03 逃亡魔女3
再び村の中へと入ると、広場には村の魔女達の多くが集まっているのが見えた。けれどその中に、母の姿はない。こんな姿は見せたくないリズは、ほっとしながら皆に笑顔を向ける。
「皆さん。私はこの村を去らなければならないけれど、母をよろしくお願いします」
「リズちゃん、どうして!」
親友のミミが、心配そうに顔を歪ませて駆け寄ろうとしたが、騎士に止められてしまった。逆らわないほうが良いと理解している他の魔女達はおとなしくしているが、皆もリズを心配そうに見つめている。
皆を巻き込みたくなかったリズは、誰にも事情を話していない。前世の記憶があることは、母とリズだけの秘密だった。
親友にどう説明しようか迷っていると、リズよりも先にローラントが口を開く。
「心配には及ばない。先日、ドルレーツ王国でお告げがあり、リズ様が王太子妃に選ばれたのだ」
「えっ! リズちゃんが!?」
それを聞いたミミや魔女達は不安な表情から一転、喜びにあふれたように歓声があがった。
お告げがあり王太子妃になるということは、すなわちリズの魂が『建国の聖女』であることを意味する。
「驚かれないのですね」とローラントに声をかけられて、リズは小さくうなずいた。
「魔女には稀に、前世の記憶を持って生まれる者がいることは、ローラント様もご存知でしょう? 私がそれなんです」
リズも生まれた瞬間から、前世の記憶を持っていた。成長とともに前世の記憶もはっきりと思い出せるようになり、今では必要な情報は全て把握している。
「ならば逃げる必要もなかったでしょう。あなた様は、誰もが羨む結婚をするのですから」
「どの人生でも同じ人と結婚するのは、もう飽きました。たまには、違う人生を歩んでみたかったんです」
それを冗談と受け取った様子のローラントは「王太子殿下の愛がご負担になった時は、いつでもお呼びください」と片目を閉じる。
「あら。それなら今からでも、逃がしてくれませんか?」
「残念ながら、ここでは無理ですね。俺にも準備がありますから」
「まるで、逃亡についてきてくれるような口ぶりですね」
「聖女様には、従者の一人も必要でしょう。まずはメルヒオール殿を乗りこなせるよう、練習からお願いします」
ローラントはそれから、村の魔女達との別れをする時間を与えてくれた。
皆、リズが王太子妃になると聞いて喜んでくれたが、リズの胸はちくりと痛む。
なぜならリズ自身は、王太子妃になどなれないことを知っているから。
前世のリズは、日本人の大学生だった。その時に読んでいたのが、この世界を舞台にした小説『鏡の中の聖女』。
ドルレーツ王国建国時に活躍した聖女と大魔術師は、互いに愛し合い来世でも結ばれることを願った。
大魔術師は、何度でもドルレーツ王国の王太子に生まれ変わり、聖女の生まれ変わりを見つけ出すと約束する。
そして、互いに前世の伴侶であることを証明するために、『前世を映す鏡』を作った。
二人は何度も出会い、鏡を使って前世の伴侶だと証明し、何世にも渡り愛を育むというストーリーだ。
小説のヒロインに転生したのだと知った時のリズは、幸せな未来が待っていることに胸を躍らせたが、それも一瞬だけのこと。
すぐに自分の現状に気がつき、絶望へと変わった。
なぜならリズの前世は『王太子の伴侶』ではなく、『日本人』なのだから。
お告げもあったとおり、リズの魂は聖女だ。しかし、日本人として生きた記憶があるので、王太子と結婚していたのはその前、前前世とでも呼ぶべきか。
『前世を映す鏡』は文字通り、前世しか映せないことはすでに調べてある。いくら王太子と、何世にも渡り愛し合ってきた仲だとしても、前世で出会っていないのだから、前世を映す鏡には映らない。
そうなった場合、リズはどうなってしまうのか。聖女の名を騙った悪い魔女だと、人々は思うだろう。
罪を犯した魔女の末路は、『火あぶり』と決まっている。
きっと『悪魔の力を使ってお告げを捻じ曲げ、王太子をたぶらかした』などという罪が着せられるのだろう。魔女にそんな力はないというのに。
火あぶりの刑だけは避けたい。そう切に願ったリズは、母とともにこれまで情報を集めて準備を進めてきた。
けれど今日になって、元々身体の弱い母は、魔力の減少期の影響で体調を崩してしまった。奇しくもリズは、小説と同じように薬作りに専念しなければならなかったのだ。
母は、ストーリーが始まる前に逃げることを提案していたが、騎士達が到着した時にリズがいないと、仲間が隠したと思われてしまう。魔女は常に言いがかりをつけられては罰せられるので、皆を巻き込むことだけはしたくない。リズが一人で逃げ出すところを騎士団に見せなければならなかったが、残念ながら逃亡計画は失敗に終わってしまった。
結局、物語の強制力には抗えないのかもしれないと、リズは不安になり始める。
(けれど、騎士団長との出会いは大きく変わったわ。影の薄かったローラントとも、少し仲良くなれたし)
いくら小説の中とはいえ、不自然な形でストーリーどおりには進まないのかもしれない。
ならば、できることはまだまだあるはずだ。





