■75 愛花と介抱
愛花と一緒に自宅に戻った後、俺は呼吸を整える。
「それじゃ兄さん、着替えたらすぐ晩御飯作りますね! あと、兄さんの鞄はどうしましょう?」
愛花は疲れた様子を見せずに振り返って確認をしてくる。
「あぁ、鞄は俺の部屋に置いておいてくれ。俺はリビングで休んでるよ」
「わかりました!」
返事をした愛花は靴を脱いで2階へと駆け上っていく。
俺も靴を脱ぎ、リビングへと向かった。
「……よいしょっと」
俺はソファーに腰を落とした後、ソファーにだらしなく横になる。
「……うぅ、保健室で休んだだけじゃまだ足りないな……」
俺は溜まった疲労感を癒すように目を瞑る。
すると、いとも簡単に意識は遠のいていった。
…
……
………
「……いさ~ん! 兄さ~ん? 起きてくださ~い。ご飯できましたよ~」
ほっぺをツンツンされる感覚に気付き、俺は目を覚ます。
目を開けると、そこにはメイド服を着た愛花と美味しそうな料理の匂いが漂っていた。
「……あ、すまん。寝てたのか……」
「あ、いえ……こちらこそ気持ちよく寝ているところすいません。晩御飯の用意ができたの食べましょう兄さん!」
「わかった」
空腹感も限界にきていたので俺は勢いよく立ち上がり、テーブルへと移動する。
テーブルには牛肉たっぷりのハヤシライスが置かれており、野菜入りコンソメスープも添えられていた。
「あぁ……もう最高だな。早く食べよう!」
椅子に座った俺はスプーンを持てない事に気付き軽く絶望する。
「……愛花、スプーンが持てないんだが……」
「あ、そうでしたね! わかりました、私が食べさせてあげましょう」
愛花はハッと気づいた顔をした後、俺の傍に椅子を移動させて隣同士に座る。
「はい、兄さん。あ~ん」
愛花は俺のハヤシライスからスプーンで適量をすくった後、手を添えて俺にあ~んをしてくる。
最強に可愛い仕草に俺は軽く吹き出しそうになりながらも口を大きく開ける。
「……あ、あ~ん」
「はい、どうぞ」
――パクッ!
スプーンごと口で咥えこんだ後、ハヤシライスと牛肉の絶妙な味わいが口全体に広がる。
「んっ……んっ……」
――ゴクンッ!
俺は口の中に入ってきた食べ物をしっかりと味わった後に飲み込む。
「……うん、美味い!」
「ありがとうございます兄さん♪」
愛花は笑顔で返事を返してくる。
もう最強に可愛すぎて今日1日の疲れが全て吹き飛んでしまいそうな程だった。
「さ、どんどんいきましょー!」
それから愛花は自分の料理はそっちのけで俺にあ~んを繰り返していった。
ハヤシライスもコンソメスープの具材も全て食べ終わり、あとはコンソメスープのみとなった。
「ありがとう愛花、めちゃくちゃ美味かったよ!
「ありがとうございます!」
「……後はスープだけだからストローで飲んでおくよ」
「わかりました。それじゃストロー持って来ますね!」
愛花は席から立ち上がり、ストローを持って戻ってくる。
その後、ストローをコンソメスープに刺して俺に差し出してくる愛花。
「さ、どうぞ兄さん」
「ありがとう」
それからやっと愛花は自分の料理に手を付け始めた。
「……ごめんな愛花、料理冷めてないか?」
「問題ありません! 今日は私が兄さんのお世話をすると豊崎先輩にも宣言しましたし、気にしないでください!」
愛花は空いた手でガッツポーズをしてくる。
「そっか……ありがとう」
それから俺はコンソメスープを飲みながら食べ終えるまで愛花と談笑を楽しむ。
晩御飯を食べ終えた俺はいつもの習慣で片づけをしようと立ち上がる。
「……あ、そっか。洗い物できないじゃん」
「ふふ、今日は私がしておきますので、兄さんはソファーで寛いでいてください!」
「何から何まで悪いな」
「いえいえ!」
屈託のない笑顔を浮かべる愛花は食べ終わった食器を台所へ持って行った。
手持ち無沙汰になった俺は仕方なくソファーの方へ戻ることにした。
「……想像以上に不便だな」
俺はそう呟きながら天井を見上げる。
すると、視界に入る神楽耶が申し訳なさそうに俺を見つめていた。
『……すみません、和樹君。私が加減をしなかったばかりに』
『あ~……いや、神楽耶の責任じゃないよ、俺も全力で頼むってお願いしたし……しょうがないって』
『そうだとしても、せめて左手は使わない様にしておけばよかったです』
『まぁ……2人相手だったし、拳一つじゃ対応しきれなかったよ』
神楽耶は俺から痛覚を遮断した後、俺は戦闘の一連の流れをまるで格闘ゲームを目の前で見ているような感覚を味わっていた。
『不思議な感覚だったけど……愛花に心配かけない為にも、しばらくは今日みたいな無茶はやめとこうな』
『はい! 愛花ちゃんに心配かけちゃいけないですからね!』
俺は両手を動かそうと試した結果、右手は無理そうだったが、左手は少しだけ動かす事が出来そうな痛みだと気づく。
『……ん? 左手はちょっとだけ動かせそうだな』
『……そうですか!? おそらく、利き手じゃない分、威力も弱まっていたからだと思います』
『なるほど……。でもよかった、片方の手を動かせるだけでも全然違うからな』
『そうですね!』
それからも神楽耶とやり取りをしていると愛花が台所から戻ってくる。
「兄さーん。終わりました!」
「お! ありがとう愛花」
「……時間も遅いですし、すぐにお風呂沸かしちゃいますね」
「え……でも俺、この怪我じゃお風呂厳しいんじゃないか?」
俺はソファーから顔を起こして愛花に疑問を尋ねる。
「手は濡らさないようにすればいいと思いますよ。それに、今日は私が手伝ってあげますから!」
「……へ?」
愛花は意味深な事を言い残し、脱衣場の方へと消えていった。
お風呂の仕度が終わってリビングに戻ってきた後、俺は愛花に尋ねる。
「愛花、さっき手伝うって言ってたけど、愛花も一緒に風呂に入るって事だよな?」
「はい! でも安心してください。服は着ますし、背中や頭だけにしますから」
「……なるほどな、それじゃお願いしようかな」
程なくしてお湯が沸き、初めに入る事になった俺は愛花と脱衣所に移動する。
「それじゃ脱がしますね~」
「ちょっと待ってくれ!」
俺は手を伸ばしてくる愛花を静止させる。
「さっき確認したら左手は痛むが少し動かせることが分かった。だから服は自分で脱がせてくれ」
「……え、大丈夫なんですか?」
「あぁ、左手の包帯だけ解いてくれないか?」
「……わかりました」
そして愛花は俺の左手の包帯を解いていく。
すると、手の甲にある出っ張っているところが真赤に腫れていた。
「痛つつ……でも、なんとか動かせるな」
俺は何度か左手を動かしてみたが、我慢できる痛みだ。
「……よし、それじゃ脱ぐから愛花も一旦外に出ていてくれるか?」
「わかりました。後でお邪魔させてもらいますね!」
「あぁ」
すると愛花は脱衣所から出て行った。
『神楽耶もここで待機していてくれよ』
『わかりましたー!』
俺は痛む左手を労わりながらゆっくりと服を脱いでいく。
脱ぎ終わった後、お風呂場に移動して椅子に座る。
すると、愛花も脱衣場に入ってきて、衣服を脱いでいるような布のすれる音が聞こえてくる。
「愛花!? 何か脱いでないか!?」
「はい! この服のままじゃ動きづらいと思って」
「あ~……」
確かに、言われてみればメイド服じゃ風呂場は動きづらいだろう。
「それじゃ入りますねー」
「頼むー」
するとお風呂場の扉が開き、俺は恐る恐る振り返る。
そこには丈の長いのTシャツの愛花が立っていた。
「愛花!? な、なんだよその服装は」
「じゃじゃ~ん! これで濡れても大丈夫です! ……あ、ちなみに下着は履いているのでご心配なく」
「あ……そうですか」
「それじゃ背中洗いますので右手を万歳してくださーい」
「……ほい」
俺は前が見えないように前かがみになって右手をあげる。
それから愛花はボディタオルに石鹸で泡を立て始める。
「それじゃ洗いますね」
「おぅ」
ドキドキしながら俺は返答すると、愛花はゴシゴシと背中を洗い始まる。
「兄さんの背中も芳樹おじさんみたいに大きくなってきましたよね!」
「そうか? 俺より愛花の方が成長したと思うけどな」
「私……ですか?」
Tシャツで胸が強調されているのを鏡の反射で見てしまい、俺は慌てて煩悩に負けないように無の境地に思考を追いやる。
一通り、背中を洗い終えた後、愛花が質問してくる。
「……前も洗ってあげましょうか?」
「なっ!? 何言ってるんだよ愛花!」
「あはは! 冗談ですよ兄さん」
「……頼むから、心臓に悪い冗談はやめてくれ。前は俺がするよ」
俺は愛花からボディタオルを受け取って、前を左手を労わりながら手短に洗い終わる。
「……それじゃ次は頭を洗ってあげますね!」
「そうだな。お願いできるか?」
「は~い」
それからシャワーからお湯を出し、体に付いた泡を洗い落とす。
そしてシャンプーを適量手に取った後、髪を濡らして洗い始める。
「……お客様? 痒いところはないですか?」
「はは、いきなり何だよ愛花」
「あはは、一度やってみたかったんです!」
隅々までシャカシャカと洗ってくれる愛花の手が心地よく、しばらく夢中で愛花の手を感じていた。
「こんな感じですかね。……それじゃ流しますね」
「頼む」
暖かいお湯を頭から浴びてシャンプーを洗い流す。
その後、同様にリンスもしてくれる愛花。
「終わりです! あとはしっかり湯船に入って休んでくださいね!」
「……ありがとう愛花。助かったよ」
「いえいえ! それじゃ私リビングにいるので、上がったら教えてくださいね」
出ていこうとする愛花だったが――
「キャッ!」
俺は愛花の声を聞いてすぐに振り向くと、滑って俺の方に倒れてくる愛花が視界に入る。
このままだと、後頭部を地面にぶつけてしまう。
「愛花!」
――ガシッ!
俺は倒れる愛花を受け止める。
両手から痛みが走る。
「痛つつ……大丈夫か愛花?」
「……に、兄さん! 手を怪我しているのにすみません……。私、石鹸を踏んじゃったみたいで……」
抱きしめた愛花の体はシャワーで濡れてしまい、丈の長いTシャツ越しに下着が露になる。
「あはは……ずぶ濡れですね」
「……っっ!」
愛花の肌に張り付くシャツと丸見えの下着に視線が奪われるのをグッと我慢して俺は愛花に伝える。
「……風邪引かないようにタオルで拭かないとな」
「わかりました。ありがとうございます兄さん」
愛花は立ち上がると、急いで風呂場から出ていく。
俺は頭を左右に振って煩悩を打ち消し、湯船に入って疲れを癒す。
「……ふぅ……やばかった」
それからしばらく放心状態のまま湯船につかった。
風呂場から出た俺は、左手だけでなんとか服を着る。
その後、リビングにいる愛花に風呂から上がった事を伝える。
「それじゃ、次は私が入ってきますね」
愛花を見送った後、俺はソファーに横になり再び目を瞑り休むことにした。
…
……
………
「……で寝たら風邪を引きますよ~。にいさ~ん!」
俺は愛花の声で、目が覚める。
「……あがったか。ふぁ……もう時間も遅いし、部屋に戻るか……」
「はい。でも……寝る前に手の包帯を取り換えましょう」
「あぁ……そうだな」
俺は起き上がると、テーブルに救急箱が置かれている事に気付く。
「さ、兄さん。座ってください」
俺は言われるがまま椅子に座る。
それから愛花は右手の包帯を取り外す。
「……っ!」
俺の右手は手の甲がめくり上がり、紫色になって腫れていた。
……見るからに痛そうだが、当然ながらめちゃくちゃ痛い。
「……こんなになるまで」
愛花はそう言いながら消毒液をガーゼに染みこませ丁寧に消毒してくれる。
「……痛いですか?」
「あぁ……でも、大丈夫だ」
右手の消毒が済んだ後、丁寧に包帯で巻いてくれた。
その後、左手の消毒と包帯も丁寧に巻いてくれる愛花。
「……ありがとう愛花」
「いえいえ。……でも、兄さんが喧嘩に強いなんて知らなかったです」
「……火事場の馬鹿力ってやつだよ。俺も喧嘩したの初めてだし」
神楽耶のチラっとみながら俺は愛花に伝えた。
「……早く治ると良いですね」
「だな。……それじゃ今日はもう遅いし、寝るとするか」
「はい! 私はこの救急箱を戻してから寝るので、兄さん先に寝ててください」
「わかった。それじゃおやすみ愛花」
「はい! おやすみなさい兄さん!」
俺は愛花とお別れをして自室へと移動する。
自室に入った後、すぐにベットに飛び込み天井を見上げた。
「……ふぅ……今日はいろいろありすぎたな」
『……そうですね。今日はしっかり休んでくださいね和樹君!』
『あぁ、お言葉に甘えて寝るとするよ。……お休み神楽耶』
「はい! おやすみなさい和樹君」
神楽耶とやり取りを終えた後、俺は目を瞑り意識を手放した。
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