99 魔法薬と魔女5
「公子殿下、こちらまでご足労いただき申し訳ございません」
「構わないよ。それより報告は聞いたけれど……、対処できそう?」
「今のところ、見つけられた魔花は一本だけです……」
すぐに真面目な雰囲気に戻ったカルステンは、先ほど見つけた一本をアレクシスへと手渡した。
「あの……アレクシス。国境付近まで行けば、まだ咲いているかもしれないから行きたいの」
「国境へ?」
リズはこくりとうなずくと、魔花の特性や魔力の減少期についての説明をした。
「その理由なら、国境付近は無事かもしれないね。けれど、それは他の者に馬で行かせよう」
「でも、私が行ったほうが早いよ?」
「そうだけれど、リズも魔力の減少期の影響は少なからず受けるんだろう? 大切な人には無理をさせたくない」
優しい瞳をリズに向けたアレクシスは、丁寧な仕草でリズの頭をなでた。
(今……、大切な人って言った?)
リズは再び顔の熱を感じて、それを隠すようにうなずきながら下を向く。『妹』と言われなかっただけで、これほど嬉しい気持ちになるとは。自分自身でも考えていなかった。
「それにリズには、できれば会議に出席してほしいんだ」
「会議?」
公宮では現在、謎の病に関する緊急の会議が開かれている。しかしこの病を知る者が貴族の中にはおらず、公女であり魔女でもあるリズの意見を聞こうということになったようだ。
(そっか……。私はもう公女だから、誰でもできるような仕事はお任せして、公女としての役目を果たさなければならないんだ)
他の魔女では、公宮でおこなわれる会議には出席させてもらえない。公女であるリズだからこそ、魔力の減少期について説明することができるのだ。
「無理そうなら、僕が代弁するよ?」と心配そうに見つめるアレクシスに対しては、リズは笑顔で首を左右に振った。
「ううん。私、やってみるよ」
アレクシスと急ぎ第二公子宮殿へと戻ったリズは、会議に出席するに相応しいドレスへと着替えてから本宮へと向かった。
(はぁ……。結局、お土産のワンピースは脱いでしまったし、今日のデートも中止だよね……)
そのような不満を言っている場合ではないことは重々承知しているが、すごく楽しみだっただけにリズの落胆は大きい。
「リズ、緊張している?」
隣を歩いているアレクシスに顔を覗き込まれて、リズは慌てて笑顔を作る。彼はリズの落胆を、緊張と捉えたようだ。
「緊張というよりは、私の話を信じてもらえるか少し心配」
「大丈夫だよ。リズの味方は、リズが思っているより多いようだよ」
「え?」
意味がわからず聞き返すリズに、アレクシスは懐から紙を一枚取り出してリズへと渡す。受け取ったリズは、なんだろう? と思いながらその紙を開いてみた。
「これは……、貴族の名前?」
その紙は貴族のリストのようだ。リズは当然、知らない人達ばかりだがその中に二人だけ、ヘルマン伯爵と夫人の名前だけ目に留まった。
「それは今朝見せた手紙の中で、リズを支持すると表明してくれた貴族のリストだよ。もちろん、リストの作成はローラントに任せたから安心して」
(ローラントはお疲れみたいだったのに、手紙の仕分けまでさせられちゃったんだ……)
リズのわがままで、ローラントに負担がかかってしまったようだ。後で差し入れでも持っていこうと、リズは心に決める。
「それにしても宴の件だけで、私を支持してくれる人がこんなに増えちゃうの?」
いくらフェリクスの態度に不満をつのらせ、リズを不憫に思ったからといって、急に支持までしてくれるだろうか?
「普通はしてくれないだろうね。おそらくヘルマン伯爵が手を回したんだと思う」
「ヘルマン伯爵って、まだ幽閉塔にいるんじゃ?」
彼は数日前に、第二公子宮殿の放火犯が自害する場面を、目撃していたはず。
それについてはアレクシス曰く、リズのおかげで夫人の無実が証明されたことに、伯爵は大変感謝し。リズのために働きたいと申し出たらしい。そろそろ出しても良い頃合いでもあったので、伯爵を幽閉塔から出したのだとか。
ちなみに夫人のほうは、別途リズを虐めたお仕置きが残っているため、もうしばらくは幽閉塔に滞在するようだ。
「貴族の筆頭は宰相だけれど、社交界を牛耳っているのはあの夫婦なんだ。あの夫婦に任せておけば、リズへの支持は盤石になるはずだよ」
アレクシスはにこりと微笑むと「なにせ貴族をまとめ上げて、僕を虐めていた二人だから」と付け加える。
「うわぁ……。めちゃくちゃ嫌だけど、説得力ありすぎる……」
「だろう?」
まるで他人事のように、アレクシスは陽気に笑う。リズはそんな兄の気持ちが、置き去りになっているのではと心配になる。リズとは違い、彼は何年にも渡り彼らに苦しめられてきたのだから。
「あの……。アレクシスはそれで良いの? 自分を虐めていた人達と組むのは、気分悪くない?」
「そうは思わないよ。すでにあの二人には僕達を侮辱した罪を償わせているし、リズが夫人を助けたおかげで、彼らは心から改心して自ら協力を申し出た。リズの行動が、彼らの気持ちを変えることができたんだよ。それってすごく、気分が良いだろう?」
アレクシスはリズの手を取り指を絡ませながら、にこりと微笑む。妹の功績が嬉しいようだ。
「私はただ、夫人の無実を晴らしてほしいって、フェリクスにお願いしただけだもん。それよりも、私達に対する貴族達の意識を変えさせたアレクシスのほうが、よほどすごいんだからね」
大前提にそれがなければ、リズがどのような善意を見せたところで、彼らは魔女を蔑むだけだったはず。王族への態度を改めさせ、魔女の気持ちを代弁してくれるアレクシスがいてこそ、今のリズの地位が保たれているのだ。
「ねぇ。リズ、覚えている?」
「え?」
急に立ち止まったアレクシスは、懐かしそうに歩いている回廊を見渡した。
(そういえばここって、アレクシスの首に公子の証を掛けた場所だ)
公子として自信の無かった彼は、ここでリズに公子の証を掛けてもらうことで、公子として堂々と振る舞うことを決意した。
「僕が自信をもって貴族と向き合うことができたのは、リズが自信をつけてくれたからだ。だからやっぱり、リズのおかげなんだよ」
くしゃりとはにかむように微笑んだアレクシスは、照れているのかわずかに頬が赤い気がする。
それから彼は身体を屈めてリズの耳元に顔を寄せると、護衛達に聞こえないような小さな声で囁いた。
「大好きだよ。リズ」
(……へ?)
リズの顔は爆発したように、一瞬で真っ赤になる。
今のは妹としてなのか、それとも女性としてなのか。もちろんそのような質問をできるはずもなく、リズは口をぱくぱくさせた。
アレクシスが旅立つ前なら普通に「私も大好き」と返せただろうが、今のリズにはとてもじゃないが気軽には返せない。
そんなリズの頭をよしよしとなでたアレクシスは、何事もなかったようにリズの手を引いて歩き出した。
なぜ国の一大事の時に限って、雪崩の如くアレクシスが積極的なのだろうか。
それすらリズの勘違いかもしれないが、それを確かめることもやはりリズにはできなかった。
次話は、日曜の夜の更新となります。





