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109 王都魔女7


「キャー!」

「魔獣だー!」


 窓側にいた貴族達の叫び声とともに、会場内へ一匹の鳥型魔獣が押し入ってきたのだ。

 その魔獣は、一直線にとある方向へと突撃しようとしている。

 その先にいる人物が誰であるか気づいたリズは、慌てて駆けだした。


「アレクシス!!」


 剣さえあれば、アレクシスやバルリング兄弟によって魔獣と対峙することができたであろうが、会場内は剣の持ち込みが禁止されている。


 そのことを、この一瞬でリズが思い出して駆けだしたわけではない。

 前世の死因がそうであったように、目の前で危険に晒されている大切な者がいれば、反射的にかばってしまうのがリズの性格だ。


「リズ! 来るな!」


 リズの叫び声で気が付いたアレクシスが、必死な表情でリズに止まるよう叫び返したが、リズの動きを止めることはできない。

 リズはひたすらアレクシスをかばいたい一心で、彼の胸に飛び込んだ。


 アレクシスに抱きついた勢いで、彼を床へと押し倒したリズ。

 そのままの状態で、魔獣の攻撃に対して身構えた。


 しかし、魔獣の断末魔のような鳴き声とともに、辺りはシンっと静まりかえる。

 一向に衝撃が与えられないので、リズは固く閉ざしていた瞳を薄っすら開いてみた。


(あ…………あれ?)


 とりあえずアレクシスは、無事のようだ。

 彼の顔を真っ先に確認したリズは、痛みは感じていない様子の彼にホッとする。

 けれどアレクシスはどこかを凝視しており、目を見開いて驚いているのだ。誰かが魔獣を倒してくれたのだとしても、それほど驚くとは思えない。


「…………リズ。これは……?」


 リズの顔も見ずに、アレクシスはそう呟いた。


「…………えっ?」


 何がだろうと思いながら、リズもアレクシスの視線の先へ振り返ってみる。


「えっ……。なにこれ……?」


 目に映ったのは、透明のドームのようなもの。

 無数の六角形の膜で形成されているようで、うっすら光を帯びていることで、それがドームだと認識できる。

 そのドームはリズとアレクシスだけではなく、バルリング兄弟やエディットまですっぽりと覆っていた。


「魔獣は……?」


 再びリズが質問すると、アレクシスは呆けた顔で「それに触れた瞬間、掻き消えたよ……」と呟いた。


(魔獣を消し去れるドームって、まさか……)


 公宮図書館で借りた本の中に、これと似たような現象が記載されていた。そしてリズが借りた本は『鏡の中の聖女』しかない。

 それを口にしようとした瞬間、周りの貴族から声が上がった。


「聖女だ! 聖女の力が発現したんだ!」

「リゼット殿下は紛れもなく、聖女の魂をお持ちなのだわ!」


(ウソ……でしょ……)


 聖女の力はどの世でも必ず発現するものではないし、ましてやリズに聖女の力が発現するはずがない。前世で読んだ小説は、そのようなストーリーではなかったのだから。


 信じられない気持ちでリズは立ち上がろうとした。

 しかし膝立ちになった瞬間、ぐらりと視界が揺れる。


 起き上がっていられないほどの眩暈に襲われたリズは、アレクシスの胸に崩れ落ちた。





 リズが目を覚ますと初めに視界に映ったのは、不安で泣きそうな顔をしているアレクシスだった。


「リズ……! 良かった……」


 ベッドに覆い被さるようにして、彼は抱きついてくる。

 これだけ心配させたからには、リズは何か大きなことをしでかしてしまったようだ。


(えっと……。私どうしていたんだっけ……)


 目覚める前の記憶を一生懸命に思い出すと、宴で魔獣に襲われたのだと思い出した。


「……私、倒れちゃったのかな?」


 今でも視界が揺れている感覚があるし、気分も良いとは言えない。

 アレクシスは身体を起こすと、リズの頬や額に触れながらうなずいた。


「リズは、体内に流れ込んできた神聖力に耐え切れなかったみたいなんだ。そうなんですよね?」


 アレクシスはそう言いながら、ベッドの脇へと視線を移した。そこにいたのは、神官の服装をした老人と、フェリクスだった。そのさらに後ろには、エディットやバルリング兄弟、リズの侍女達も心配そうに成り行きを見守っていた。


「さようでございます。なにせ聖女様がお力を発現させたのは、四世前でございますので、資料不足ではございますが……」


 神官はぺらぺらと本をめくりながら、状況を説明し始めた。それによると、リズの体内には今、魔力と神聖力が混在している状況なのだとか。


 神聖力とは聖女が使う際に必要な力で、魔女が使う魔力と同じ意味合いのもの。本来は魔力と神聖力は混在しないが、リズは魔女の状態で力が発現してしまったので、二つの力が反発し合っている状況だという。


「神聖力と魔力が混在した例は十世前のことでして、伝承によりますと王太子殿下がお治しになったとか……」


 神官がお伺を立てるようにフェリクスへと視線を向けると、彼はうなずいてからリズの手首に触れる。

 すると温かな感覚とともに揺れていた視界が安定し、身体もすっきりとした気分になる。


「……ありがとうございます、フェリクス。気分が良くなりました」

「神聖力に慣れるまでは一日に数回、俺が体内のバランスを調整する必要がある」

「そうですか……」

「案ずるな。俺の傍にさえいれば、そなたは安全だ」


 フェリクスはそれだけ言うと、エディットの腰を抱いて扉へと向かった。それから思い出したように彼は、リズのほうへと振り返る。


「こうなってしまったからには急ぎ婚約式を済ませ、国民へ聖女の帰還を伝えねば。明日、おこなう予定なのでそのつもりで」




 それからアレクシスは「リズを休ませたい」と言って、他の者達も部屋から退出させた。

 静まりかえる部屋の中で二人きり。

 我慢する必要がなくなったリズは、一気に感情が吹き出たように涙を流し始めた。


「リズ、泣かないで。大丈夫だから」

「で……でも。私が、聖女の魂だと証明されちゃったんだよ……。婚約式で鏡に映らなくても、婚約破棄できないよ……」


 この世界で聖女の力を発現させることができるのは、聖女の魂を持つ者たった一人だけ。

 前世でフェリクスと結婚しなかったという事実があっても、もう逃れることはできない。なぜなら王太子フェリクスの伴侶は聖女の魂を持つ者と、法律で決められているのだから。


 フェリクスのことをよく知る前のリズならば、火あぶりにならず、推しとも結婚できることに喜びを感じていたかもしれないが、今は違う。

 彼の残念な部分をたくさん目にしてしまったし、アレクシスへの気持ちが大きくなってしまった。


(アレクシスとは、結婚できないんだ……)


 そう思うと、涙がとめどなく溢れてくる。


「リズ。お願いだから、泣き止んで。あいつのせいで、リズが涙を流す必要なんてないんだよ」

「……アレクシスは悲しくないの? 私達はもう……」


 遠回しな約束しかできなかったが、リズはしっかりとアレクシスとの間に特別な感情があると信じている。

 それなのに彼は、未来に対して悲しんでいる様子が見られない。


 アレクシスはリズの頭をなでながら、額や頬にキスを落としては、優しく微笑んでくれる。全力であやされている気がして、リズはいつの間にか涙が止まってしまった。


「僕達が描いている未来を、あいつなんかに邪魔はさせない。リズは最後まで、僕を信じてくれる?」


(アレクシスはまだ、諦めていないんだ……)


 この状況でまだ、彼には勝算があるようだ。アレクシスに贈ったカフスボタンが、頼もし気にキラリと光った。


「アレクシスが頑張ってくれる限り、私も諦めない」

「うん。リズは、ひたすら僕だけを信じて」


 絶対的に信頼を寄せているアレクシスにそう言われてしまえば、リズは無条件にうなずいてしまう。


「アレクシスだけを、信じるよ。……大好き」


 けれど相手は、あのフェリクスだ。卑怯な手で無理やり二人の仲を引き裂くかもしれない。

 悔いが残らないよう、リズは言える時に気持ちを伝えておきたいと思った。


「僕も、リズが大好きだよ」


 リズの頬に触れなが、愛おしそうに微笑んだアレクシスは、今まで触れることがなかったリズの唇へと唇を触れ合わせた。

 嫌なことを全てを忘れてしまえそうなほどの甘い口づけ。

 リズはアレクシスとの明るい未来だけを願って、ひたすら彼を受け入れた。

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