ理由です。リゼット殿下が他の男とダンスを踊る姿を、見たくないんです」

「僕の気持ちを、勝手に推測しないでくれないかな」

「実際、そうなんでしょう?」

「まぁ……。そうだけど」


 ローラントは再び、ワインを水のようにごくごくと飲み始めた。思えば幼馴染だというのに、二人で酌み交わしたこともない。成長した幼馴染の姿に不思議な感覚を覚えながら、アレクシスは呟いた。


「僕と一緒にいるなんて、珍しいこともあるものだね。何か言いたい事でもあるの?」


 用件も無しに、顔を合わせるような仲ではない。しかし、仕事の話をするとは思えない態度なので、彼の行動は非常に不可解だ。

 するとローラントは、じろりと無遠慮にアレクシスへ視線を向けた。ワインを一気に飲んだせいで酔ったのか、目が座っている。


「俺は公子殿下が……いや、アルがずっと、嫌いでした。下女の子供のくせに俺を憐れむし、公子のくせに俺に気を遣う。そのたびに、俺の醜い心を見透かされているようで、本当に嫌いだった」

「急にどうしたの? リズが他の男と踊っているから、腹いせ?」

「そうです。俺の想い人を独占しようとするアルが、何より嫌いです」

「……飲みすぎじゃない?」

「こんなこと、飲まなければ言えませんよ」

「…………」


 衝動的に思える行動ではあるが、わざわざワイン瓶を持ってアレクシスの元へ来たならば、初めから「嫌い」と伝えにきたのだろう。理由は不明だが、酒の力を借りてまでローラントは、それを伝えたかったようだ。


 アレクシスを否定する言葉だが、不思議とアレクシスの心に怒りは湧いてこなかった。むしろ、初めてローラントの本音を聞くことができて、安堵にもにた感情で満たされる。

 アレクシスにとっては、本音を隠したまま義務で守られるほうが辛かったから。


「……俺は今、『嫌いだ』と申し上げたのですが。なぜ、ニヤついているんですか」

「ローラントが、初めて本音で話してくれたから、嬉しくて」

「そんなふうに、いい人ぶっているところも、嫌いです」


 ローラントは残りのワインを一気に飲み干そうとして、瓶を縦に持ち上げる。しかし、すでに瓶は空になっていたようで、一滴のワインが滴り落ちるだけだった。

 諦めたような顔つきになったローラントは、柵の上にことりと瓶を置いてから、アレクシスに向き直った。


「ですが……。リズ様をお守りするのに、公子殿下ほど相応しい方はおりません……。今日はそれを、まざまざと見せつけられてしまいました」


 リズとの距離について指摘した際のローラントは、明らかにアレクシスに対して敵意をむき出しにしていた。そんな彼から、自分を認めるような発言が飛び出し、アレクシスは少し驚く。

 けれど、ライバルと思しき彼から認められることは、アレクシスにとって光栄なことだ。


「それは、敗北宣言と受け取って良いのかな?」

「違います。俺はリゼット殿下に忠誠を誓ったんです。公子殿下がどれだけ嫌がろうとも俺は一生、リゼット殿下のお傍を離れませんよ」

「幼馴染に、嫉妬されながら生きるのは辛いな。さっさと他に、好きな人でも見つけたら」

「他の女性に目を向けるつもりはありませんし、殿下のその自信は、一体どこから出てくるのですか」


 アレクシスに自信など、あるはずがない。先ほどまで一人で悩み、落ち込んでいたのだから。


「自信はないけれど、希望は少しだけあるかな。ローラントは、リズとのダンスで何回ほど足を踏まれたの?」


 アレクシスの質問に対して、ローラントは思い出したように苦笑いする。


「三度ほど踏まれました。リゼット殿下は軽いので、それほど痛くはないですが、ダンスは苦手なご様子ですね。それが何か?」

「僕は、数えきれないほど踏まれたよ」


 勝ち誇ったように返すアレクシスに、ローラントは眉をひそめた。


「それは、誇ることなんですか……?」

「リズはダンスの相手に緊張すると、踏む回数が増えるんだ。それだけ僕に、ときめいたってことだろう?」


 リズがアレクシスを、どう思っているか分からない現状では、ハッキリと彼女の口から聞いた『アレクシスを見ると緊張する』という言葉に縋るしかない。

 それが単に、兄に対する尊敬の気持ちだとしても、今は構わない。彼女の心を大きく揺さぶっていることには、変わりないのだから。


「それなら俺にも少しは、可能性があるってことですか」

「ローラントも意外と、前向きな性格だね」

「俺にとっても、それだけ大切な方なんです」




 ローラントがバルコニーへ来る前のこと。リズは約束どおり、ローラントとダンスを踊り、無事にそれを終えようとしていた。

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