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18 闇夜の魔女2

 じとっとリズが疑いの目を向けると、メルヒオールは硬直したように動かなくなってしまった。

 やましいことがあるのだと判断したリズは、はち切れんばかりに頬を膨らませる。


「もぉ~、メルヒオールったら信じられない! 私の命より、高級ワックスが大事だっていうの!?」


 裏切られた気分で怒ったリズがほうきの柄に掴みかかると、メルヒオールは穂先をバタバタと振り始めた。

 それが弁解の意思表示なのか、はたまた押さえつけられていることに対する抵抗なのか。リズにはわからないが、ずっと一緒に暮らしてきた相棒に裏切られたことが悲しくて仕方ない。


「ひどいよ……メルヒオール」


 リズの瞳から涙が溢れた瞬間――。


「リズ、そこで何をしているのかな?」


 すでにこの一日で聞き慣れてしまった優しい声に、リズの心臓はドキリと跳ねた。

 嫌な予感を抱えながら、視線をスライドさせて隣の部屋のバルコニーへ向けてみると、アレクシスが笑顔で手を振っているではないか。


(アレクシスが、なんで……!)


 まさかアレクシスが隣の部屋にいたとは思わず、リズは動揺して言葉を失ってしまう。

 アレクシスはそんなリズの様子を気に留める様子もなく、バルコニーの柵に足をかけたかと思うと、ひょいっと柵から飛び上がって、リズの部屋のバルコニーへと飛び移ってきた。ここは三階だというのに、無謀なことだ。


「ちょ……、危ないですよ公子様!」

「大丈夫だよ。もし落ちたとしても、リズとメルヒオールが助けてくれるだろう?」

「そんなに機敏には、動けませんよ……」


 そう返しながらも、メルヒオールなら素早く助けるだろうとリズは思った。なにせ、高級ワックスを塗ってくれるお気に入りの人なのだから。


「そんな恰好で、どうしたの? 家が恋しくなっちゃった?」


 アレクシスはリズの涙を指で拭いながら、再度尋ねた。その仕草があまりに自然で、本当の兄のような気にさえなってくる。


「……公子様は、話を聞いていたんじゃないですか?」


 用意周到にメルヒオールを買収するような人だ、初めから行動を読まれていたに違いない。

 

「ごめんね。でも、メルヒオールの名誉のために言っておくと、僕が大げさに話したから、メルヒオールはリズが心配になっちゃったんだよね?」


 どういう意味だろうと思いながら、リズが相棒に視線を向けると、メルヒオールは肯定するように、柄の先をこくりと動かした。


「メルヒオールは、高級ワックスで買収されたんじゃないんですか?」

「僕の話を聞いて怯えてしまったから、お詫びとして塗ってあげたんだよ」

「一体、メルヒオールに何を話したんですか……?」

「リズは魔女だから、旅先でも辛い目に遭うだろうし、おとなしく王太子妃になるほうが良いと、あの時は思っていたんだ。メルヒオールには逃亡しないよう、お願いするつもりだったんだけど……、怖がらせてしまってごめんね」


 反省するように、アレクシスはしょんぼりとした顔になる。けれど、彼の意見は正しい。

 魔女はどこで暮らしても厄介者であり、流れ者の魔女ならなおさら受け入れられない。魔女であることを隠すこともできるが、メルヒオールに不便をかけてしまうし、魔女の誇りに関わる問題でもある。


「そうだったんですね。――メルヒオール、疑ってごめんね」


 相棒の気持ちを汲み取れなかったことが、申し訳ない。リズが謝ると、メルヒオールは気にしていないとばかりに柄を左右に揺らす。そして、リズの胸に飛び込んできた。リズはぎゅっと、相棒を抱きしめる。

 リズよりも、ずっと長く生きているメルヒオールは、いつも大きな心でリズを見守ってくれる。たまには意見の相違や、喧嘩をすることもあるけれど、それはリズを思ってのことだと、リズは改めて感じた。


 そんな相棒がアレクシスに懐いたということは、信頼できる相手だと判断したということなのか。リズはちらりと、アレクシスに視線を向けてみた。


(アレクシスは、そんなに私を心配してくれたのかな?)


 目が合ったアレクシスは、相変わらず優しい視線を向けてくれる。この世界で生まれ変わってから、これほどリズを気にかけてくれた男性は初めてのこと。リズは、自分の鼓動が早くなっているのを感じた。


「それじゃ、この荷物はもういらないね」

「えっ、あ……。そうですね……」


 アレクシスはリズの世話でも焼くように、メルヒオールから荷物を下ろし、リズの頭から帽子を脱がせ、リズの背中を押しながら部屋の中へと入っていく。その動作があまりに自然だったので、リズは身を任せてしまったが、ローブを脱がされそうになったところで、ハッと気がつく。


(また、アレクシスのペースに呑まれてる!)


 苦虫を噛み潰したような顔でアレクシスを見つめると、彼は「寝間着までは脱がさないよ?」と微笑む。


「ばっ……、そうじゃないです……!」

「あぁ、そうだった。リズは、脱走したかったんだったね」


 身も蓋もない指摘をされて、リズは眉間にシワを寄せながらどう答えるべきか考えた。その様子が可笑しかったのか、アレクシスはくすくすと笑いだす。


「ごめんごめん。リズは結界を見たかったんでしょう。今から見に行っても構わないよ」

「えっ、いいんですか?」

「もちろん。その代わり、僕もメルヒオールに乗せてくれると嬉しいな」


 アレクシスがいたとしても、結界を確認できれば今後の為になるはず。リズは喜んで、その提案を受け入れた。

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◆作者ページ◆

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