105 王都魔女3
(えっ! なんでフェリクスがここに?)
彼の背後ではカルステンが申し訳なさそうな顔をしているのが見える。いくら公国の騎士団長と言えども、建国の大魔術師を止めることはできなかったようだ。
思わぬ人の登場に驚きながらも、リズはしっかりとシャーベットに入っていたリンゴの果肉を味わい、ごくりと飲み込んでから口を開いた。
「フェリクスも、お食事にきたんですか?」
「違う。公家の者達がこの通りを歩いていると、報告があったんだ。いつまでも到着しないと思っていたら、このような場所で道草を食っていたとはな」
(さっきのはやっぱり目立ちすぎだったみたい……)
悪党に狙われずに済んだのは良かったが、それより厄介な者を引き寄せてしまったようだ。
「皆様ごきげんよう。お食事中に申し訳ありません。一応、お止めしたのですが……」
フェリクスの後ろからひょっこり顔を出したのは、エディットだ。
(あれ……? 王女殿下って国へ帰ったんじゃなかったの?)
「俺が邪魔をしたように言うな、エディット。そもそもリゼットは俺の婚約者だ。俺を差し置いて兄との時間を優先するのはおかしいだろう」
「ふふ。そうですわね。ですけど、ご兄妹の時間をお認めになる心の広さも、フェリクス様はお持ちだと思いますわ」
「別に、否定しているわけではない……」
(わぁ。王女殿下、すっかりフェリクスの扱いに慣れてるよ)
どうやらエディットは国へは帰らずに、ずっとフェリクスと一緒にいたようだ。公国にいた時よりも、二人の仲は親密に見える。
側室の件がでた際のエディットは動揺している様子だったが、この親密度を見る限りでは関係は良好なままのようだ。
「エディットも座りなよ。デザート食べるだろう?」
「わぁ。頂きますわ」
まだ手を付けていなかった皿をアレクシスが差し出すと、エディットは嬉しそうに彼の隣へと腰を下ろした。
必然的にフェリクスは、リズの隣へと座り込んだ。
「公子よ。俺の側室を、気安く名前で呼ばないでくれないか」
「まだ正式に決まったわけではないですよね。僕は往生際が悪いので」
(まだその設定、続いてるんだ)
アレクシスとフェリクスが言い合いを始めたので、リズは他人のフリをしながらデザートの続きを食べることにした。
するとエディットが、小声で「あの……公女殿下」と話しかけてきた。
「もしよろしければ、お食事が終わりましたら二人でブティックへ行きませんか?」
「ブティックですか?」
「今日の夜に、お二人を歓迎する宴が開かれるので、一緒にドレスを選びたいと思いまして」
「わぁ! 良いですね。行きたいです」
可愛いエディットと一緒に、きゃっきゃうふふしながらドレスを選ぶのは非常に楽しそうだ。リズがにこりとうなずくと、言い合いをしていた二人の声がぴたりと止んだ。
「僕も一緒に行くよ。リズには最高に可愛いドレスを選んであげたいから」
「俺も行くしかないな。公子が選ぶドレスでは、リゼットの品位が下がらないか心配だ」
(あれ……。どうしてそうなっちゃうの……)
エディットの案内で向かったブティックは、公国では見たことがないデザインのドレスばかりが展示されていた。
ここでも田舎者気分できょろきょろ物珍し気に眺めていたリズは、どのドレスにしようかなと考え始めたが。
エディットは店員にこう述べた。
「夜会用のドレスを、一通り試着しますわ」
「へ? 一通り?」
「どうかなさいまして? 公女殿下」
無垢な表情で首を傾げられたので、リズはぶるぶると首を左右に振った。
「可愛いドレスばかりですもんね。たくさん試着しなきゃ……」
「こちらで気に入ったものがなければ、他のお店へも行ってみましょう」
(アレクシスがおかしいのかと思っていたけれど、これが普通だったんだ……)
リズはアレクシスとの買い物を思い出しながら、しみじみとそう思った。
それでもアレクシスはリズが似合う色だけを試着させていたので、そちらのほうが良心的だったのかもしれない。
エディットに試着室へと連行されながら、今日は長くなりそうだ。とリズは悟った。
しかし、試着室へと入ったエディットは、着替えを手伝う店員たちを部屋の外へと出してしまった。
どうしたのだろう? とリズが思っていると、彼女は真剣な表情でリズの両手を掴んだ。
次話は日曜の夜の更新となります。





