103 王都魔女1
翌日。国境を超えるとすぐに、フェリクスが寄こした使者だという者達と出会った。
使者は荷馬車を伴っており、こんもりと膨らんでいるシートが取り払われると、リズは歓声を上げた。
「わぁ。魔花がこんなにいっぱい!」
「緊急にご必要とのことでしたので、国境までお持ちいたしました」
「ありがとうございます。すごく助かります!」
リズはうきうきしながら、魔花の状態を確認した。魔花は乾燥させて使うこともできるが、生花の状態のほうが魔力をより多く含んでいる。荷馬車に積まれている魔花はどれも、摘みたてのように生き生きとしていた。
(もしかして、フェリクスが自ら採取してきてくれたのかな)
それでなければこの量を新鮮な状態で、しかもこの短期間で採取するのは難しい。
強引な招待を受けた気分ではあったが、彼も彼なりに公国を助けようとしてくれているようだ。
これだけあれば当分の間は、公国中に薬を行き渡らせることができる。例え魔力の減少期が長引いたとしても、その間に公国内でも採取をがんばれば持ちこたえられそうだ。
「それから、王太子殿下からの手紙をお預かりしております」
使者に手渡された手紙を、なんだろう? と思いながらリズは開けてみた。
そこには短く『誠意は見せた。早く来い』との文字が。
「ハハ……。待ちきれない子供みたい……」
リズの横から手紙を覗いたアレクシスは、面倒そうにため息をつく。
「馬鹿馬鹿しい。密偵をここで返して、公国へ戻っても良いんじゃない?」
「そうですね。書類の取り交わしが必要でしたら俺が済ませてきますので、お二人は先にお戻りください」
「ローラント頼む。俺はお二人を公国まで護衛しよう」
アレクシスの言葉に続いて、ローラントとカルステンもさっさと役割分担を決めてしまう。リズは慌ててアレクシスに囁いた。
「待ってよアレクシス! 私はお鍋の対価を払ってしまいたいんだけど」
「公式の書簡には、リズが魔花を受け取るようにと指示されていただけだろう。ここで受け取ったんだから、義理は果たしはずだけれど?」
アレクシスの言い分は正しい。リズへの非公式な手紙にも、リズが直接受け取ることと、密偵を返してほしいとしか書かれていなかった。
しかし今受け取った手紙には、リズがフェリクスの元を訪れることを望んでいる。リズが対価を清算したいと思っていることを察して、フェリクスも強制はしていないのだろう。
「お鍋の対価ってなんですか?」
ローラントは、リズとアレクシスのやり取りが聞こえていたようだ。
アレクシスから説明を受けると、ローラントは疲れたようにがくりと肩を落とした。
「アレクシス殿下……、俺は悟りました。リゼット殿下と兄上を、二人だけで行動させてはいけません」
(うっ。トラブルメーカーだと思われてる……)
しかし思い出してみると、リズのトラブルはカルステンと一緒の時が多い気が。
リズは、まさかと思いながら彼に視線を向けて見る。カルステンもまた同じことを思っていたのか、バツの悪そうな顔でリズを見つめた。
結局、今回で対価を清算したほうが得策だというリズの案が採用され。荷馬車だけを公国へと向かわせたリズ達は、三日ほどかけてドルレーツ王国の王都までやってきた。
「すごい……。めちゃくちゃ大きい……!」
馬車の中から王都の姿を目にしたリズは、感嘆の声を上げた。
王都の建物大きさやその数に圧倒されたリズだが、それらの建物を飛び越えて遠くからでもはっきりと見える王宮の巨大さにも驚いた。
小説の挿絵でも、ヒロインが驚く表情とともに王宮の絵が掲載されていたが、迫力は実物のほうが何倍も上だ。
「リズは、王都は初めて?」
隣から声を掛けるアレクシスに、リズは振り向いてうなずいた。
「うん。ここまでほうきに乗って来るのは大変だし。アレクシスは何度も来たことがあるんだよね?」
「アカデミーが王都だったからね。せっかくだから王宮へ入る前に、見学がてら食事でもしようか」
「わぁ! あっ……でも、フェリクスが待ちくたびれていないかな?」
王都を見学したいという気持ちはあるが、ここまで来るだけでも三日かかっている。
「僕達のデートをぶち壊したやつの心配なんか、する必要ないだろう?」
アレクシスの意見に、リズは少し驚いた。
デートが中止になったことはリズだけが残念に思っていたのかと思えば、彼も根に持つほどに同じ気持ちだったようだ。
「ふふ。それもそうだね」
今は、少しでも早くデート気分を味わいたい。これが、二人の共通の願いだ。
馬車を降りたリズは、その通りの雰囲気に圧倒されていた。
公国では、貴族向けの店も庶民向けの店もごちゃまぜに点在しているが、ここは完全に貴族専用通りと言っても過言ではないほど、格式が高そうな店ばかりが立ち並んでいる。
(なんか、田舎から出てきた気分……)
通りを歩いている人々も身なりが良く、しかもオシャレな服装の人ばかり。公宮の暮らしになれたリズではあるが、少し緊張する。
リズが一歩後ろへ下がると、メルヒオールの柄がリズの背中にあたった。彼はリズの後ろに隠れていたようだ。
普段のメルヒオールなら物珍しいものには興味を示すが、リズと同じで緊張しているのだろうか。
そう思いながら振り返ると、相棒が震えているのに気がつく。メルヒオールが何に対して震えているのか、リズは瞬時に察した。
ここは、魔女も市民権を得つつある公国ではない。久しく忘れていた魔女を蔑む視線が、そこかしこから向けられている。
未だに魔女を忌み嫌っている者しかいない場所であることを、リズは改めて思い知らされた。
そして今は、魔女の恰好をしていないリズではなく、魔女の象徴であるほうきのメルヒオールが標的となっているのだ。
「……アレクシス。やっぱり真っ直ぐに王宮へ行こう」
相棒に向けられている突き刺さる視線から隠すように、リズはメルヒオールを抱きしめながらそう提案した。
アレクシスも表情が硬くなる。この状況を即座に理解したようだ。
しかし彼はすぐに表情を緩めて、リズとメルヒオールへと笑みを浮かべた。
「僕はベルーリルム公国の第二公子アレクシスで、リゼットは第一公女であり聖女の魂を持つ者だ。この通りを利用して、問題などないだろう?」
突然、自己紹介みたいな発言をするので、リズは首をかしげた。
けれどアレクシスが大きな声でそう言うものだから、辺りにいた者達は気まずそうにこの場を去って行くではないか。
一瞬、何が起こっているのかわからなかったリズは、それをぽかんと見つめた。
(あ……。けん制してくれたんだ……)
そして状況を理解してからこみ上げてくる、なんとも言えない爽快感。メルヒオールも同じ気持ちなのか、穂先を激しくフリフリさせている。
「ふふふ。ありがとうアレクシス。嫌な視線が消えてすっきりした」
「どういたしまして。リズとメルヒオールのためなら、いくらでも声を上げ続けていられるよ」
この兄ならば、本当にやってくれそうだ。もしかしてレストランへ到着するまで、ずっと同じことを繰り返すつもりなのだろうか。
リズがそう思っていると、「その必要はございませんよ」とローラントが声をかけてきた。
彼に視線を向けてみると、ローラントはすっぽりと身を包んでいたマントを背中へと追いやった。すると、公国近衛騎士団の制服が姿を現す。





