■86 集中砲火
「練習のお手伝い……ですか?」
俺は嫌な予感がしたので聞き返していた。
「あぁ、何。そんなに難しい事じゃないさ。ただ単に球拾いをして欲しいだけだからよ」
「……球拾いですか」
俺はまた無理難題を提示されるかと思っていたが、そうではないようで安堵する。
「分かりました。手伝いたいと思います。……あと、今回の問題は俺自身の問題でもあるので、手伝うのは俺だけでよろしいでしょうか?」
「そうだな……いや、会長も手伝ってくれると嬉しいんだが?」
「……え、会長も、ですか?」
「あぁ、そもそも会長がこういった場に出てくる事自体が珍しいんだ。運動している会長も拝んでおきたくてよ」
「あ、そうですか」
野球部キャプテンは単純に会長の運動姿を見たいだけだったようだ。
俺は会長に視線を向ける。
「……分かりました。ですが、この格好では少し動きづらいので体操服に着替えてもよろしいでしょうか?」
会長はスカートの端を持ちながら田崎キャプテンに申し出を行っていた。
「あぁ、構わねぇぞ。準備が出来たら声をかけてくれ」
それから会長は校舎の方へ消えていく。
「……ごめんな愛花、夕暮れまで付き合わせてしまって」
「いえいえ、気にしないでください! 兄さんの誤解を解くためなら、何時まででも付き合います!」
愛花は両手を握りしめて力説してくる。
健気すぎて抱きしめてよしよししたい衝動に駆られるが、グッと我慢する。
程なくして、体操服に着替えた会長が校舎から戻ってくる。
「お待たせ致しました」
「よし! それじゃ、ノックを始めるから皆は配置に着くように!」
それから田崎キャプテンはホームベースに立ち、大量のボールとバットを握りしめる。
「私は右側に来たボールを拾うので、山守さんは左側に飛んできたボールをお願い致します」
「了解です! 会長も無理しないように」
「えぇ」
俺と会長は軽く作戦会議を済ませた後、田崎キャプテンの大声が響き渡る。
「それじゃ、始めるぞー!」
「「オオオォォ!」」
他の野球部部員の掛け声に軽くビビっていると、球が無造作に飛んでくる。
「……すごいな、さすが野球部」
田崎キャプテンが打った球を次から次へとキャッチしていく野球部員達。
だが、時々取り逃す球を会長が拾い上げて、田崎キャプテンの方へと投げ返していた。
「……おっと!」
時々、俺の方に飛んでくる玉をキャッチして投げ返す。
それからしばらくノックが続いていった。
ノックが始まってしばらくたった頃、異変に気付く。
「……いくら何でも、会長の方へ打ちすぎじゃないか……?」
田崎キャプテンは会長がいる方へ集中的に球を打ち込んでおり、会長は肩で息をするぐらい疲弊していた。
「……会長、大丈夫ですか?」
心配になった俺は自分の守備範囲を抜け出し、会長の近くへと向かう。
「はぁ……はぁ……えぇ。問題ないわ」
「それならいいんですが……」
俺は会長と少し距離を開けて待機するが、田崎キャプテンは執拗に会長の方へ球を打ち込んでいた。
そんな時、会長はバランスを崩して転んでしまう。
「……キャっ!」
――ズサァ!
その場に倒れ込む会長だったが、田崎キャプテンはお構いなしに球を打ち続けている。
打ち込んだ球の一つが会長に向かっていく。
「くっ! 運動部ってのはこういうやつばかりなのかよ!」
『……神楽耶、いくぞ!』
『はい! 和樹君!』
神楽耶は俺にスッと入ってくると、思いっきり会長の方へと駆け出す。
地面を踏み込む瞬間、足に力を入れる事で想像を絶する脚力を発揮した俺は、ものすごい速さで会長に接近する。
「――会長! 危ない!!」
飛んで来たボールは勢いよく弾みながら転んだ会長の顔面へと近づいていく。
間に合うかギリギリの状態で俺は最後の力を足に振り絞り、思いっきり会長の方へ飛び込む。
「――間に合え!」
――パシュ!
会長の眼前で球を俺のグローブに収めた俺は、ジャンプの勢いが止まらず盛大に転んでしまう。
「痛てて……って会長! 大丈夫ですか!?」
俺が痛みを我慢しつつ、会長に近づく。
「あ、ありがとうございます。山守さん……でも、私の心配をするより、ご自身の心配をした方がいいですよ」
会長に言われて自身の体を見ると、至る所に擦り傷などが出来て血が滲んでいた。
「……あはは、これぐらい大丈夫ですよ!」
「ふふ……おかしな人ですね」
それからも会長をサポートしながら球拾いを続けていった。
すっかり暗くなった頃、田崎キャプテンの号令で部活動が終了を迎える。
「いやぁ、助かったよ2人とも! いつもはすぐ球がなくなってその都度、玉集めをしないといけなかったが、今日は集中してノックをすることが出来たよ!」
田崎キャプテンは屈託のない笑顔を俺達に向ける。
「……お陰様で傷だらけですけどね!」
俺は小言を言うと、田崎キャプテンは笑いながら俺の背中を何度も叩いてくる。
「フハハハ! いやぁ、なかなかのガッツだったぞ! あの物量に耐えるなんてな!」
「……あはは」
俺は乾いた笑いをしていると、愛花達が近づいてくる。
「お疲れ様です! 兄さん、はいこれ、タオルです!」
「あ、ありがとう愛花!」
俺がタオルで顔を拭いていると、会長も田崎キャプテンに近づいてくる。
「お疲れさまでした、慣れない事をすると体がいう事を聞きませんね」
「フハハ! 俺も普段見慣れない会長を見れて楽しかったぞ!」
……この人、無自覚で会長に球を多く打ってたな……!
俺はグッと我慢しつつ、会長に視線を向ける。
「……会長、今日は俺の為に野球部のお手伝いをして頂いてありがとうございます」
「いいんですよ。私も新鮮な気分を味わう事ができました。次回の野球部の部費に関しては一考させて頂きますね」
「おぉ! 会長! 頼むぞ、野球器具が増えたらその分練習の精度もあがるからな!」
それからも談笑をしつつ、部活を終えた俺達は野球部と向き合う。
「会長に、山守。今日は助かったよ! ありがとうな」
田崎キャプテンは改めて俺達にお礼を伝えてくる。
「いえ、それで田崎さん、今校内で広がっている噂話ですが――」
「あぁ、何かあったら野球部も協力するからな。何でも相談してくれ!」
会長の要望に元気よく答える田崎キャプテンは、俺の方に視線を向ける。
「山守、よくわからない噂話に惑わされるなよ。何かあればすぐに相談してくれ!」
「あ、ありがとうございます!」
屈託のない笑顔を浮かべる田崎キャプテンにお礼を伝えると、野球部は解散していった。
俺は1日の疲れがドッと襲ってきて、その場に座り込む。
「……ふぅ、疲れた」
「お疲れ様です、山守さん」
「お疲れ様です! 兄さん!」
会長や愛花が近寄ってきて俺を労ってくれる。
俺は他の部員に視線を向ける。
「……皆も付き合わせてごめんな」
「何を言っている和樹! そんな事を気にするな!」
「そうよ、私たちが望んで残ったんだもの」
「……そうですよ、和樹さん!」
「そうそう! 見てて楽しかったしね!」
「今日1日お疲れ様でした、師匠!」
「……ありがとう、みんな」
そして、芳樹おじさんも近づいてくる。
「お疲れ様、和樹君。見学させてもらったけど、なかなか面白い活動をしてるんだね」
「あはは……今回のはイレギュラーですけどね。それより、早く帰ってて愛花のご飯が食べたいです」
「はい! 今日は兄さんの為に美味しいご飯を作りますね!」
「あぁ、頼む」
何はともあれ、無事に野球部での活動を終えた俺達はつかの間の休息をとるのだった。
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