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111 鏡の中の聖女2


「お待ちください。ベルーリルム公国は、この婚約の破棄を申し立てます!」


 その声に、フェリクスの動きはぴたりと止まった。首だけをアレクシスのほうへと向けた彼の顔は、いら立ちを隠せていない様子。


「公子よ。どのような権限があって、そのような戯言を申しているのだ」


 フェリクスとリズの会話が聞こえていなかったであろう参列者から見たら、彼の説明に不明な点はなかったはず。フェリクスにとっては、婚約破棄をされるいわれはない。


 リズとしても、このようなタイミングでアレクシスが立ち上がるとは思わなかった。

 これではアレクシスに不利ではないだろうか。


「僕は今回の貴国訪問に際し公王陛下から、公王代理として決定権を委任されております」


 アレクシスは巻物を懐から出すと、広げて見せた。フェリクスはそれを近くにいた神官に持ってこさせ、眉間にシワを寄せながら確認する。


「確かに、本物のようだな……」


(わぁ……。公王陛下がそんなことまでしてくれたんだ……)


 ドルレーツ王国へ旅立つ前、公王はアレクシスに対してリズをしっかりと守るよう伝えていたが、言葉だけではなく武器も持たせてくれていたようだ。

 アレクシスのこれまでの行動のおかげで、公国は国を挙げてリズの味方になってくれている。そのことが、リズの心をほんわか温めた。


「それで? 決定権を乱用して、妹の幸せを奪うつもりか」


 乱暴に巻物を神官へと返したフェリクスは、アレクシスをきつく睨みつけた。


「妹の幸せを奪おうとしているのは、王太子殿下のほうです」

「何を根拠に。俺はリゼットを大切にしている」 

「そうでしょうか。王太子殿下は法律を改正してまで、フラル王国第三王女殿下を側室に迎えようとしております。皆様もご存知のとおり『鏡の中の聖女』は、建国の大魔術師と聖女の純愛を綴ったもの。それを裏切るような殿下に、妹は任せられません」


 それを聞いたフェリクスは「そんなことか」と表情を一気に緩めた。


「妹を心配する理由はわかった。しかし歴代のエリザベートとは異なり、リゼットは俺を好いてはいない。このような状況では、世継ぎの心配をするのは統治者として当然のことだ」


 アレクシスの正論は誰もが感じていたことであり、当然それに対する言い訳を考える余裕も、フェリクスには十分に与えられていた。法律を改正する際にも、同じ理由を使っていたのだ。

 リズのせいにしてしまえば、側室を迎えることへの不満も和らげることができた。


「それに俺は、法律を厳守しなければならない立場だ。俺の伴侶は、聖女の魂を持つ者と決められている。妹を婚約破棄させたければ、ドルレーツの法律から変えることだな」


 これで論破できたと確信したフェリクスは、薄い笑みを浮かべた。

 フェリクスにとってアレクシスは、どの世でも絶対に打ち負かすことができる相手。素直な性格の彼では、フェリクスをハメるような罠など考えつかない。


 その素直な性格さゆえに、いつも最終的にエリザベートの心を奪うのは彼だったが、エリザベートとの結婚さえ勝ち取れば、フェリクスはいくらでもやり直せるのだ。


 アレクシスがどう反応するのか楽しみながら観察したフェリクスだが、なぜかアレクシスは小さく笑みを浮かべた。


「わざわざ法律を変えずとも、妹の婚約破棄は可能です」

「なに……?」


 フェリクスの戸惑をよそに、アレクシスはポケットから小さな箱のようなものを取り出した。それが魔法具であることを思い出したフェリクスは、表情に焦りが見え出した。


「何をする気だ……」

「こちらは映像魔法具でして、好きな情景をこの中に留めていつでも見ることができるものです。この中には今、リゼットの侍女が撮影した情景が残っております」


 その魔法具については、ここにいる誰よりもフェリクスが詳しかった。それは前世で魔術師だったアレクシスが、フェリクスの裏工作を暴くために作り出したもの。

 彼から奪い取り宝物庫の奥底に保管していたはずが、何の因果か本人の元へと戻っていたようだ。


 アレクシスが映像魔法具に魔力を込めると、空中に映像が映し出された。それは皆でピクニックへ行った日の映像で、船を陸から撮影しているものだった。


 それを隣で見ていたローラントは、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「殿下がおっしゃっていた俺が懐かしく思うものって、これだったんですか?」

「そうだよ。アカデミーでは、よくこれのお世話になったよね」


 この映像魔法具は、バルリング伯爵がどこかから調達してきたもので、アレクシスの護身用にと渡されたのだ。

 アカデミーでこれを使用していたのは主にローラントで、他の学生から受けたアレクシスへの嫌がらせの動かぬ証拠として重宝されていた。


 アカデミーを卒業してからはほとんど使う機会はなかったが、宮殿の放火を知ったアレクシスは、リズの護身用にと侍女へ渡していたのだ。


 映像の初めは、リズとエディットが船の先端で話をしている場面だった。この時リズは船の縁に腰かけていたので、船からリズが落ちないか心配で侍女はこれを撮影していたのだという。


 すると突然、船の中央にいたフェリクスの周りに、紫のオーラが出現する。そのオーラは糸状にフェリクスからリズ達のほうへと伸びて行き、エディットのボンネットを絡め取ると空中へと飛ばしてしまった。


「今の紫のオーラは、魔力を使った証拠です」


 アレクシスがそう説明すると、「おい! その映像を止めさせろ!」とフェリクスが叫んだ。しかし、騎士達が判断しかねている間にも映像はどんどん進んでいく。


 エディットが身を乗り出してボンネットを拾おうとし、リズが彼女を押さえている。そこへ再び紫のオーラが忍び寄り、二人を絡め取ると湖の中へと引きずり落とした。


「うそっ!」


 リズが驚いて叫ぶと、フェリクスは舌打ちしながらアレクシスに向けて片手を突き出した。フェリクスは魔法を使って映像魔法具を止めようとしたが、しかし彼の魔法は発動しなかった。


 今日はリズが本当に魔法を使う可能性も考慮して、フェリクスは大神殿内での魔法の使用を封じていたのだ。前世を映す鏡を使用する関係で、魔法具は使えるようにしていたのが仇となってしまった。


「クソッ!」


 一向に動く気配がない騎士達を見限ったフェリクスは、自らアレクシスの元へと駆け寄った。


次話は日曜の夜の更新となります。

来週中には完結したいなぁと思っております。

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