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37 公女魔女7

 本宮へと移動したリズ達が回廊を進んでいると、アレクシスは急に立ち止まった。どうしたのかと皆が思っていると、アレクシスは自らの懐に手を差し入れる。


「リズ。これを、僕の首にかけてくれないかな」


 アレクシスが取り出したのは、公子の証であるペンダント。

 彼のその言葉に、ローラントやアレクシスの護衛が、驚いた表情を向ける。


「殿下……!」

「リズを守るためには、必要だろう?」


 同意を求めるように、アレクシスがローラントへ視線を向けると、ローラントは意を得たように力強くうなずいた。


(確か、副団長はあの証を見たことがなかったみたいだから、アレクシスは公の場で、証を身に着けたことが無いってことだよね?)


 公子として自信がなかったアレクシスにとっては、証を身に着けるということは大きな決断なのではないだろうか。

 リズとしては、アレクシスに堂々と自分の隣にいてほしかっただけなので、少し心配になる。


「アレクシス、無理してない? 私は、アレクシスが隣にいてくれるだけで満足だよ」

「無理はしていないよ。可愛い妹のためと思えば、僕はなんでもできる気がするんだ。だからリズの手で、僕の首に掛けてくれないかな」

「そういうことなら」


 公子の証を受け取ったリズは、アレクシスの首に掛けようと腕を伸ばした。アレクシスは背が高い。彼の髪を乱さないようにと思うと、自然とリズはつま先立ちになる。

 すると突然、リズの身体は前方へぐらりと揺れた。


「きゃっ……!」


 リズは、バランスを崩したのではない。アレクシスによって、腰を抱き寄せられたのだ。

 アレクシスの意外と厚い胸板に密着してしまったリズは、一気に顔が熱るのを感じながらアレクシスを見上げた。


「ア……アレクシス。なにを……?」

「リズが不安定な体勢だったから、支えてあげようと思って」


(余計なお世話なんですけど……!)


「みんなの前で恥ずかしいから、離してよ……」

「リズが倒れないか、心配だ。早く僕の首に、掛けてしまって」


 アレクシスは掛けやすくするためなのか、首を下へと傾けた。先ほどよりは手が楽に届くようになったが、リズには別の問題が浮上する。


(ちょ……。これじゃ、キスしようとしているみたいじゃない……!)


 通りすがりの人にでも見られたら、変な噂が立ってしまう。リズは至近距離にあるイケメンに耐えながら、急いで公子の証をアレクシスの首に掛ける。それからすぐに離れようとしたが、アレクシスは離してくれないどころか、リズをぎゅっと抱きしめた。


「ありがとう、リズ。僕はこの瞬間を、一生忘れないよ」


 アレクシスにとっては、公子として自信をつけるための、重大な決意をした瞬間だったのかもしれない。

 それならばもっと、真剣な態度で臨んでくれても良かったのでは?

 アレクシスのペースにまんまとはめられたリズも、この瞬間はなかなか忘れられないだろうと感じた。




「本当に僕と入場して、後悔しない?」


 会場の扉の前に立ったアレクシスは、最終確認のようにリズへ尋ねた。曇った表情が、彼の迷いをよく表している。


「公子の証まで掛けたのに、アレクシスはまだ心配なの?」

「そうじゃないんだ。リズが第一公子と入場すれば、少なくとも歓迎はされるから……」

「言ったでしょう。アレクシスが貴族にどう思われようが、関係ないって。私は、アレクシスと一緒に入場したいんだから、妹の望みを叶えてよ」


 彼の弱い部分をついたお願いをすると、アレクシスは諦めたように微笑んだ。




「第二公子アレクシス殿下と、魔女リズ様のご入場です!」


 会場の扉が開かれると、辺りは喧騒に包まれた。煌びやかな会場。華やかに着飾った貴族達が、様々な場所で談笑に花を咲かせている。


(えっ……。アレクシスが入場したのに、こんな態度でいいの……?)


 公家の者が入場した際は、全員で挨拶するのが礼儀だと、リズはバルリング伯爵夫人から教えられている。それにも関わらす、アレクシスに向けて礼をしたのは数えるほどしかいない。

 そして、リズの耳には耳障りな声が聞こえてくる。


「下賤の公子が……」

「私生児ごときが……」


 喧騒に紛れた声のほとんどが、アレクシスへの中傷だ。


「アレクシス……」

「気分悪い思いをさせてしまって、ごめんね」


 動揺したリズがアレクシスへ視線を向けると、彼は申し訳なさで一杯のような表情を浮かべる。


「こんなのひどいよ……」

「仕方ないさ。皆が言っていることは、事実なんだから」

「でも……」

「リズは、僕が貴族にどう思われようが、関係ないと言ってくれたじゃないか。早く階段を下りよう。じゃないと、いつまでも罵られ続けるよ」


 アレクシスは慣れているかのように、リズをエスコートしながら階段を下り始めた。


(関係ないとは言ったけど、アレクシスへの無礼を許せるわけじゃないんだから……!)


 かといって、まだ正式に公女として認められていないリズは、庶民のまま。この場で貴族に意見したところで、無礼として処罰されるのはリズのほうだ。

 地位がなければ意見も言えない。リズは悔しさを噛みしめながら、階段を下りていく。すると、次第に罵りの対象はリズやメルヒオールへと移り始めた。


「公子をたぶらかすなんて、悪い魔女だ!」

「見てあのほうき、動いているわ! 気味が悪い……」


 公子であるアレクシスには、多少なりとも配慮していたのか、ぼそぼそとしか聞こえていなかった罵りも、リズやメルヒオールに対しては遠慮がない。リズの耳にまで、はっきりと聞こえてくる。


 そんな状況でリズは、ふと小説の展開を思い出した。

 小説のヒロインは誰にも庇護されていなかったので、もちろん舞踏会への入場も一人きりだった。ヒロインは貴族中から罵声を浴びせられながら会場へと入ったのだ。

 一番初めにヒロインを好きになったカルステンは、その場をどうにもできず、バルコニーの隅で泣いているヒロインを慰めることしかできなかった。


「ねぇ、アレクシス。これからは、嫌なことも半分こできるね」


 しかし今は、アレクシスが一緒のおかげで、リズへの罵りは罵声とまではいかない程度。アレクシスへの罵りも、リズがいることで影を潜めつつある。

 相乗効果のおかげで、小説の展開よりずっと良いと思えたリズは、アレクシスに向けて微笑んだ。


「リズ……。そんな悲しいことで、喜ばないで」


 階段を下りることに専念していたアレクシスは、動きを止めてからリズへ悲しそうな目を向ける。それから、何かを決意したように表情を引き締めた彼は、会場全体を見回した。


「君達、無礼が過ぎるよ」


 会場全体に、よく通るアレクシスの声が響き、一瞬にして会場は静まり返った。

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