106 王都魔女4
「どうしましたか……? 王女殿下」
「あの……私……」
なぜかエディットは、物凄く思いつめている様子。握られた手がわずかに震えている。
どうやらフェリクス達がいる場では話せない内容なので、リズをここへと連れ出したようだ。
「とりあえず、座りましょう。お茶も用意されていますし」
ソファへとエディットを座らせ、リズも隣へと座る。それから、用意されていたお茶をエディットに手渡した。彼女はそれをちょびちょび口に含んでから、ほぅっと息を吐いた。
「申し訳ありません……。私が公女殿下に、優しくしていただく資格などありませんのに……」
「なぜそんなことをおっしゃるんですか? 私達、少しは仲良くなったと思っていましたけど?」
フェリクスがエディットを独占していたので、彼女と話す機会はそれほど多くはなかったけれど、新たなヒロインと思える彼女に、リズは親近感を持っていた。
「私も公女殿下とは、もっと仲良くなりたいと思っていましたわ。けれど私は……。公女殿下と公子殿下を、裏切ってしまいました……」
「え…………」
自分達に関することと言えば、リズの婚約破棄に関する問題しかない。
リズは、サーっと血の気が引く感覚を味わいながら、エディットの両肩に掴みかかった。
「もしかしてフェリクスに、婚約破棄できることを話したんですか!」
「…………はい」
「そんな……」
「母国の事情を盾に、脅されて……。本当に申し訳ございません!」
すすり泣き始めるエディットの肩を、リズは力が抜けたように話した。そのような事情なら、怒るに怒れない。
(フェリクスは私の前世を聞いて、どう思ったんだろう?)
先ほどのやり取りを見る限りでは、リズを悪く思っているようには見えなかった。フェリクスならば前世を映す鏡を見ずとも、リズの魂が聖女のものだとわかるのだろうか。
それとも、騙した相手を呼び寄せて制裁を与えるために、素知らぬふりをしていたのか。
火あぶりエンドは、回避できていなかったのかもしれない。リズは恐ろしくなる。
「フェリクス様は今、婚約式の準備をしておりますわ……。きっと公女殿下の魔法を妨害してくるでしょうから、どうか今は公国へお戻りください。その間に彼のお気持ちをこちらへ向けられるよう、努力しますから!」
(えっ……。私の魔法って? フェリクスが妨害するって、どういう意味?)
アレクシスは彼女に、どのような説明をしたのか。リズは何も聞いていない。
「あの……。アレクシスがそう説明したんですか?」
「公子殿下は私に『婚約は無効となる予定』としか、おっしゃいませんでしたわ。ですがその場にいた従者の方が『魔女は、そのようなことまでできるのですか』と感心していたので……。魔法で婚約破棄できるという意味ですよね?」
どうやら従者の勘違いを、エディットはそのまま受け取ったようだ。
リズは内心ホッとしつつも、これは顔には出してはいけないと表情を引き締める。
「そうでしたか。後でアレクシスと相談してみますね」
「はい……。よろしくお願いいたしますわ」
エディットはハンカチを取り出して涙を拭いたが、不安でいっぱいの様子。それでもアレクシスと相談すると聞いて涙は止まったようなので、彼女にとってもアレクシスは頼れる存在のようだ。
今はこれ以上の話をすべきではない。下手にヒントを与えてしまえば、またフェリクスに情報が洩れるかもしれない。
リズは気分を変えるように、勢いよくソファから立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ試着に戻りましょうか。みんなに悟られないよう、思いっきり楽しみましょう」
にこりとリズが微笑むと、エディットは困惑の色を見せる。
「公女殿下は、この先が不安ではないのですか?」
今の話はエディットの勘違いとはいえ、フェリクスは気まぐれで突拍子もない策を講じてくるような人だ。
無事に婚約破棄できるのかリズもずっと不安には感じてきたが、それでも思いつめることなくこれまで生活してこられたのは、アレクシスの存在が大きいからだ。
「アレクシスがいれば、何とかしてもらえるかなーって。王女殿下もそう思いません?」
呑気な雰囲気でそう尋ねると、エディットも少しだけ笑みをこぼす。
「ふふ。そうですわね。公子殿下にお任せすれば、全てが上手くいく気がしますわ」
「そうでしょう。ですから私達は、知らないフリをして楽しんでいましょう」
それからドレスの試着を再開した二人は、着替えてはアレクシスとフェリクスに披露しての繰り返しをして、各三着にまで候補を絞った。
「公女殿下のドレスは、どちらがお似合いだと思いますか?」
最後にエディットがそう尋ねると、二人はそれぞれに好みのドレスを指さす。
「僕は、このドレスが良いと思うな。妖精みたいで可愛かったよ」
「俺は、このドレスが良いと思う。妖精のようで愛らしかった」
奇しくもアレクシスとフェリクスが選んだのは、同じ若葉色のドレス。お互いに指さしてから、嫌そうな表情を浮かべた。
(ハハ……。二人って、好みが一緒だもんね)
また揉める前に早く試着室に避難しようとしたリズは、ふと戻る途中でショーケースの中のものが気になった。
「わぁ……。これ綺麗……」
「こちらは、タンザナイトのカフスボタンでございます」
店員がショーケースから出してくれたので、リズは手に取ってそれを眺めてみた。青く輝いていて、とても綺麗だ。
「タンザナイトは、見る角度や灯りによって色が変化するのが特徴でございますよ」
「本当だぁ……」
青いタンザナイトだと思っていたのが、角度を変えると紫に見える。
その色合いで真っ先に思い浮かべたのは、リズとアレクシスの瞳の色。
(これ、私とアレクシスみたい……!)
これほど二人に似合う宝石があるだろうか。
これを是非とも、アレクシスにプレゼントしたい。そう思ったリズは、ちらりと彼のほうへと振り返った。
幸いアレクシスとフェリクスは、若葉色のドレスの良さについてどちらが理解しているかで、議論を繰り広げているようだ。エディットは逃げ遅れたのか、一生懸命に二人をなだめている。
誰にも見られていないことに安心したリズは、小声で店員に話しかけた。
「これ買います。こっそり試着室まで持ってきてください」