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43 公女魔女13

 けれど、新しい名前を付けてもらえることに、リズはほっとした気持ちになる。


 リズは、生まれた瞬間から前世の記憶を持っていたが、母と意思疎通できるまでには、普通の子供と同じくらい時間がかかった。前世の記憶について、やっと母に打ち明けられた後、母は『エリザベート』と名付けたことを悔やんだのだ。「せめて名前だけでも、運命から変えてあげたかった」と。


(お母さんが聞いたら、きっと喜ぶだろうなぁ)


 母にこのことを早く伝えたいとリズは思ったが、残念ながら改名はすんなりとは決まらないようだ。アレクシスの提案に、貴族達は再び驚き、ざわめき始める。

 しかし、彼が公子の証を所持している事実と、公王が耳を傾けている事実。この二点があるために、面と向かって反対の声を上げられる貴族はいないようだ。


 そんな中で、その二点を鑑みても、発言できると思った者が一人だけいた。


「国花の名を、魔女に授けるなんて……。兄上は少し、冷静になるべきです。国民の心情もお考えください」


 ランベルトは、貴族の気持ちを代弁するように発言する。そんな第一公子を、公王はギラリと睨みつけた。


「ランベルト。お前に発言を許した覚えはないぞ。私や兄に意見したければ、それに見合った技量を身に付けよ」

「申し訳ございません……。父上」


(本当に、公子の証を身に着けていないと、聞く耳を持ってもらえないんだ……)


 公王は厳しい人のようだ。そんな人に認めてもらえるのかと、リズはヒヤヒヤしながら様子を伺う。

 公王は再びアレクシスへと視線を戻した。


「しかしながら、貴族もランベルトと同様の意見のようだ。国花の名を授けるには、それなりの理由付けが必要となるが、どうするつもりなのだアレクシスよ」

「彼女は国民から感謝されるべき、功績を残しております。『魔女の万能薬』と言えば、すぐにお分かりでしょう。国としても今、お困りではございませんか?」


 万能薬の供給が減っていることはすでに、多くの貴族が知っているようだ。会場は一気に、動揺するような雰囲気に包まれる。公王も顔を曇らせ、壇のすぐ下にいる者へと視線を向けた。


「宰相よ。万能薬の供給は、まだ回復しないのか?」

「はい……。今後は二年前までのように、不安定な状況が続く見込みだそうです……」


 それを聞いて、ついに貴族達は声を上げ始めた。


「やっと各家門にも供給されるようになったのに、逆戻りなんて嫌よ!」

「うちの親は、定期的に万能薬が必要なんだぞ!」

「俺は毎日、薄めて飲んでいたのに、疲れが取れなくなるじゃないか!」

「お前みたいな奴がいるから、供給不足になるんだ!」


 会場は貴族の苦情で、大騒ぎとなった。どうやら万能薬は、緊急を要する使い方から、そうでないものまで、さまざまな方法で貴族達に重宝されていたようだ。


(それなのに、魔女を虐げていたなんて……)


 作り手がいてこその万能薬だということを、彼らはまるで認識していないようだ。それとも作り手を、使い捨てできるとでも思っているのか。


 リズの人生は小説の設定によって作られたもので、理不尽な扱われ方をしても『設定だから』と思えば、気楽にやってこられた。

 けれどリズの母は違う。リズが生まれる前から万能薬を作り、それで生計を立てていた。母はいつも「万能薬を必要としている人がいるから」と、魔力をすり減らしながら万能薬を作り続けてきたのだ。


(こんな人達のために、無理をしていたと知ったら、お母さんが悲しむよ……)


 貴族達の態度に耐えられなくなり、リズがぎゅっと瞳を閉じた瞬間。

 会場内に、ドン!っと何かを打ちつけるような音が響き、貴族達が静まりかえる。

 リズが驚いて目を開けると、公王が王笏を床に突き立てながら、リズに視線を向けていた。


「万能薬の分配については、再検討する必要がありそうだ」


(あれ……。今、私をかばってくれたのかな?)


 リズはそう感じたが、公王はすぐにリズから視線をそらして、アレクシスへと向ける。


「アレクシス。その娘が、万能薬づくりに関わっていたのか?」

「父上のお考えどおりです。万能薬は彼女の家に代々受け継がれている、秘術だそうです。彼女の母親は身体が弱く、薬を多くは作れません。安定供給されるようになった二年前から、彼女が薬作りを受け継いだのです」


 公王は「ふむ……」と、あご髭を弄びながら考える素振りを見せる。


「証拠はあるのか? 娘の婚約に反対した魔女達が結託し、供給量を抑えている可能性もある」

「この件に関しては、万能薬の取引を一手に請け負っている、バルト男爵がお詳しいでしょう」


 アレクシスに目で合図されたバルト男爵は、アレクシスの隣へと進み出てくる。

 彼は、リズが薬を売りに行っていた商会の商会長。万能薬はいつも、商会長が自ら取引をおこなっていたので、リズにも馴染みがある顔だ。


「バルト男爵よ。第二公子の発言はまことか?」

「事実でございます、公王陛下。わが商会では長年にわたり、そちらの魔女様の一族と万能薬の取引をおこなっております。供給量を増やそうとして、他の魔女にも声を掛けたことがありますが、秘術はその一族のみに伝わるものなので作れないと、断られました」


 商会長とは顔なじみではあるが、いつも代金のことで言い合いになるので、親しいとは言い難い仲だ。それにも関わらず、商会長はリズを擁護するためにこの場へ進み出てくれたらしい。

 どうしてだろうとリズが考えていると、リズの視線に商会長が気がついたようだ。ニヤリと微笑みながら、任せろと言わんばかりに親指を立ててみせる。


(なによ……。私達そんな、仲良しじゃないよね?)


 なにか企みでもあるのかと思ったリズが、引き気味に視線を返していると、公王が再び発言する。


「つまり、その娘を公宮で迎え入れた影響で、薬の供給量が減ったということだな」

「おっしゃるとおりです。父上」


 再び貴族達がざわつき始める。


「あの魔女は、王太子妃になるんだろう?」

「国から出ていってしまえば、永久に万能薬は供給不足のままじゃないか……」

「それでは済まされないぞ。母親が死んだ後はどうするんだ」


 先ほど公王が怒りを見せたばかりなので、貴族達はひそひそ囁き合う。そんな貴族の声を気にする様子もなく、アレクシスが続けた。


「しかしながら彼女は大変、慈悲深い心を持っております。王国へ嫁いだ後も公国民が求めるならば、万能薬を公国へ送り続けてくださるそうです」


(嫁ぐ予定はないけどね……。公女として生きていくことになってもお母さんの代わりに、薬を作り続けるつもりではあるよ)


 リズの母は、他の魔女に万能薬のレシピを譲渡する予定だが、売り物として通用する薬が作れるまでには、何年もかけて修行する必要がある。その間だけでも、母の助けになりたいとリズは考えている。

 アレクシスの提案にリズも納得していると、貴族達も安堵したような声を上げ始めた。その反応に気を良くした様子のアレクシスが、さらに続ける。


「しかも彼女は、今までの五倍の量を供給してくださると、約束してくれました」


(へ……? 何言ってるのよ、アレクシス。万能薬を作るには、時間がすごーくかかるんだから……!)


 事前にすり合わせすらしていないのに、いきなりそのような提案をされ、リズは大いに焦る。貴族達が「おおおお!」と歓声を上げる中、リズはアレクシスに耳打ちした。


「私、そんなに作れないよ……。みんなに嘘をつくつもり?」

「リズは、今までどおりの量を作ってくれれば問題ないよ。それだけで五倍に増やせるんだ」

「どういうこと……?」


 物を増やす魔法でもあるのだろうか。リズは首を傾げる。

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