40 公女魔女10
「入場して早々、喉が渇いてしまったね。飲み物でも取りに行こうか」
そう微笑んだアレクシスに連れられて、リズは飲み物が置いてある場所へと移動した。
すでに飲み物の好みを熟知しているアレクシスは、リズの好きなアップルサイダーを手に取り、リズへ渡す。二人で乾杯をしてから、リズはグラスへと口をつけた。
酸味のある甘さと炭酸の刺激が、緊張していた身体をすっきりとほぐしてくれる。大勢の目に晒されたリズは、自分で思っているよりも緊張していたのだと、今になって気がついた。
「アレクシス。さっきは私のために、たくさん頑張ってくれてありがとう。貴族に対して堂々と振る舞うアレクシスはとっても、かっこよかったよ」
直接アレクシスに「かっこいい」と伝えるのは少し恥ずかしい。「へへっ」と照れながらもそう伝えると、アレクシスも照れたように少し頬を赤らめる。
「嬉しいよ。僕は、リズが喜ぶ顔を見たくて頑張ったんだ」
「頼もしいお兄ちゃんで、感謝してるよ。でもその熱意を、自分のためにも使ったら良いのに」
「僕のために使っているよ。リズの幸せこそが、僕の幸せでもあるんだから」
「アレクシス自身の幸せのために、使ってほしいんだけどなぁ……」
「リズがそう思ってくれるだけで、僕は十分に幸せだ」
アレクシスが頑張るのは、いつだって他人のためだ。
今日のように公子としての権限を行使すれば、アレクシス自身が貴族に侮られることもなかっただろうに。公子の証も見せたことだし、これからはもっと自信を持ってほしい。
リズがそう思っていると、再び会場の扉が大きく開かれた。
第一公子の入場が、始まったのだ。
「第一公子ランベルト殿下と、――伯爵家ご令嬢――様のご入場です!」
第一公子が姿を現すと、会場にいた貴族達は礼儀正しく礼をしながら、彼らを出迎えている。アレクシスの時とは、雲泥の差だ。これを見ただけでも、いかに公子同士の間に格差があるのかを思い知らされる。
見た目もアレクシスとは違い、ドルレーツ王家の血を色濃く受け継いだ金髪と青い瞳。
しかし顔立ちは断然、アレクシスが上だと、リズは心の中で兄を持ち上げる。
(恋愛小説は、顔も大事なんだから!)
なぜかリズは、第一公子に対して対抗意識を燃やしながら、入場を見つめた。
そんな第一公子は、何かを探すように辺りを見回すと、リズ達を見つけたところでぴたりと視線が止まる。
「兄上! 今日は貴族達に、虐められませんでしたか? 僕の入場が兄上より、早ければ良いのに。いつもかばえなくて、申し訳ありません!」
心配だという表情を顔一杯に浮かべながら、ランベルトはパートナーを置き去りにしてアレクシスの元へと駆け寄る。
傍からみれば、私生児の兄を心配して味方する、健気な弟に見えるのだろう。
(でも、あんなに大声で言わなくてもいいのに……)
周知の事実ではあるが、これではアレクシスが貴族に侮られていると、強調しているようなものだ。わざと声に出すことで、貴族をけん制している可能性もあるが、小説の内容を知っているリズとしては、そうは思えない。
小説でのランベルトの役回りは、ヒーローの協力者だ。実の兄よりも、王太子を敬愛していたランベルトは、ヒロインに好意を寄せ始めたアレクシスに腹を立て、密かにアレクシスの邪魔をしていた。
ヒーローに協力するという役なので、小説内では良い人に描かれていたが。
(今の状況だと、ランベルトは敵と思ったほうがいいよね……)
「心配してくれて感謝するよ、ランベルト。今日はなんとか、自分で対処したよ」
アレクシスは、腹違いの弟に対して優しく微笑んだ。
兄が自ら、貴族の問題に対処できたことは、喜ばしいことのはず。しかしランベルトは、顔を曇らせてアレクシスの胸元を見つめた。
「兄上……。公子の証を公表する意思を、固められたのですね……」
「これは、妹を守るための処置だよ。深い意味はない」
重い空気が、二人の間に漂う。公子の証を見せることは、それほど重大だったのだろうか。リズは不思議に思いながら、ランベルトに視線を向ける。
(あれ……。ランベルトは、公子の証を首に掛けていないけど……)
アレクシスは、公子として自信がないために、公子の証を隠していたようだが、正妻の子であるランベルトは、そのような劣等感など持ち合わせていないはず。それなのに、なぜランベルトは公子の証を見せないのか。
「そうですか……」
ランベルトは、無遠慮にリズをじっくり見つめると、突然に人が変わったように笑顔を向けてくる。
「貴女が、フェリクス兄上の婚約者となられる方だね。僕も兄として、貴女の助けになるつもりだよ。これからは遠慮なく、僕に頼ってね」
「あ……ありがとうございます。第一公子殿下」
「公子だなんて他人行儀は止めて、『お兄様』とでも呼んでよ。兄上のこともそう呼んでいるのでしょう?」
「えっと……。私はまだ正式な養女ではないので、『アレクシス』と呼ばせていただいております」
冷静に考えれば、正式な養女ではないからこそ、公子を名前呼びは失礼ではないか。第一公子に咎められないか心配しつつも、リズは事実を答えた。すると、ランベルトから笑顔が消える。
「へぇ……。随分と、親しくなったんだね」
(どうしよう……。やっぱり怒ってる?)
動揺したリズは、助けを求めるようにアレクシスを見上げた。それを受けたアレクシスは、リズを安心させるように微笑んでから、ランベルトへと視線を向ける。
「ランベルト。パートナーをいつまでも、放っておいてはいけないよ。僕達のことは気にせず、舞踏会を楽しんで」
「はい……、兄上。失礼いたします」
放置された伯爵令嬢は、おどおどしながらこちらを見守っている。ランベルトは言い足りなさそうな顔をしつつも、パートナーの元へと戻っていった。
「無礼な子だと思われちゃったかな……」
「名前呼びは、僕がリズにお願いしたことなんだから、気にしないで」
アレクシスは、大したことではなかったかのような態度で微笑む。公子であるアレクシスが許可したので、問題ないということのようだ。
リズはこくりとうなずいてから、気を取り直してアレクシスの胸元に視線を向けた。





