■74 安らぎの空間
俺は目を覚ますと見に覚えのない天井を見上げていた。
「え……和樹君!?」
俺が起きたことに気付いた恵は声をかけてくる。
「……ここは……保健室か」
体を起こしながら俺は保健室を見回す。
周りを確認すると、恵と眠っている愛花が傍にいた。
「和樹君っ!」
――ギュっ!
すると、恵は勢いよく俺に抱き着いてくる。
「わわっ!」
「……よかった……和樹君っ!」
恵は涙を流しながら喜んでいた。
俺は恵の胸がダイレクトに顔に押し付けられ動揺していたが、同時に両手から想像を絶する激痛が走る。
「痛だだっ!」
「あ! ……ごめんなさい!」
「うぅ……すまん恵、手がめちゃくちゃ痛い」
俺の両手を見ると包帯でグルグル巻きにされていた。
「……すごく痛そうだったから保健室の先生に消毒して包帯で巻いて貰っていたの」
「そうか……ありがとうな。……あ、あと恵、スマホ部室に落としてたぞ」
俺はそう恵に伝えながらポケットからスマホを手渡す。
「……どうりでスマホが見当たらないって思ったわ。あ、ありがとう和樹君……中って見た?」
「えっと……リサ達の脅迫写真と文章と……ロック画面の待ち受け画像を見たかな」
「……うぅっ!」
途端に赤くなる恵。
「えっと、別に設定するのは自由だけど、ロック画面以外にしてほしいなーって思ったり……」
「……えぇ、気を付けるわ」
恵は赤く頬を染めて俯いていると、眠っていた愛花も目を覚ます。
「……ん……あ! に、兄さん!? 起きたんですか?」
「……あぁ、心配かけてごめんな」
「よかっだでずー!」
――ギュっ!
愛花は半泣きで俺に抱き着いてくる。
「痛だだっ!」
「あぅ! ……すみません、兄さん」
「うぅ……すまん、手には触れないでくれ」
さっき恵とした事と同じような事を繰り返していると保健室に高橋先生が入ってくる。
「山守、起きたのね。事情は豊崎達から聞いてるわ」
「先生……あの、俺どれぐらい寝てたんですか?」
「3時間ちょっとよ。手……大丈夫かしら」
「あはは……大丈夫……ではないですね」
すると、高橋先生は申し訳ない顔をする。
「ごめんなさい……私の対応ミスでこんなことに」
「いえ! 先生の責任じゃないですよ」
「……森田先生に任せるんじゃなくて、私自身でリサ達と向き合うべきだったわ」
高橋先生の言いたいことは少し理解できた。
……森田先生のやり方は強引過ぎたんだ。
「……あ、そうだ! 先生……俺、体育倉庫に入る為に窓ガラス割ってしまったんですが、それって弁償ですよね……?」
「その心配はいらないわ。おそらく全額保険対象になると思うけど、詳しくは後日伝えるわね」
「わ、分かりました」
気になっていた事も解消され、俺は本題について高橋先生に尋ねる。
「……それで、リサ達ってどうなりましたか?」
「えぇ、リサと一緒にいた3年男子の4名が停学処分になるそうよ」
「……え!」
俺は予想以上の処罰で少し動揺する。
「当然よ、園田を人質にして恵に性的暴行を行おうとしていた訳だからね。本来なら逮捕ものよ」
「そう……ですよね」
俺も恵が被害に合うのを未然に防ぐことができて良かったと心から思う。
すると、恵は俺の痛む手を優しく両手で包み込んできた。
「……和樹君、守ってくれてありがとう」
恵は天使のような笑顔でお礼を伝えてくる。
「……どう、いたしまして」
俺は照れつつも返答を返すと、ぞくぞくと皆が保健室に入ってくる。
「和樹! 起きたのか!」
「……和樹さん、大丈夫でしたか?」
「愛花のお兄さん……大丈夫?」
「師匠! 大丈夫ですか!」
皆が保健室に入ってくるや否や、一気に問いかけられて俺は軽く混乱する。
……神崎さんに至ってはどさくさに紛れて師匠って言ってるし。
「……え~っと」
そんな中、園田さんが最後に保健室に入ってくる。
「……山守君、今回は本当にお世話になりました」
園田さんは深々と俺にお辞儀をしてくる。
「……いや、こっちも最後の最後でリサから守れなくてごめんね。園田さんも怪我とかしてない?」
「……はい。お陰様で大した怪我はありません」
「そっか、よかったよ」
「……はい!」
俺と園田さんはお互いに微笑み合う。
そして、視線を樹達に戻す。
「……それで、皆わざわざ俺が起きるまで待っててくれたのか?」
「当然ではないか! 同じ部員であり、仲間だからな!」
樹はニカッと笑顔を浮かべ腕組みをしながら気持ちよく言い放つ。
「……私も和樹さんがご心配で……」
「うんうん! 急に部室から飛び出しちゃって驚いちゃった! それに、駆け付けたら愛花のお兄さん倒れちゃってるし……心配したんだもん!」
「……手は大丈夫なんですか師匠?」
「皆に心配をかけたみたいだね。……手はちょっとアレだけど、体はピンピンしてるから安心して!」
俺は心配かけまいと満面の笑みをする。
皆から暖かいものを感じ、手の痛みも自然と収まっていくように錯覚してしまう。
『……和樹君、手……痛いですよね? 痛覚は意識を失っている間に戻しておいたので、ある程度は緩和されていると思いますが……』
すると、神楽耶が恐る恐る確認してくる。
『……ヤバいぐらい痛い……けど、恵達を守ることが出来てめちゃくちゃ嬉しいよ! ……ありがとうな、神楽耶!』
『……っ! いえいえ、私も和樹君のお役に立ててうれしいです!』
俺は神楽耶にも精一杯の感謝を伝え、高橋先生に視線を移す。
「それじゃ先生。……時間も遅いですし、俺達はもう帰ろうと思います」
「えぇ、後は私にまかせて家でゆっくり休みなさい。皆も、寄り道しないで帰るのよ?」
皆も元気よく返事を返すと、俺達は帰り支度を済ませて学校を後にした。
俺は両手が使えないので愛花に鞄を持ってもらったまま校門を出る。
「ごめんな愛花、持たせちゃって」
「いえいえ! これぐらいお安い御用ですよ」
「……和樹君、その手で家に帰っても大変じゃない?」
恵は俺の手を見ながら心配した顔で尋ねてくる。
「ん~……どうなんだろ、実際に過ごしてみないと分からないな」
「ふふん! 豊崎先輩、私が責任持ってお世話をするので任せてください!」
「あら、頼もしいわね。和樹君の事……お願いね」
「はい!」
恵は愛花をナデナデしながら話す。
「おーい、和樹。早く行こうではないか!」
少し先を進んでいた樹達は振り返って俺達に問いかけてきた。
「おぅ!」
俺達も小走りで樹達に追いつき、皆で暗くなった桜並木を下りていった。
それからみんなと徐々にお別れをして愛花と2人っきりで家までの道を進む。
静まり返った夜道を歩いていると、愛花が俯きながら話しかけてくる。
「……兄さん。……今回みたいな無茶は、あまりしないでくださいね」
「……愛花?」
愛花は皆の前では見せないような少し悲しそうな顔をして俺に視線を向ける。
「だって、3年男子の方と喧嘩になったと聞いて、すごく心配したんですよ! 兄さんにもしもの事があったらって思ったら私……」
「……そうだよな。普通、心配するよな」
もし神楽耶がいなかったらボコボコの袋叩きになっていた事は簡単に想像できる。
……俺は俯きながらうっすらと目に涙を浮かべる愛花の頭を優しく撫でた。
「兄さん?」
「……わかったよ。もう無茶はしないし、愛花を1人には絶対にしない。……約束するよ」
愛花は目に浮かんだ涙を指で拭った後、笑顔に変わる。
「はい! 兄さん!」
――ギュルルルゥ!
すると、俺の腹が思いっきり鳴り響く。
「愛花……実は俺、めっちゃ腹減ってるんだ」
「あはは……兄さんったら。……任せてください、美味しい晩御飯作りますね!」
「あぁ、期待してるぞ!」
「……それじゃ家まで競争しましょう!」
愛花は俺の返答を待たずに駆け出す。
「ちょっ! 待てよ愛花!」
俺は笑顔で走り出す愛花を必死に追いかけた。
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