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虚しさを走り抜けて  作者: 伊豆本 菫
2/2

渡瀬雄一郎

<渡瀬雄一郎>

昭和な人だな、と思った。

いつも紅梅のカウンターに一人座り、ウィスキーをロックで飲んでいた。

時々見るその横顔や背中にもの寂しさを感じた。

渡瀬雄一郎がたまに醸し出す寂しさ、切なさ、孤独に私はなんとなく興味を持った。

季節で言うと冬が似合う。海で言うと日本海が似合う。動物で言うと犬。

そんな人だった。


渡瀬はいつも令子さんを指名する。紅梅のママで、寺岡さんの実妹だ。

ものすごく美人で、年齢不詳。白い肌と切れ長の目、着物が似合う綺麗な人で私は一瞬で虜になった。

涼しげな見た目から想像がつかないほど、声が可愛くてしゃべると少し天然で。

この世界で生きていく覚悟と、長いキャリアに裏打ちされた芯の強さがあった。


渡瀬はいつも閉店の1時間くらい前に来店し、令子さんとウィスキーを飲む。

いつも最後の客だった。

閉店時間になり、お会計を済ませ他のホステスが最後のお見送りのためにドアの前にずらっと並ぶ。

「渡瀬さん今日もありがとうございました。」

十数名のホステスが一斉にお礼とお辞儀をする光景はなかなか圧巻で、渡瀬はいつも照れくさそうに帰っていく。

「すみません、みなさん、早く戻って戻って。令子さん、今日もありがとう。」

午前1時。渡瀬の背中を見送って、ホステスたちは一斉に帰り支度を始める。

「渡瀬さんて、昔から週に3,4回も来るんですか?」

私は可愛がってくれている先輩ホステスの良美さんに尋た。

「いや、ここ最近だよ。こんなに来るようになったのは。5月に会社を代替わりしていろいろたまってるんじゃない?いいお客さんだよ、ほんと。めんどくさくないし。」

ふふっと笑いながら答えてくれた。確かに渡瀬はいいお客さんだった。

令子さん以外のホステスがついてもお酒を飲ませてくれるし、お腹すいたと言えば何か頼んでくれる。お酒も強いからボトルはすぐに空いてしまう。支払いはいつも現金だ。


渡瀬は隣町で建設会社を経営していた。

2013年の5月に父親から社長を交代したばかりの二代目だ。

バーテンダーの徹さんとは地元が一緒で、よく徹さんのバーにも飲みに行っているらしい。

渡瀬はあまり自分のことを話したがらない。

何歳なのか、結婚はしているのか、子供はいるのか知っている人はあまり多くなかった。

特に知る必要もないが、私はあの寂しさは何だろうと気になっていた。


私はというと、紅梅でそこそこ売れっ子になっていた。

楽しくて仕方がなかった。若かったしそんなにがめつくしなかった。

その天真爛漫さがお客さんも楽だったのだろう。

久しぶりに渡瀬の席に着いた。

「渡瀬さんお久しぶりですー!覚えてますか?」

「おうおう、覚えてるよ。徹さんの時の子だよね。えっと、名前がごめんなさいなんだっけ?」

「あ、ひどーい。でも顔を覚えててくれただけで嬉しいです。舞です、舞。これでもう覚えたでしょ。」

「あーそうだった、そうだった。舞さんね。女の子の名前は覚えられなくてね。とりあえず飲みなよ。」

「ありがとうございます。杉山さん、グラスと炭酸ください。」

紅梅のボーイの杉山さんに声をかけ、私は渡瀬と乾杯した。

渡瀬は必ずホステスを全員さん付けで呼ぶ。丁寧な人だと好感をもった。

楽しく会話をし、グラスを飲み終えるころに寺岡さんが来た。

「舞さん、指名です。4番テーブルへ。渡瀬さん、次令子付けますんで。」

「はーい。呼ばれちゃった、残念。ちょっと仕事してくるね。渡瀬さんご馳走様。」

「こら、俺の席は仕事じゃないのか。ありがとう、またね。」


私の存在を覚えててくれたのが嬉しかった。

次に席に着くときには、渡瀬のことを聞こうと思った。

今日も、渡瀬は最後の客だった。





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