23 新生活魔女2
(もう……。この状況が似合わないことは、私が一番わかってるんだから……)
落ち着かないリズに引き換え、ローラントはエスコートする姿が良く似合う。魔女の森で出会った際はじっくりと見る余裕はなかったが、太陽の下で見るローラントは騎士団の制服姿が素敵な、爽やかな印象の青年だ。
アレクシスは神秘的な雰囲気があるイケメンだが、ローラントは老若男女問わず慕われそうな雰囲気がある。
思わずリズが魅入っていると、その視線に気がついたローラントがにこりと微笑んだ。
「騎士団の罰を軽くしてくださり、感謝申し上げます。リズ様」
「私のほうこそ、私が不利にならないように報告書を書いてくれて、ありがとう」
「俺にできるのは、それくらいですので。兄も感謝しておりました。直接リズ様にお会いしたかったようですが、兄は第二公子宮殿への出入りを禁止されてしまったもので」
誤解は解けたはずなのに、なぜカルステンは出入り禁止にされたのだろうか。リズは不思議に思いながら尋ねる。
「騎士団長はもう、私に危害を加える気はないのでしょう?」
「そうなのですが、公子殿下のご意向なもので……」
ローラントは言いにくそうにそう述べると、気分を変えるように「ところで」と続けた。
「殿下は随分と、リズ様を大切になさっているようですね。少なくとも、公宮から逃げ出したいというお気持ちは、消えたのではございませんか?」
「うん……。逃げずに、婚約を回避したいなぁと思って」
結局、ローラントとの逃亡計画は、リズには必要なくなった。本来なら、アレクシスの計画が失敗した際の代案として、準備を進めるべきなのかもしれないが、リズとしては常に全力で守ってくれる義兄を、信じたい気持ちが大きい。
「そうですか。俺は結構本気だったので、残念です」
心残りがあるように、ローラントはリズの手をぎゅっと握りしめる。
なぜそんなにも、逃亡計画に意欲的なのか。再びそう感じたリズは、あの夜の疑問を口にしてみた。
「ローラントはどうして、出会ったばかりの私を逃がそうという気になったの?」
「笑わないで聞いていただけますか? 実は昔から、冒険者に憧れていたもので。リズ様と旅ができたら、楽しいかと思ったのです」
恥ずかしそうにはにかむ姿が、まるで少年のよう。落ち着いた雰囲気のローラントだが、こんな一面もあったようだ。
「そうだったんだ。夢を壊しちゃったみたいで、ごめんなさい……」
「いえ。リズ様のお言葉を聞いて、新たな夢ができたところです」
「新たな夢って?」
彼に、夢を持たせるようなことなど言っただろうかと、リズは首をかしげる。
「それは、秘密にさせてください。その代わり、リズ様の婚約回避にはいつでもお手伝いさせていただきます」
「それは嬉しい、ありがとう!」
協力者は多いに越したことはない。アレクシスにも報告しなければと、リズは心を弾ませた。
そんな話をしながら迷路の庭を進んでいると、突然に生垣に囲まれた広い空間へとたどり着いた。花壇には、びっしりと敷き詰めるように植えられた、ピンクのバラ。リズは、秘密の花園にでも迷い込んだような気分になる。
「わぁ……! 綺麗なところね」
「こちらは『リゼットの庭』と呼ばれております」
「もしかして、あのバラがリゼット?」
「はい。ご覧になるのは、初めてですか?」
「そうなの。実物を見るのは初めて」
このバラは、品種名を『リゼット』と言う。ドルレーツ王国建国時に活躍した聖女――つまりリズの魂のために作られた品種だ。エリザベートの愛称を取り、リゼットと名がついた。
リゼットの品種改良はこの地でおこなわれたので、今では公国の国花としても親しまれている。
小説ではロゴの飾りとしても使われており、リズにも馴染みがあるバラだ。
しかしリゼットは、貴族の邸宅や公宮でしか植えられていないので、魔女のリズとして実物を見るのは初めて。
小説のファンとしては、是非とも近くで見ておきたい。リズは花壇の前でじっくりと観察を始めた。
「全体はピンクの花びらだけど、所々に白い花びらも混ざっているのね。綺麗……」
「それが、リゼットの特徴となっております。リズ様のように、お美しいバラです」
「ふふ。ローラントは、お世辞が上手だったのね」
「本心ですよ。――少々、お待ちください」
ローラントはポケットからナイフを取り出すと、リゼットを一本切り落としてから、棘や葉を取り除い、茎を短く整えた。
「リズ様の髪に飾らせていただきたいのですか、お許しいただけますか?」
「あ……うん」
ローラントは、器用にリズの髪の毛へリゼットを挿すと、「良くお似合いですよ」と微笑みを浮かべる。
(イケメンが、イケメンなことをしている……)
エスコートまでは照れたリズだが、ここまでくると現実味がない。イケメンの行動力には、ただただ驚くばかりだ。小説では陰の薄かったローラントだったが、彼もイケメンであることには変わりなかったようだ。
「よろしければ、お部屋に飾るリゼットも後ほど用意させましょう」
「ありがとう。ローラントには、親切にしてもらってばかりね」
「俺にとっては、大切なご主人様ですので」
「それじゃ私も、主人としてお返ししないと――」
ローラントが喜びそうなことはなんだろうと、リズが考えていると、メルヒオールの姿が目に入る。
「そうだ! 旅には出られないけど、ほうきに乗る練習にはとことん付き合うよ」
髪に挿したリゼットに見惚れていた様子のローラントだったが、リズの提案を受けて少年のような表情が戻ってくる。
「よろしいのですか?」
「うん! ここなら、人目にも付きにくそうだし、練習にはちょうど良さそうじゃない? メルヒオール、お願い」
それからリズは、手取り足取りほうきの乗り方を教えたが、ローラントはアレクシスほどほうきに乗る才能はないようだ。イケメンだからといって、全てが万能ではないらしい。
この庭への散歩は日課になりそうだと、リズは覚悟した。





