100 魔法薬と魔女6
『大好きだよ。リズ』
この言葉ばかりが頭の中をループしていたリズは、会議室の扉が大きく開き、拍手で迎えられたところでやっと我に返った。
(わぁ……。めちゃくちゃ歓迎されている……!)
貴族達の多くは笑顔で立ち上がり、拍手でリズとアレクシスを迎えてくれている。もっとギスギスした状況をイメージしていたリズは、拍子抜けしながら辺りを見回した。
楕円状に設けられた席の上座に公王がおり、公王を囲むようにして貴族達の席がある。ヘルマン伯爵と目が合うと、彼はにこやかにリズ達の元へと歩み寄ってきた。
「さぁ、陛下もお待ちかねです。どうぞお席へ」
彼に案内され会議室の中を進むと、公王の隣に空いている席が二つある。どうやらそこが、リズとアレクシスの席のようだ。
「父上、リゼットを連れて参りました」
「うむ。ご苦労だったなアレクシス。二人ともこちらへ座りなさい」
公王に促られて席につくと、公王がリズに身体を向けた。
「まずは礼を言わねばならない。魔女がこの病をいち早く発見し、薬の配布を始めているそうだな。我々だけでは原因の特定だけでも、莫大な時間を割かなければならなかった。後日、改めて礼をするつもりではあるが、今はそなたが代表して受け取ってくれ。国を代表して感謝する」
優しい笑みで公王に感謝され、リズは身体がムズムズする感覚を覚えた。魔女に対して公王が、これほど気遣う言葉をかけてくれるとは思わなかった。
(今は一応、私のお父さんなんだよね…)
生まれた時から父親がいなかったリズにとって、父親は未知の存在。前世の記憶にある父親はぼんやりとしか思い出せないが、今の公王のように温かな眼差しを向けてくれていた気がする。
「必ず魔女達に伝えます……お父様」
初めて使う『父』を呼ぶ言葉に照れながらもリズが微笑むと、貴族からも拍手が起きた。
公王は大きくて温かな手でリズの頭をぎこちなくなでると、拍手に紛れる小さな声で囁く。
「この場が辛ければ、代弁してやろうか?」
先ほどのアレクシスと同じことを言うので、リズは思わず笑みをこぼした。
「アレクシスお兄様にもそう言われましたが、私は大丈夫です」
「おお、そうだったのか。リゼットの世話はアレクシスに任せなければ、後が怖いな」
リズとアレクシスの関係を、公王は嬉しそうに受け止めている様子。
再びぽんぽんとリズの頭をなでた公王は、「息子を頼む」と囁いてから身体を前方へと戻した。
(アレクシスを頼む?)
むしろ、リズが一方的にお世話になっている状態だ。とリズは首を傾げる。
そんなリズへ、アレクシスが耳元で囁いてきた。
「父上と今、何を話したの?」
「ふふ。アレクシスが二人になった気分だったよ」
「それ、どういう意味?」
「過保護なところが、そっくりだと思って」
アレクシスは、なんともいえない微妙な表情を浮かべる。家族仲の良くないアレクシスにとっては、不本意なのかもしれない。
けれど、双方が歩み寄る余地はまだあるのではとリズは考える。少なくとも公王のほうは、アレクシスを大切に思っているようだ。
会議が再会されるとリズは、魔力の減少期や魔花の特徴についての説明を、貴族達に話して聞かせた。
ヘルマン伯爵が事前に根回ししてくれていたのか、リズを悪く言う者もおらず、会議は滞りなく進んでいる。
「今は魔力不足の患者と他の病の患者が混在しているでしょうから、魔法薬の配布拠点を病院に移し、医師に診断させたほうが良さそうですな」
「患者を増やさないためにも、魔力の減少期が収束するまでは極力魔法具の使用を控えるよう、国民にお触れを出しましょう」
「重症者は、ドルレーツ王国へ避難させたらいかがでしょう。ドルレーツ側の国境沿いに当家の別邸がございますので、すぐにでも受け入れ準備を整えさせます」
貴族達から次々に案が出てくるので、リズは驚きながらそれを見守った。リズと魔女達だけでは到底できない対策に関心しつつ、リズの話を信じてくれているのがとても嬉しい。
(あとは魔花さえ調達できれば、なんとかなりそう)
少し安心しつつリズがそう思った時。バタン! っと大きな音を立てて、会議室の扉を開ける者がいた。
「公王陛下! ドルレーツ王国から緊急の書簡が届きました!」





