19 闇夜の魔女3
再びバルコニーへと出た二人と一本。今度はメルヒオールも素直に、リズを乗せてくれるようだ。ほうきに跨ったリズは、後ろにいるアレクシスに振り向いた。
「公子様もほうきに跨って、私の肩に掴まってください」
「こう、かな?」
「はい。バランスは私が制御しますので、気楽にしていてくださいね」
リズの合図を受けたメルヒオールは、二人を乗せてふわりと空中に浮かび上がる。そして、公家宮殿の敷地を囲む結界へと向かって飛び始めた。
「どうですか、公子様?」
「不思議な気分だよ……。細いほうきに跨っているのに、不安定じゃないし、風の抵抗もあまり受けないんだね」
「魔力で制御している部分もありますが、公子様は初めて乗るのにお上手ですよ」
魔力さえ使えば、いくらでも快適にほうきを乗りこなせる。しかし、それを長時間続けるとなると、魔力を大量消費することになるので、できることならほうきに乗るためのバランス感覚は、あったほうが良い。
アレクシスはそのバランス感覚に優れているのか、リズの魔力補助はあまり必要ないようだ。
「そうなの? それならリズに、いろんな場所へ連れて行ってもらえるね」
「可能ではありますが、結界はどうするんですか?」
「それについては、任せて。とにかく結界へ行ってみよう」
アレクシスには、結界の外へ出る策があるようだ。
昼間ならば、今日の買い物のように門から外へ出られるようだが、今は夜中。公子といえども、こんな時間に門の外へ出るには、それなりの理由が必要だろう。
どうやって外へ出るのだろうと思いながら、リズは結界へ向かった。
遠くからでは結界などどこにも見えない状態だが、間近まで来ると薄っすらと幕が張っているのが、目視でも確認できた。
「これが、結界なんですね」
「そうだよ。宮殿を囲む城壁から、ドーム状に結界が張られているんだ。人が出入りできるのは、東西南北の門だけかな」
リズは、結界に抜け穴がないか調べたかったが、それは骨の折れる作業であると、結界を目の前にして実感した。この結界は手で触れられるくらい近づかなければ、見えないようになっている。その程度の視野では、砂漠の中から針を探すようなものだ。
「……それじゃ、どうやって結界を抜けるんですか? まさか、こんな時間に門から出るつもりでは……」
「さすがにそれは、門兵に止められてしまう。これを使うんだよ」
アレクシスは懐に手を入れると、鎖を引き抜いてリズにそれを見せた。
「公子の証のペンダント……?」
「これは、公家の実子に一定の権限を与えた証なんだけど、こんな使い方もできるんだ」
アレクシスがペンダントを握りしめると、手の隙間から淡い光が放ち始める。
「この光……。魔力ですか?」
「うん。これは重要な場所へ出入りするための、鍵でもあるんだよ。結界を見てみて」
アレクシスに促されて、結界に視線を向けたリズは目を丸くした。先ほどまで膜が張っていた場所に、ぽっかりと穴が開いたのだ。
「メルヒオール……」と呼ばれ、ほうきはゆっくりとその穴を通過する。
何事もなくその穴を抜けられたことに驚きながら、リズは振り返ってアレクシスを見た。
「こんな重大な秘密を、私に話して大丈夫なんですか……?」
「リズは養女になるんだから、これくらい知る権利はあるんだよ」
真剣な表情で、リズを見つめるアレクシス。それは『養女となることが、単なる王太子妃への通過点ではない』と、伝えたいように聞こえる。
公女として、相応しい待遇を受けられる。だから、逃げるな。と……。
(小説のヒロインは、公家の誰にもそんなふうに受け入れられていなかった……)
公王はヒロインに見向きもせず。アレクシスにとってもヒロインは恋愛対象だったので、公女としては見ていなかった。
ヒロインはひたすら魔女としてしか扱われず、そんな境遇からヒーローが助けるストーリーのはず。
「……結界を抜けられましたし、どこへ行きましょうか?」
話題をそらすようにリズがそう尋ねると、アレクシスはリズの頭をポンっとなでてから、やや寂し気に微笑む。
「魔女の森へ行ってみたいんだけど、遠いかな?」
「……行ってもいいんですか?」
「リズの生家なんだから、いつでも帰れるよ。ただ、護衛は必要だけれどね」
アレクシスはそう言いながら、自分自身を指さす。
護衛という名の監視だろうとは思ったが、それでもリズは期待で胸が膨らむ。
「あの……、お母さんに会っても?」
「もちろん。報告書によれば、ろくに挨拶もできなかったようだし。リズのお母さんを安心させてあげなきゃね」
それを聞いてリズは、表情を和らげた。母にも小説のストーリーは話してあるので、リズがどのような展開になっているか、予想はできているはず。それでもきっと心配な日々を過ごすことになるので、安心させてあげられるに越したことはない。
感謝したリズは、すぐに魔女の森へとほうきを向けた。





