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35 公女魔女5

 執務室を出たリズは、いつもどおりにアレクシスの夜食を作ろうと、厨房へ足を向けた。しかし再びローラントの様子がおかしい。リズは、彼の顔を覗き込むように「ローラント?」と、声をかける。

 するとローラントは、我に返ったようにリズと目を合わせた。


「……リズ様。俺は学生時代、公子殿下から頻繁に魔女の万能薬をいただいていたんです。殿下の割り当てがそれほど少ないとは、思ってもいませんでした……」


 どうやら、公子の薬を奪ってしまっていたことに、ローラントは罪悪感を抱いているようだ。

 それを聞いたリズは、初めてアレクシスと出会った夜を思い出した。


「私もアレクシスに保護された時に、万能薬を飲ませてもらったんだけど。あれは、アレクシスの分だったのかな?」

「そうだと思います。割り当て以上を必要な場合は、厳しい許可申請が必要なのですぐには使えません」


(私は月に、五百瓶も薬を作っていたのに、それでも余裕がないほど公宮では必要とされていたのかな……)


 リズはあの夜、そんな事情など知らずに、気軽な気持ちで万能薬を受け取ってしまった。けれどアレクシスにとっては、あの時できる最大限の配慮だったのかもしれない。

 それだけではない。アレクシスという人物を知れば知るほど、あの夜に彼が、どれほど頑張ってリズを助け出してくれたのか、よく理解できる。


 過保護な兄として片付けてしまえばそれまでだが、彼は元々、そういう優しさを持ち合わせた人なのだろう。『義務に関係なく、優しくしてくれる人がいなかった』と悲しみながらも、ローラントにも手を差し伸べていたのだ。


「ふふ。アレクシスが過保護なのは、私に対してだけじゃなかったんだね。安心した」


 リズがほっとしながら微笑んでいると、ローラントが無言で手を差し出してきた。

 足場の悪い庭でしかエスコートしなかった彼が、どういう風の吹き回しなのか。リズは不思議に思ったが、ローラントの表情がまるで寂しくて手を握ってほしそうに見える。リズは主人として何かしてあげたくて、彼のエスコートを受けることにした。


「殿下は何に対しても、そつなくこなすことができ、周りに対する気配りもできる方です。俺はそんな殿下に対して、ずっと劣等感を抱いていて、素直に接することができなかったんです」


 歩き出しながら、ローラントは独り言のように呟き始めた。


「今回のリズ様の件も、殿下はお一人で解決してしまうのでしょう。ですが、俺はリズ様の護衛騎士なので、少しでも手助けがしたかったです……」


 先ほどのアレクシスの冷たい態度を、ローラントは気にしていたようだ。彼もリズの婚約回避には、手を貸してくれると申し出てくれたが、結局はアレクシス一人で準備が進められている。


「ごめんね……。ローラントも手伝ってくれるって言っていたのに、アレクシスに頼りきりになっちゃった」

「リズ様が気になさる必要はございません。ただ、俺がもう少し殿下に心を開いていれば、殿下も少しは俺を頼ってくれたのかと思いまして……」


(ローラントが心を開いていないことを、アレクシスは感じ取っていたのね……)


 だからこそ、幼馴染という存在がいるにも関わらず『義務に関係なく、優しくしてくれる人がいなかった』とアレクシスは悲しんでいた。


(それでもローラントに手を差し伸べていたってことは、本当は仲良くしたかったんじゃないのかな?)


「今からでも、アレクシスに心を開いてみたら? アレクシスならきっと受け止めてくれるよ」

「そうでしょうか……。俺はとうの昔に、殿下からの信頼を失っているような気がします」


 ローラントはすっかりと、自信をなくしてしまっているようだ。けれどアレクシスは、ローラントを信頼していないわけではない。それだけは自身を持って言えるリズは、ローラントの手を両手で包み込むように握りしめた。


「アレクシスの妹愛を、甘く見ないで。ローラントを信頼していなかったら、私の護衛をとっくに解任されていたはずだよ」


 真剣な表情でリズがローラントを見つめると、彼はどういうわけか頬を赤く染めた。信頼が失われていないことに、照れたのかもしれない。


「確かに……。これ以上、説得力のある言葉はございません」

「そうでしょう? だから、アレクシスに気持ちを伝えてみてよ」

「はい。そうしてみます」


 微笑むローラントに安心をしたリズは、彼から手を放そうとした。しかしなぜか、ローラントは手を重ねてくる。


(……なんで、手を放してくれないんだろう)


 せっかく元気が出た相手に対して、手を振り解くような行為は気が引ける。この状況をどうにかしたいリズは、ローラントに質問をしてみた。


「……ローラントは、アレクシスに本音を伝えるとしたら、なんて伝えるつもりなの?」

「そうですね……。まずは、俺に対するお節介への、文句を言ってやりたいです」


 ローラントは吹っ切れた様子でそう教えてくれたが、握り合った手はしばらく放してくれなかった。

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