42 公女魔女12
公王がアレクシスに目で合図すると、アレクシスは「行こうか」と微笑みながら、リズを壇の下へとエスコートした。
アレクシスとリズ、それからメルヒールで同時に挨拶をおこなうと、公王はメルヒオールに驚いたように、少しだけ目を見開いた。少しでも興味を持ってもらうためにと、アレクシスがメルヒオールも連れて行くことを提案したが、その役目は果たせたようだ。
「父上。お告げの娘を連れて参りました」
「ご苦労だった、アレクシス。――娘よ、名は何と申す」
ついに公王との対面が始まり、リズは緊張しながらもバルリング伯爵夫人に教えられたとおりに述べる。
「お初にお目にかかります、公王陛下。私は、魔女リズと申します」
「リズ。それは庶民の名だろう? 公女になるんだから、生まれの名を名乗っても良いんだよ」
「えっ……」
いきなり出ばなを挫かれて、リズは焦りながらアレクシスを見た。
この大陸では、庶民は正式な名前を隠し、愛称で呼び合うのが常識となっている。正式な名前を名乗ると、高貴な身分の者と名前が被ることがあり、無礼とされているからだ。
それでも生まれた瞬間だけは、身分は関係ないとされている。親は自分の子供が不自由なく育つようにと願いを込め、貴族のような名前を与えるのだ。それが『生まれの名』であり、愛称として普段使っている名前が『庶民の名』と呼ばれている。
公女として生きていくには庶民の名のままだと、貴族に侮る材料を与えているようなものだ。アレクシスは、それを心配してくれているのだろう。
しかしリズには、生まれの名のほうが都合が悪い。
「正式な名があるなら、申してみよ」
残念ながら、悠長にどちらの名前にするか、話し合っている暇はないようだ。公王に問われてしまえば、答えるしかない。
(もう……。こういうことは、事前に教えておいてよ~!)
「正式な名は……、エリザベートと……申します」
身を縮ませながらリズがそう答える。すると貴族達は、一斉に騒ぎ始めた。
「聖女様と同じ名だと!」
「聖女様の魂を持つと証明もされていないのに、おこがましいにも程があるぞ!」
(あぁ……。やっぱり、そうなるよねぇ……)
元ドルレーツ国民である彼らは、建国時に活躍した聖女や大魔術師を敬愛している。貴族ですら二人の名である『エリザベート』と『フェリクス』を避けるというのに、庶民が使っているのだから怒るのも当然だ。
(でも、こう見えて私は、ヒロインなんだよ……)
小説ではヒーローによって、ヒロインの名が『エリザベート』に改名される。ヒロインは、生まれの名がエリザベートだったとヒーローに打ち明け、お告げがある前からの縁を感じる大切な場面。そのための、重要な設定なのだ。
しかし、そんな事情を話せるはずもない。リズは居心地の悪さを感じながら、公王に視線を戻した。公王は、明らかに面倒そうな顔をしている。
(公王を味方につけるどころか、めんどくさい奴だって思われちゃってるよ。どうするのよ、アレクシス……)
「貴族の意見も一理ある。今はまだ、その名を名乗らせるわけにはいかない」
公王は息子の提案を却下することに、ためらいはないようだ。冷たく言い放つ。
しかしアレクシスは、そんな父親の態度を気にするでもなく、穏やかに微笑み返す。
「僕もその名は、彼女にふさわしくないと思います。彼女は公国の公女になるのですから、それに相応しい名が良いでしょう」
(えっ……。新しい名前を、考えてくれるってこと?)
もしそれが叶うなら、小説のストーリーをさらに変えることができる。リズは固唾を飲んで、二人のやり取りを見守った。
公王は、目を細めてアレクシスの胸元を見つめる。授けてから一度も目にすることがなかった公子の証。それを初めて公の場で身に着けた息子に、興味を示した。
「ほう……。何か案でもあるのか?」
「はい、父上。彼女には公国の公女として国民から愛されるよう、国花でもある『リゼット』の名を贈りたいです」
アレクシスは公王にそう提案してから、リズに微笑みかけた。
「前に、大きなリゼットの花束を贈るって約束したのを、覚えている?」
「えっ……、覚えているけど……。もしかして、このことだったの?」
「うん。リズに似合う名だと思って。受け取ってくれるかな」
(えっ……。なにこの、サプライズ。妹相手に、本気出しすぎだよ!)
リズは前世も含めて今まで、これほどキザな贈り物などもらったことがない。その相手が兄だろうが、関係ない。最大限に照れたリズは、顔を隠すようにうつむいた。
「こっ……こういうことは事前に言っておいてよ……。びっくりするじゃない」
「予想以上に、可愛いリズが見られて嬉しいよ」
今日は、お揃いの衣装を着させられたり、皆の前で抱きしめられたり、アレクシスの妹愛がいつも以上におかしい。
次話は、日曜の夜に更新となります。





