31 公女魔女2
一緒に叱られるならば、リズはローラントの隣にいるべき状況。しかしアレクシスはリズを放すつもりがないのか、いまだに肩を抱いたまま。
そんなアレクシスはマカロンを一つ手に取ると、無言でリズの口元へと運んだ。『食べろ』という無言の圧力に押されたリズは、マカロンをぱくりと頬張る。
「美味しい?」
そう尋ねるアレクシスに、リズはコクコクとうなずいた。するとアレクシスの顔には、わずかに笑みが戻ってくる。
「ねぇ、ローラント。僕の妹は、可愛いと思わない?」
「はい。リズ様は、とても愛らしい方だと存じます」
「僕は妹を、とても大切にしているんだ」
「俺も護衛騎士として、リズ様を大切にお守りしております」
(やっぱり三者面談なの? ローラントの勤務態度を確認したいのかな……)
リズの侍女達の担当を、全て決めてしまったアレクシスは、次は護衛が気になるのかもしれない。そう思ったリズは、主人としてローラントの加勢をすることにした。
「ローラントは、いつも紳士的で優しいよ」
心配しないでという意味を込めてリズが微笑むと、アレクシスも微笑み返す。
「リズ、次はどれを食べたい?」
「え……、自分で食べるから大丈夫――」
「どれがいい?」
「……それじゃ、クッキーで」
どうしてもアレクシスは、妹に食べさせたいらしい。クッキーをリズの口に運んだアレクシスは、リズが口をもぐもぐさせている姿を観察してから、ローラントに視線を戻した。
「大切に守る? 僕の目にはそうは見えないな。リズは王太子の婚約者となる身だというのに、君は毎日のようにリズを、ひと気のない庭へと連れ込んでいる」
「お言葉ですが、俺は護衛騎士としての職務を全うしているだけです。リズ様のお散歩を護衛することの、どこに問題があるのでしょうか」
「散歩するなら、この迷路庭の他にもあるだろう。毎日、隠れるようにしてこの庭へくる必要があるのか。リズに変な噂が立ったら、どうするつもりなの」
(やっぱり、また誤解してる!)
「違うの、アレクシス!」
「リズ、これも美味しいよ」
リズはローラントをかばおうとして声を上げるも、アレクシスにパウンドケーキを食べさせられてしまう。
(もさもさしてるから、飲み込むのに時間がかかるじゃない……!)
その間に話が進むと、ますます誤解がこじれそう。リズは相棒に目で助けを求めるも、メルヒオールは庭の隅で掃き掃除に夢中だ。
(もう……、こうなったら)
確実にアレクシスを止められるであろう、手段。リズは、勢いよくアレクシスに抱きついた。
「どうしたの、リズ。パウンドケーキがそんなに美味しかった?」
うんうんとうなずいて時間を稼いだリズは、ごっくんとパウンドケーキを飲み込んでから「アレクシス、聞いて!」と叫んだ。
「実は、ローラントにほうきの乗り方を教えていたの。目立つ場所で練習したら、それこそ噂になりそうだから、こっそりとここで練習していたんだよ」
「ほうきに乗る練習? なぜそんな練習が必要なの? ほうきに乗ってみたければ、リズが乗せてあげたら良いだろう?」
「そうなんだけど……。ドレスでは、ほうきに乗りにくいし……」
ローラントの夢を勝手に話すわけにはいかないので、リズはそう言い訳をする。するとアレクシスは、「へぇ」とリズの心を見透かしたように、微笑んだ。
「確かローラントは、冒険者になるのが夢だったよね。逃亡の手助けをするから、一緒に逃げようとでもそそのかされたのかな」
「ローラントがそそのかしたんじゃなくて、私がっ……」
口が滑ったリズは、慌てて口を噤む。しかし、アレクシスがそれを見逃すはずがなかった。
「リズ?」
「はい……」
怒りを抑えるように、引きつった笑みを浮かべるアレクシスが、顔を近づけてくる。頬の危険を感じたリズは、両手で自らの頬を隠して身構えた。
「その手はなに?」
「また、頬を弄ばれる気がして……」
「嫌なら、正直に話そうか」
「はい……」
やはりアレクシスには勝てそうにない。リズは大人しく、今までの経緯を話すことにした。
リズには前世の記憶があり、何度も王太子と結婚したくないので逃がしてほしいと話したこと。ローラントは、今すぐには無理だが準備を整えて逃亡の手助けをすると約束してくれたこと。
そして、アレクシスを信じて逃亡は止めたこと。ほうきに乗る練習は、ローラントの夢を壊してしまったお詫びだったと。
最後にリズは「私の前世が異世界なことや、小説については話していないから」と、アレクシスに耳打ちをする。するとアレクシスは「上出来」と、リズの頭をなでた。
どうやら、誤解は全て解けたらしい。リズはホッとしながらお茶に手を伸ばした。
「リズの気遣いは、ローラントへ十分に伝わったはずだよ。そろそろ、ほうきに乗る練習は控えたほうが良いと思うな」
(確かに最近は、ほうきに乗らないでおしゃべりして戻るだけのことも多かったな)
それならばアレクシスの言うとおり、この庭でなくとも問題ない。アレクシスがリズの評判まで考えていてくれたなら、大人しく従っておいたほうが良い。
「そうだね。明日からは、他のお庭も探検してみようよローラント」
「はい。リズ様のお望みの場所へ、お供いたします」
アレクシスに下がるよう命じられたローラントは、行き場のない気持ちを抱えながら、闇雲に迷路庭を進んでいた。
ローラントのこの気持ちの根源は、幼い頃にまでさかのぼる。
元々、公王――当時の王弟と、ローラントの父バルリング伯爵は、幼馴染であり親友でもあった。アレクシスの母が王弟との間に子を授かると、王弟は心から信頼できる友に、母子の安全を託した。
アレクシスの母が住む村に小さな屋敷を建てた王弟は、そこの管理人にバルリング家を据た。そして村人からの目をそらすため、アレクシスの母は、屋敷の下女という名目で雇われた。





