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17 闇夜の魔女1

 その夜。リズは、新しく与えられた部屋の大きなベッドの中にいた。

 アレクシスは一日中リズと買い物をしていた間に、リズ専用の部屋を整えさせていたらしい。夕食後に、この部屋へ案内されたリズは驚いた。

 なぜなら、昼間に買い物をした際に、可愛いと思って眺めていた雑貨類が、全て部屋に並べられていたのだから。


「公子様は……、私の心が読めるのですか?」

「心は読めないけれど、表情は読めたみたいだね。リズは可愛いものを見ると、愛おしそうに蕩けたような瞳になるんだ」


 出会ってまだ一日しか経っていないのに、そこまで観察されていたことにリズは驚いたが、それと同時に自分がそんな表情をしていたとは、思いもしなかった。

 魔女のリズでは、貴族が出入りするようなお店には入れなかったので、久しぶりに目の保養を楽しめたが。気を抜いたら、過保護な義兄が店ごと買い占めてしまいそうだ。これからは顔に出さないよう気をつけようと、リズは心に誓った。


(それにしても、これからどうしよう……)


 今日はすっかりと、アレクシスのペースに乗せられてしまったが、リズは義兄との生活を楽しみたいのではなく、火あぶりの未来を変えたいのだ。

 それなのに、未来を変えると宣言したアレクシスは、リズを甘やかして楽しんでいるだけのように見えた。アレクシスに任せておくのは、不安が残る。


(やっぱり、自分でも計画を進めなきゃダメだよね)


 当初の予定どおりローラントを味方につけて、逃亡計画を進めなければ。まずはローラントに、本気で逃亡についてきてくれるのか、意思確認をする必要がある。

 それからローラントには、ほうきを乗りこなせるようになってもらい、長旅への準備を備えよう。


 そこまで考えたリズは「……あれ?」と辺りを見回した。


 ローラントに、逃亡の手助けをしてもらいたいと思った理由は、主に二つ。一人では宮殿から逃げ出せないと思ったのと、魔女の森で育ったリズよりは、ローラントのほうがこの世界に詳しいと思ったからだ。


 しかし後者はさて置き、前者はどうだろう?

 リズに新しく付けられた侍女達は、リズを寝間着に着替えさせたら部屋から出て行ったので、監視の任務を受けているとは思えない。

 護衛騎士としてローラントはまだ着任していないし、他の騎士が見張っている気配もない。


(もしかして私……、今は誰にも監視されていないんじゃない?)


 それを確かめるため静かにベッドから出たリズは、足音を立てないよう注意しながら、部屋の扉へと近づいた。

 そっと扉に耳を当ててみたが、廊下から物音は聞こえない。

 ゆっくりと扉を開けて顔を廊下に覗かせてみたが、リズが思ったとおり、廊下には誰もいなかった。

 

(やっぱり、監視がいない……!)


 はやる気持ちを抑えながら、再びゆっくりと扉を閉めたリズは、メルヒオールのもとへ駆け寄る。ほうきの柄を揺すりながら、小声で呼びかけた。


「メルヒオール起きて! 今なら逃げられそうなの!」


 ゆさゆさ揺すられたメルヒオールは、さも気だるそうな雰囲気で、寝ていた長椅子から起き上がるように、ほうきの柄を垂直にさせる。

 この長椅子は、過保護にもアレクシスがメルヒオールのために用意したもので、人間らしい行動を好むメルヒールに大いにウケたのだ。

 リズの家では、適当な壁に寄りかかって休んでいた彼だが、今夜は初めてのフカフカな長椅子で、極上の眠りを得ていたようだ。リズに起こされたが、ぼーっとした様子。


 リズは、そんな相棒の様子に構わず、クローゼットから魔女の帽子とローブをひっぱり出す。着替える時間が惜しいので、寝間着の上から身に着けた。そして荷解きがされていなかった旅の荷物を持ち出して、メルヒオールに括りつけようとしたが。


「ちょっ……、また寝ないでよ~! 今すぐ出発するんだから!」


 再び長椅子に横たえたメルヒールを起こそうとするも、ぴくりとも動いてくれない。

 せっかくのチャンスなのに、非協力的な相棒にムッとしたリズは、寝ている相棒に荷物を括りつけると、強制的にほうきを持ってバルコニーへと出た。


「メルヒオールだって、燃やされたくないでしょう? お願いだから起きて! ねっ?」


 外へ出されてさすがに目が覚めたのか、メルヒオールはリズの手から離れて、垂直に浮かび上がった。これで逃げ出せると、リズはほっと息を吐く。

 しかしそれも束の間、メルヒオールは『嫌だ』とばかりに、ほうきの柄を左右に大きく振るではないか。


「どうして……。私が火あぶりになったら、メルヒオールだって無事ではすまないんだよ?」


 魔女の持ち物は一緒に燃やされるか、運良く燃やされずに済んだとしても、リズの母のもとへ戻れるとは限らない。リズの一族からの魔力を補給できなければ、メルヒオールもいずれは『ただのほうき』に戻ってしまう運命だ。

 それを知りながらも、協力してくれないのはなぜか。


「……何か理由があるの?」


 リズがそう尋ねると、メルヒオールは宮殿の正門を柄の先で指し示し、それから大きな円を空中に描いた。


「……あっ! 結界があるのね」


 リズの回答に、メルヒオールはコクコクと柄の先を上下させる。


 魔女や飛翔魔獣の襲来を防止するために、ドルレーツ王国の宮殿が結界で守られていることは周知の事実。だが、ベルーリルム公国は建国してまだ十年。襲撃事件などは起きていないので、結界については不明なままだった。


「そっか。やっぱり結界はあるんだ……。でもどうして、メルヒオールがそれを知っているの?」


 リズが首を傾げると、メルヒオールはびくりとほうきを震わせた。そして必死にジェスチャーを始めるが、リズにはよくわからない。


(私と離れている間に、情報を得たのかな?)


 昨夜はアレクシスに連れて行かれたし、今日もメルヒオールは宮殿で留守番をしていた。ほうき相手なら、使用人達も気が緩んで情報を漏らすこともあるだろう。


「情報収集してくれたんだね、ありがとうメルヒオール。でも今日を逃したら、こっそり抜け出すのも難しくなるかもしれないし、結界の抜け道がないか探ってみようよ」


 今夜のような自由が、毎晩あるとは限らない。今すぐ逃げ出せないのは残念だが、リズはこのチャンスを少しでも有意義に使いたかった。

 しかしその提案に対しても、メルヒオールは拒否反応を見せる。


 何かがおかしい。相棒の様子をじっと見つめたリズはふと、彼のほうきの柄が、月明かりで艶やかに輝いていることに気がついた。


「まさか……、メルヒオール。高級ワックスで、買収されたんじゃないでしょうね……?」

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