12 怖い魔女5
「通常の魔法具は、魔石を介して作動させますが、メルヒオールを見てください。彼には魔石が一つも装着されていないでしょう?」
メルヒオールは皆に見せるようにして、その場でゆっくりと回転する。感心したように、じっくりと眺める侍従に対して、侍女達は恐れるように身をのけぞらせた。
「や……やはり、おばけが操っているのですか?」
「ふふ、そうじゃないんです。メルヒオールは魔力を吹き込まれたことで、魔石がなくても空気中の魔力や、主人からの魔力を、自分で吸収できる能力を得たんです。この能力は、命を得たことと同義なんですよ」
魔力は命あるものだけが、扱うことができる。単なる魔力の結晶である魔石とは異なり、メルヒオールは自発的に魔力を吸収し、使う、『思考』を得たのだ。
「魔女様……、それでは他の物にも魔力を吹き込めば、メルヒオール殿のように動くのでしょうか」
興味深々の様子な侍従に問われて、リズはにこりとうなずいた。
「原理的には可能です。けれどメルヒオールのように、人間と同じような思考力を得るには、すごーく年月がかかるんです。年月の他にも、魔力を吹き込んだ者の血族から、定期的に魔力を吸収する必要があったりと、制約もあります」
魔女が魔力を吹き込んだ物が、世に出回らない理由はそこにある。魔女だけが持つほうきだからこそ、人々は怪しげな存在だと思うのだろうが、実際には単に、魔力の事情があるだけだ。
ちなみにリズの母が使っているほうきは、メルヒオールほど自在には思考しない。命令すればそのとおりに動くが、自発的に掃除をするような人間らしい思考を得るまでには、まだ数十年はかかるだろう。
一族に代々受け継がれたほうきは貴重な存在であり、本来ならば家の年長魔女であるリズの母がメルヒオールを受け継ぐはずだった。
しかし母は、リズの無事を願い、メルヒオールをリズに譲ってくれた。リズにとっては、かけがえのない唯一の宝物だ。
「そうですか……」
リズの説明を聞いた侍従は、残念そうな顔を滲ませる。
「命を吹き込みたい物でも、あったんですか?」
「いえ……、妹がぬいぐるみ好きなもので……」
侍従は照れたように、そう呟く。どうやら妹のために、ぬいぐるみを動かしたかったようだ。
「皆さんも子供の頃に、大切にしているお人形やおもちゃが、人間と同じように動いたらいいなって思ったことはありませんか? 魔女はそんな願いを、叶えた種族なんです。そういうふうに思えば、少しは恐怖も和らぎませんか?」
侍女達は、リズに視線を向けながらも、物思いにふけっている様子。幼い日の自分を思い出しているようだ。
「メルヒオール、僕のところにも来ておくれ」
間を埋めるようにアレクシスが声をかけると、メルヒオールはさながら犬のように、穂先をフリフリさせながらアレクシスの元へ向かう。すっかりアレクシスが気に入ったらしい。
「やっぱりメルヒオールは可愛いね」
リズの話を、おとぎ話のように聞いていた侍女達だったが、ほうきと戯れるアレクシスを目の当たりにして、やっと自分達の行動が過剰であったことに気がついた。
慌てて立ち上がった三人は、リズに向けて頭を下げる。
「申し訳ございませんでした、魔女様!」
「噂に惑わされ、無礼を働いたこと、どうかお許しくださいませ!」
「第二公子殿下の宮殿に仕える私達は、偏見を持ってはいけなかったのに……。罰はきっちりと受けさせていただきます!」
(どうしてアレクシスの使用人だと、偏見を持っちゃいけないんだろう?)
リズは最後の言葉が気になって、アレクシスにちらりと視線を向けてみた。
けれど、アレクシスはその視線を、リズの説明が終了したと受け取ったようだ。「それじゃ、幽閉塔へ行こうか」と、まるでピクニックでも誘うかのように、侍女達へにこやかに微笑む。
そして侍女達も、あれほど嫌がっていた幽閉塔行きを、愛の告白でも受けたかのように頬を染めながらうなずいた。
(さすがアレクシス……。笑顔一つで、問題を解決できちゃうのね)
小説のファンを、王太子派と二分するほどアレクシスの人気も高かったので、当然のことかもしれない。
いかにも小説のような光景が繰り広げられたので、気を取られたリズだが、メルヒオールについて丁寧に説明した意味を、ハッと思い出した。
「待ってください、公子様! 皆さんの誤解も解けたようですし、幽閉塔に十日は長すぎると思います。一日に減らしてください」
リズの気持ちとしては謝罪だけで十分だが、アレクシスが言ったように宮殿内の秩序を保つことも必要だろう。無礼に対する罰が幽閉塔と決まっているなら、リズの感情だけでそれを捻じ曲げるのも良くない。
「リズの気持ちはわかるけれど、一日は短いと思うな」
「実は罰の代わりに、私から皆さんにお願いがあるんです」
「お願い?」
「はい。ご説明したとおり、メルヒオールは元々ただのほうきだったので、本能としてお掃除が大好きなんです。ですから、皆さんのお仕事を少し取ってしまうかもしれませんが、メルヒオールにお掃除をさせてください」
リズが頭を下げてお願いすると、メルヒオールも一緒になってお辞儀するように柄を傾ける。
すると、アレクシスは思い出したようにクスリと笑い出した。
「掃除は望んでしていたことだったんだね。僕はてっきり、無理やりやらされていたのかと思っていたよ。侍女達には、あらぬ疑いをかけてしまったね」
「とんでもございません! 私達が掃除をしていなかったのは事実ですので……」
侍女達は再び頭を下げるも、アレクシスが穏やかな雰囲気を作ったせいか、侍女達も少し落ち着いた様子だ。
(アレクシスって、周りを和ませる力があるんだ……)
食堂でもそうだったが、アレクシスが微笑めば和やかな雰囲気が辺りに漂う。
小説の中の彼は、ヒロインとのことで悔んだり焦る描写が多かったが、今のほうがアレクシスには似合うとリズは思った。
結局、メルヒオールを受け入れるなら、幽閉塔は一日にするとアレクシスが提案したことで、メルヒオールはすんなりと侍女達に受け入れられた。
「リズは、慈悲深くて良い子だね」とアレクシスには頭をなでまわされたが、侍女達の考えを変えさせたのはアレクシスのおかげでもある。
「昨日から公子様には、助けられてばかりです。本当にありがとうございます!」
にこりとリズが微笑むとアレクシスは照れたのか、なでていた手を引っ込めた。





