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15 困惑魔女3

「まさか、『鏡の中の聖女』が異世界にまであったなんて……」

「え? それはどういう……」

「リズは知らないかもしれないけれど、貴族図書館には同じ題名の小説があるんだ。シリーズになっていて、聖女と大魔術師の恋物語が何世分も綴られている」

「そうなんですか!? 前世でも、鏡の中の聖女はシリーズものでした!」


 リズは最新巻しか読んだことがないが、いずれは全シリーズ読みたいと思っていた。読めずに人生を終えてしまったことが、少し心残りだったリズは、この世界にも同じ小説があることに、思わず喜びの声をあげる。

 するとアレクシスは、眉間にシワを寄せて露骨に嫌悪感を示した。


「リズは、あの物語が好きなの?」

「え? はい。あちらの世界でも人気でしたし……。公子様はお気に召しませんか?」

「あいつの性格の悪さが滲み出ていて、僕は好きじゃないな」


(あー……、そうだった。王太子とアレクシスは仲が悪かったんだ)


 二人の設定を思い出したリズだが、王太子に性格の悪い部分などあっただろうかと首をひねる。

 王太子は、ヒロインを辛い状況から救い出してくれる、絵に描いたようなヒーローだったが。


「けれど、おかしいな。僕が読んだ限りでは、異世界での物語はなかったはずだ。あいつなら、一つの漏れもなく小説にまとめていそうだけれど」

「それが……。前世での私は、誰とも結婚していなかったんです……」

「それじゃ……」


 リズが逃亡しようとした理由の重大さに、アレクシスも気がついたようだ。驚いたように、言葉を失ってしまう。


「鏡に前世の姿が映らなければ、私はきっと悪い魔女だと罰せられます。火あぶりには、なりたくないんです!」


 訴えるようにアレクシスを見つめると、アレクシスは自分のことのように辛そうな表情で、唇を噛みしめた。


「何か……、対策を考えなければならないね。大丈夫。婚約式は一年後だから、まだ時間はあるよ」

「はい……」


 こんなことを訴えられても、アレクシスは困るだけだろう。それでも慰めの言葉をかけてくれたことが、リズはうれしかった。

 それに、アレクシスは真剣にリズを心配してくれているようなので、逃亡計画に手を貸してくれるかもしれない。

 今は理解者が増えただけでも、ありがたい。やはりアレクシスと出会えて良かったとリズが思っていると、アレクシスは気分を変えるようにリズへ微笑みかける。


「ところで、小説の僕はどんな役割だったのかな? やっぱり、リズを助ける優しいお兄ちゃん?」

「えっ……と」


 まさかそれを聞かれるとは思わなかったリズは、動揺して言葉に詰まってしまった。

 しかし、それをアレクシスが見逃すはずもなく。アレクシスに両肩を掴まれ、リズは逃げ場を失った。


「リズ、嘘は駄目だよ?」


 笑顔で追い詰められて、なす術がなくなったリズは、どうにでもなってしまえ! という気持ちで口を開いた。


「公子様は、当て馬です……」

「当て馬……? それは確か、本命の馬と交尾させる前に、雌馬の発情を促す目的で使う馬のことだよね?」

「そうですね……」


 本来の意味を再確認するアレクシスに、リズは気まずさでいっぱいになりながら視線をそらす。しかし、そらした視線の先にアレクシスは割り込んできた。

 アレクシスは笑顔を向けるも、目が全く笑っていない。


「つまり僕は、リズとあいつの恋が成就するために、無残にフラれるキャラということかな?」

「そうなりますね……」

「…………」


 アレクシスは言葉を失うと、リズから離れてがっくりと視線を落とす。

 そして、じわじわと怒りがこみ上げてきたのか、拳を握りしめて腕を振るわせ始めた。


(嫌いな王太子に負けるんだから、やっぱり怒るよね……)


「あの……公子様? これはあくまで、小説の話ですし……。この部分は、公子様のお気持ち次第で、どうとでもなりますよ!」


 出会いが変わったせいか、アレクシスはリズを妹として可愛がりたいようなので、当て馬として機能するとは思えない。

 小説どおりに演じる必要がないことをリズが伝えると、アレクシスは「…………やる」と、呟いた。


「え?」

「その運命、必ず変えてやる」


 決意したように、リズに向けて顔を上げたアレクシス。その青い瞳が、恐ろしいほど冷たく輝いていて、リズはぞくりと身を縮めた。


「リズには、望みの結婚をさせてあげる。絶対に火あぶりになど、させないから」

「ほ……本当ですか?」

「公子の名にかけて誓うよ。だから――、リズは全力で僕を頼ってね」


 最後はにこりと、いつもの調子に戻ったアレクシス。その笑顔があまりに暖かく、リズは力が抜けてへなへなと床に座り込んだ。 


「大丈夫?」

「はい……。なんか、気が抜けちゃって……」


 頼ってくれと言ってくれたことが、何よりもリズの心に響く。

 彼は『当て馬』で、ヒーローには勝てない役回りだけれど、そんな設定など些細なことと思えてしまうほど、アレクシスが頼もしく思えた。


(アレクシスに頼れば、火あぶりを回避できて、逃亡生活もしなくていいのかな……)


 この世界に生まれてからこれまで、リズは自分自身が平穏な人生を送れるとは思っていなかった。

 計画どおりに逃げ延びれたとしても、常に追っ手の目を気にして隠れながらの生活になると。魔女の森に住むことは叶わずとも、たまに母の顔を見に帰れたら、それで満足だと思っていた。


 けれど、そんな覚悟など捨ててしまえと言っているかのように、アレクシスはリズの目の前に手を差し出した。


 リズはその手を、無意識のうちに掴む。


 起き上がらせてくれたアレクシスが、救世主のように思えてリズはぽーっと彼を見つめる。

 するとアレクシスは、リズの肩を抱き寄せたかと思うと、出入り口へと歩き出した。


「それじゃ、出かけようか」

「あの……、着替えのドレスを探しにきたのでは?」

「まずは、あいつの入る余地をなくさなければ。リズが身につけるものは全て、僕が贈るね」


(えぇ……! そこから……?)


 人生が変わる予感がしたリズだったが、それは勘違いだったのかもしれない。結局アレクシスは、妹を可愛がりたいだけなのでは? と疑念が沸き起こった。


(本当にアレクシスに頼って、大丈夫かな……?)

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◆作者ページ◆

~短編~

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~長編~

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