表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/117

02 逃亡魔女2

 そう提案するも、今のメルヒオールではこれが限界。上昇しようと試みるが、上下に揺れるだけの力しか残っていなかった。


 元々は亡くなった祖母のほうきだった彼は、年季の入ったご老体。しかも運が悪いことに、今はこの地域の魔力が減少期に入ってしまったので、空気中からの魔力の吸収が困難な状態。

 それに加えて、薬作りで魔力を消費してしまったリズからも、あまり力を貰えず。今は主従ともに、魔力がかつかつ状態。


 申し訳なさげに、穂先をが垂れ下がるメルヒオールだが、騎士の様子を伺っているリズには見えていない。


(どうしよう。こんなに小刻みに動いていたら、メルヒオールがすぐに疲れちゃうよ……)


 リズも、彼の事情は理解している。上空のほうが飛びやすいかと思い提案したが、その力も彼には残っていないようだ。

 逃亡計画が足元から崩れ去るような感覚に襲われ、リズは背筋に寒気を感じる。


 母の体調悪化は誤算だったけれど、小説の中でも騎士達が迎えにきた日のリズは、薬を作っていた。

 薬作りはリズの仕事でもあるので、その部分については気にしていなかったが、まさか母のために作っていたとは思いもしなかった。


 結局は前世の情報があっても、リズは逃げ延びられそうにない。何年もかけて、母と一緒に準備を整えてきたというのに、全てが無駄になりそうで悔しさがこみ上げてくる。

 けれど、諦めるわけにはいかない。どうにかして、逃げ延びる方法はないだろうか。


 必死に前世の情報を思い出していたリズだが、突然に身体が締め付けられる感覚に襲われ、ハッとする。

 そして訳もわからないまま、リズの身体は後ろへと引っ張られ、その勢いで身体は空中へと放たれた。


「きゃ~~~!」


 身体が宙に浮いたのは、一瞬だけのこと。メルヒオールなしでは空を飛べないリズは、受け身の体勢も取れないまま、ドサッと地面へと転がり落ちた。


「痛っ……!」


 しかし、メルヒオールが高く飛んでいなかったことと、地面に草が生えていたこと。そして垂直落下ではなく、引っ張り落とされことで転がり、力を分散できたこと。それらが幸いして、骨が折れるような激痛は免れた。


 とは言うものの、地面へ落ちた痛みそれなりにあり、骨は折れていなくとも打ち身で数日は痛いだろう。

 呻きながらも状況を確認してみると、リズの身体には縄が巻き付いている。どうやら縄に絡めとられて、動物のごとく捕獲されてしまったようだ。


(ひどい……。仮にも私は、ヒロインなのに……)


 あまりに粗雑な扱いに、リズは悲しくなってくる。小説の中では、それはそれはご丁寧な態度で、騎士団長がヒロインのもとへ迎えにきたのだから。


 けれど、彼らの粗雑な態度にも一理あるかもしれない。

 リズは騎士団の訪問を少しでも遅らせようとして、森にかなりの数の罠を仕掛けておいたのだから。

 小説での訪問時刻は昼間だったにも関わらず、夜になってから到着した彼ら。相当、罠に手こずったことが伺える。村へ到着する前に、騎士道精神など置き去りにしてきたのだろう。


「手こずらせてくれたな、魔女」


 リズの髪を鷲掴みにして、一人の青年が顔を確認してきた。

 燃えるような赤い髪に水色の瞳をもつ彼は、二十三歳という若さで、ベルーリルム公国近衛騎士団長の座についた、カルステン・バルリング。


 凛々しい顔立ちでヒロインを迎えにきた彼の挿絵は、多くの読者を虜にしたが、今のリズの目に映るカルステンは、盗賊が獲物を捕らえて喜んでいるような表情にしか見えない。


(そりゃそうよね……。縄で捕らえておいて、礼儀正しく「お迎えに上がりました」と微笑まれても、そっちのほうが怖いわ)


 ちなみに小説の中のカルステンは、見目麗しいヒロインに一目惚れするが、そのくだりは完全に消え去ったようだ。

 リズ自身も逃げようとしていたので、彼の愛など求めていないが。


 リズの髪から手を離したカルステンは「宮殿へ連れて行け」と副団長に命令すると、リズへの興味を失ったようにこの場を後にした。


「魔女が暴れないよう、手足を縛っておけ!」


 副団長もご立腹のようだ。拘束を命じたので、リズもおとなしく従うことにした。


(まだ、物語は始まったばかりよ。逃亡作戦は失敗したけれど、まだまだチャンスはあるわ)


 相棒が気になり視線を移動させると、メルヒオールもまた、縄で縛り付けられているところだった。心なしか、彼はしょげているように見える。


「ごめんね、メルヒオール。疲れてしまったでしょう」


 リズが声をかけると、メルヒオールは違うとばかりに柄の先を振り回す。

 すると、メルヒオールに縄をかけていた騎士が、ほうきに掴みかかった。


「お前、動くな! 燃やされたいのか!」

「乱暴にしないで! そのほうきは、私の問いかけに応えただけですよ。言葉を話せなければ、あなただって身体を使うしかないでしょう?」


 騎士をなだめるようにリズがにこりと微笑むと、騎士はハッとしたようにメルヒオールから手を離した。

 騎士道精神を置き去りにしてきた者ばかりではなかったようで、リズも少し安心する。


「……暴れるつもりではないのなら、構いません。あの……、俺もこのほうきに乗れるのですか?」

「魔女としての修行を積んでいない者は、ほうきを自由に操ることはできません。けれどメルヒオールにお願いしたら、散歩くらいはさせてもらえますよ。あっ、メルヒオールというのは、そのほうきの名前ね。彼はもうおじいちゃんなので、労わってくれるとうれしいです」


 魔女がほうきに乗っている姿を目にした人間が、必ずと言ってよいほど抱く感情。リズもこれまでの人生で、幾度となくかけられてきた質問だ。

 魔女は悪魔の末裔として信じられており、人々から忌み嫌われる存在だが、ほうきのおかげでリズは、これまで一般人と交流する機会を得てきた。


「そうでしたか。メルヒオール殿、先ほどは大変失礼いたしました」


 思いのほか誠実な性格のようで、騎士はメルヒオールに向けて頭をさげる。メルヒオールは『気にするな』とばかりに、若造の肩をほうきの柄でぽんぽんとなでた。


「メルヒオールは怒っていないみたいですよ。あなた、お名前は?」

「俺は、ローラント・バルリングと申します。先ほどは兄が、大変失礼を致しました」


(カルステンの弟さんね。彼は挿絵がなかったから、わからなかったわ)


 兄よりも落ち着いた色合いの赤い髪と、兄より濃い青の瞳。兄よりも柔らかい顔立ちの彼は、小説ではあまり目立たないキャラだった。


 ローラント自身もヒロインには好意を抱くも、兄からヒロインへの想いを打ち明けられたことで、自らの気持ちは断ち切り、兄の協力へ回る。

 ヒロインとカルステンが、宮殿の庭でたびたび遭遇していた理由は、彼の協力によるものだったとリズは思い出した。


「ローラント様、素敵なお名前ですね。機会があればメルヒオールにお願いして、一緒に空の散歩でもしましょう」

「光栄です、魔女リズ様。あなたの名も素敵です」


 はにかむように微笑んだローラントは、挿絵のカルステンよりも素敵だとリズは思った。

 彼には挿絵すらなかったことが、悔やまれる。彼の挿絵もあれば、SNSは大いに盛り上がっただろうにと。


 ローラントは、「では参りましょう」とリズを抱き上げた。

 人生初めてのお姫様抱っこが、このイケメンの彼。心トキメキたいところだが、リズはげんなりと自分の手首を見つめる。


(罪人よろしく、手足を縛られたままでお姫様抱っこは無いよね……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

gf76jcqof7u814ab9i3wsa06n_8ux_tv_166_st7a.jpg

◆作者ページ◆

~短編~

契約婚が終了するので、報酬をください旦那様(にっこり)

溺愛?何それ美味しいの?と婚約者に聞いたところ、食べに連れて行ってもらえることになりました

~長編~

【完結済】「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります(約8万文字)

【完結済】悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています(約11万文字)

【完結済】脇役聖女の元に、推しの子供(卵)が降ってきました!? ~追放されましたが、推しにストーカーされているようです~(約10万文字)

【完結済】訳あって年下幼馴染くんと偽装婚約しましたが、リアルすぎて偽装に見えません!(約8万文字)

【完結済】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、事情を知った当て馬役の義兄が本気になったようで(約28万文字)

【完結済】私を断罪予定の王太子が離婚に応じてくれないので、悪女役らしく追い込もうとしたのに、夫の反応がおかしい(約13万文字)

【完結済】婚約破棄されて精霊神に連れ去られましたが、元婚約者が諦めません(約22万文字)

【完結済】推しの妻に転生してしまったのですがお飾りの妻だったので、オタ活を継続したいと思います(13万文字)

【完結済】魔法学園のぼっち令嬢は、主人公王子に攻略されています?(約9万文字)

【完結済】身分差のせいで大好きな王子様とは結婚できそうにないので、せめて夢の中で彼と結ばれたいです(約8万文字)


+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ