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20 闇夜の魔女4

「ねぇ、リズ。そろそろ僕のことを、『お兄ちゃん』って呼んでくれないかな?」


 魔女の森へ向かっている途中、アレクシスはそんなことを呟いた。


「……私はまだ、正式な養女ではありませんよ?」


 それに出会ってまだ、二度目の夜だ。

 アレクシスに助けられてからは、侍女達からの虐めの誤解を解き、小説の運命を変えると宣言され、ひたすら甘やかされるという濃い一日だったが、それでもまだ出会ったばかり。兄と呼ぶには、早すぎる。


「せっかく仲良くなったのに、公子と呼ばれるのは寂しいな。せめて、名前で呼んでくれない?」

「それじゃ……、アレクシス……様」


 そうリズが呼ぶと、様付けが不満なのか彼は「アレクシス」と言い直させる。


「ですが、私はまだ一般庶民ですし……」

「それじゃ、やっぱりお兄ちゃんって呼んで」


 アレクシスはどうしても、呼び方を変えたいらしい。

 そう要求されるも、兄弟がいなかったリズとしては、急にお兄ちゃんと呼ぶのは気恥ずかしさもある。


「アレクシスと、呼ばせてください……」


 それで妥協してもらうつもりだったが、アレクシスは嬉しかったようだ。急に、後ろからリズに抱きついてくる。


「嬉しいよ。もう一回呼んでみて」

「ちょ……、アレクシスっ。急に抱きつかないでください。バランスが崩れるじゃないですか」

「う~ん。呼び捨てなのに、敬語っておかしいよね。敬語も止めてくれる?」

「それは困りますし……、離れてくださいっ」


 イケメンに抱きつかれたら、落ち着いてほうきを操縦できないではないか。リズは焦るも、アレクシスはお構いなしの様子。


「妹を抱きしめるって、最高の気分だね。ずっと、こうしていたいよ」


 幸せを感じている様子のアレクシスは、さらに行動がエスカレート。リズの真横に顔を近づけたかと思えば、お互いの頬をぴとりと、くっつけてくる。

 滑らかで暖かなその感触に、リズの頬はカッと熱を帯びた。


「リズの頬は、温かいね」

「…………っ」



 気持ち良い夜風を受けながら、空高く飛んでいたメルヒオールだが、唐突にリズからの魔力の供給が途絶え、がくりと高度を落とした。

 慌ててバランスを取ろうとするも、リズ側の制御に問題があり、上手くいかない。

 なす術がないメルヒオールは、夜空に芸術的で複雑な曲線を描くことになってしまった。

 



 それでもなんとか魔女の村へと到着したリズは、ぐったりとしながら自分の家の壁に両手をついた。


「はぁ……。アレクシスのせいで、魔力が大量消費されちゃったよ……」


 結局、アレクシスの押しに負けて、敬語も止めたリズは、恨めしく思いながらアレクシスに振り返った。

 あのような状況で、自分の要求を突き通すとは、どうかしている。


 酔って具合が悪くなってもおかしくないほどの、ひどい操縦になってしまったが、アレクシスにダメージはないようだ。


「ごめん、ごめん。リズの慌てぶりが可愛くて、つい調子に乗ってしまったよ」


 ほうきに乗っている間中、ずっと『妹』を堪能できたアレクシスは、満ち足りたような表情で微笑んでいる。


「もう……! 帰りもこんなことしたら、宮殿までたどり着けないんだからね!」

「わかったよ。帰りは我慢する」


 さも残念そうに、ため息をつくアレクシス。釘を刺していなければ、帰りも同じ目に遭っていたようだ。


(アレクシスって、こんなキャラだったっけ……)


 小説での彼とは異なり、穏やかで人を和ませる力があるとリズは感じていたが、基本的に公子らしい態度には変わりなかった。

 けれど、小説の運命を変えると宣言してからというもの、彼はやたらとリズとの距離を縮めてくる。

 妹ができて嬉しいという気持ちが強いようだが、彼の言動は高貴な者というよりは、まるで庶民の家のお兄ちゃんのようだ。


(男爵子息として、育ったからかな?)


「ほら、早く家に入ったら?」

「う……うん」


 アレクシスに背中を押され、玄関扉の前にリズは立った。しかし扉を開ける前に、内側から開かれる。


「こんな夜中に、どなた?」

「お母さん……!」


 確認をするように玄関から顔を覗かせた母は、リズの姿を見て目を丸くする。もう会えないかもしれないと思っていた娘が、元気な姿で戻ってきたのだ。

 他の魔女達からは、リズが王太子妃になることを祝福されたが、母としては気が気ではなかった。

 手足は縛られていたと聞いて、公家でも小説の中のようにひどい扱いを受けるのではと、ひたすら心配で今夜は眠れずにいたのだ。

 けれど、笑顔で抱きつくリズの温もりを感じ、母の心はひとまず安堵で満たされた。


「お母さん、身体のほうは大丈夫?」

「えぇ。あなたが作ってくれた薬のおかげで、良くなったわ。それにしても、騎士団に捕まったんじゃなかったの?」

「うん。そうなんだけど、いろいろあったの。今日は公子様が、ここへ来させてくれたんだよ」

「公子様……?」


 リズの母はやっともう一人いることに気がつき、アレクシスのほうへと視線を向ける。

 娘の言葉どおり、高貴な者が(まと)う雰囲気と、それに見合う上質の身なり。母の目にも、この青年が身分の高い者であるとすぐにわかった。


 長年の条件反射で、娘を守るように身構えた母だが、アレクシスはそんなリズの母の態度に、気を悪くすることなく微笑む。


「初めまして、リズのお母上様。僕は、ベルーリルム公国の第二公子、アレクシスと申します」


 雲の上の存在である公子が、庶民相手に丁寧な挨拶をする。魔女に対して、ありえない態度だ。

 リズの母は不審に思いながら、リズへ耳打ちをした。 


「アレクシスって、あの当て馬公子(・・・・・)の?」

「そうそう」

「公子とは、もっと後に出会うんじゃなかったの? 家へ来る展開なんて、母さん聞いていないわよ」

「それも説明するね。まずは家に入ろうよ。夜風に当たっていたら身体に悪いよ」

「そうね。――初めまして公子様。リズの母です。狭い家ですが、どうぞお入りください」


 アレクシスが信用できる相手なのか判断できない母は、素っ気なくそう挨拶すると、すぐに家の中へと戻っていった。


 そんな母の態度を『母らしい』と思いながら、リズはアレクシスへと視線を向けた。


「お母さんの態度を、不快に感じていたらごめんなさい。魔女は元々、警戒心が強いの」

「気にしていないよ。先に横暴な態度で接したのは騎士団だし、警戒されても仕方ないよ」

「それならいいんだけど。でも……アレクシス、怒ってない?」


 アレクシスは微笑んでいるものの、どこかぎこちなさを感じる。目が笑っていないのもその証拠だ。

 リズがそれを指摘すると、アレクシスの笑顔はより一層ぎこちなくなる。


「僕はリズのお兄ちゃんとして、完璧を目指したいんだ。だから『当て馬』設定なんて、気にしていないよ」


(めちゃくちゃ、気にしてる……)


 どうやらリズの母の発言は、アレクシスに丸聞こえだったらしい。

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