■73 決死の覚悟
私はスマホを見た瞬間、怒りで走りだしていた。
和樹君の声が聞こえたような気がするけど、今はそれどころじゃない。
「瞳ちゃん……瞳ちゃんっ!」
私は勢いよく階段を降り1階に到着すると、急いで体育倉庫の方へと走った。
「はぁ……はぁ……」
私は肩で息をしながら体育倉庫が視界に入る。
そのまま勢いよく少し開いた体育倉庫の入り口に駆け込む。
「瞳ちゃん!!」
叫びながら体育倉庫に入ると、そこには気絶した瞳ちゃんとリサ達の他に3年男子が2人いる事に驚く。
「……なん……で」
勢いで体育倉庫に来た私はひるんでしまう。
――バタンッ!
すると、背後にある体育倉庫の扉が急に閉まった。
「……えっ!」
急いで振り返ると、扉の死角にいた3年男性が扉につっかえ棒として木の棒を設置して外から入れない細工をしていた。
「……っ!」
私は罠にハマった事に動揺したが自分の事より瞳ちゃんの安否が心配だったので、勇気をもってリサに視線を戻す。
「あははは、超ウケる。本当に来たよ。……それも1人で」
リサは不敵に笑う。
「――瞳ちゃんを放しなさい!」
「……誰が言う事きくかよ。よくもチクってくれたわね。……あーウザかった」
リサは気絶している瞳ちゃんの髪を乱暴に掴む。
「ムカついたから園田にお前を体育倉庫に呼ぶように言ったんだけどさ。生意気にもこいつ断ってきたのよ。……だから餌になってもらったって訳」
「……っ! 私に用があるなら瞳ちゃんは関係ないでしょ!」
「えぇ、そうね。でも、実際にあんたはここに1人で来た。思惑通りで笑えて来るわ」
怒りで眩暈がしそうなのをグッと堪える。
「……それで、何が望みよ」
「ふん、単なる憂さ晴らしよ」
すると、リサは周りにいる3年男子に視線を向ける。
「……おまたせ、もうこいつ逃げられないから、好きにしていいわ」
「へへ……リサ。本当にこいつ好きにしてもいいんだな?」
「えぇ、好きにして頂戴」
リサがそう言うと、3年男子達は一歩前に出る。
「……だそうだ。楽しもうぜ。……お互いにな」
「……こ、来ないでよ!」
――ガシッ
私は後ずさりをすると、後ろの扉に待機していた3年男子から羽交い絞めにされる。
「……えっ!」
「ほら、逃げんなよ!」
「……い、嫌ッ!」
羽交い絞めから抜け出そうとするが、男子の腕力には敵わず抜け出すことができない。
「……嫌、嫌よっ!」
目の前に迫ってくる3年男子を見ながら私は大好きな彼の顔が脳裏に浮かぶ。
――助けて……和樹君!!
―――――――――――――――――――――
俺は園田さんのトーク画面に表示された写真を見ているとスマホの画面が消えてしまったので、再度見ようとサイドボタンを押すがロック画面が表示されてしまい見直すことが出来なかった。
「……あ」
ロック画面には俺と恵が遊園地で親御さんに撮影してもらったペア写真が設定されていた。
恥ずかしくなった俺はすぐにポケットに恵のスマホを仕舞って立ち上がる。
「樹! 高橋先生に体育倉庫に来るように知らせてくれ!」
「ど、どうしたんだ和樹!」
「……恵が、危ない!」
俺は樹に伝えると急いで部室から駆け出した。
体育倉庫は前に俺が捕まった場所でもあるので、最短距離で向かう。
「はぁ……はぁ……」
全速力で走っているので息が上がった状態で体育倉庫に到着する。
俺は急いで扉を開けようとするが、扉はビクともしない。
「……くそ! 何で開かないんだよ!」
『和樹君、確か前に捕まった時に窓がありましたよね? そこから入れるんじゃないですか?』
『た、確かに! 急ぐぞ』
『はい!』
俺はすぐに回り込み、道中にある焼却炉に置いてあった鉄パイプを拾い上げる。
――大丈夫さ。和樹君の思うように行動するといいよ――
鉄パイプを力強く握りながら俺は芳樹おじさんの言葉を思い出す。
体育倉庫の窓に回り込むと俺は勢いよく窓に鉄パイプを振りかざした。
――バリッ!
ガラスにはヒビが入り、続けて俺は蹴り砕いた。
鉄パイプを放り出した後、すぐ手で窓の鍵を開けて中に入る。
「……な、なによっ!」
そこには俺の登場に驚くリサ達と身に覚えのある3年男子と知らない3年男子が2人いた。
そんな事よりも、俺は恵のシャツがはだけて下着が露出した状態で今にも男子に襲われそうな場面に立ち会っている事に怒りが湧いてくる。
「何……してんだよ」
「……ンーッ!!」
恵はガムテープで口を覆われており、俺に何か伝えながら涙を流す。
すると、恵の傍にいた3年男子が立ち上がり、俺を見据える。
「……なんだよ、この前のすばしっこいガキじゃないか」
「恵に……何してたかって聞いてるんだよ!!」
「うっせぇ!! 邪魔すんなァ!」
見に覚えのある3年男子は勢いよく殴りかかってくる。
「……っ!」
『和樹君! お邪魔します!』
俺は反応できずにいると、神楽耶が即座に入り込んで相手の拳を寸前で避けて広い場所へと移動する。
『あ、あっぶねぇ……、助かったよ神楽耶』
『いえ、すみません。勝手に入ってしまって』
『いや、助かった。……ありがとう』
拳が空を切った相手は俺の方を向く。
「……ふん、本当にすばしっこいやつだよな」
俺は捕まっている園田さんと恵に視線を向けて神楽耶に問いかける。
『神楽耶、今回は前みたいに逃げれる状態じゃない……。そこで確認だけど、相手の攻撃を予測できるって事は攻撃にも転用できるんじゃないか?』
『え、そうですけど……でも、それだと和樹君の反動がより一層大きくなってしまいます!』
俺は相手と距離を保ちつつ睨み合う。
「なんだよ、殴って来ないのか? ……ふん、どうせお前なんて逃げる事しかできないんだろ」
3年男子は俺を挑発してくるが、俺は無視をして神楽耶とのやり取りを続ける。
『……俺の事は考えなくていい。今この状況を脱することが最優先だ!』
『……和樹君。……わかりました、やってみますね』
『あぁ、全力で頼む』
神楽耶とやり取りをし終える。
「……埒が明かねぇな。早く終わらせるぞォ!」
すると、相手は勢いよく殴りかかってきた。
俺は神楽耶を信頼して相手から視線を逸らさずに見据える。
『させません!』
神楽耶は相手の拳を寸前で避けた後――
――スパァンッ!
神楽耶は容赦のない右フックを相手の顎先へとクリーンヒットさせた。
その瞬間、右手に激しい痛みが走る。
『いっでぇ!!!!』
俺はあまりの痛さに神楽耶の制御を解いて、その場に悶え苦しんでしまう。
『だ、大丈夫ですか!? 和樹君!』
『うぅ……痛ぇ……でも当然か、殴った拳にも反動は来るもんだよな』
『す、すみません……』
『いや、いいよ。当然の代償だ』
俺が手の痛みから周りに意識を移すと、恵やリサ達は驚きの表情をして俺達を見ていた。
「……なによ……こいつ」
「……?」
俺はリサ達の視線の先を向くと、そこにはさっきまで俺を殴りかかってきた3年男子が倒れていた。
「……えっ!」
俺もリサ達と同様に驚いてしまう。
……どうやら、俺の一撃で意識を失ってしまったようだ。
「うぅ……」
俺は痛む右手を摩りながらすぐに立ち上がる。
「リサ……2人を解放してくれないか?」
「……ふ、ふん! まぐれで勝って調子に乗らないでくれる? 2人とも、やっちゃって!」
リサの掛け声と共に、残りの3年男子2人は殴りかかってくる。
「……くそ!」
『和樹君!』
『……あぁ、俺の事は良いから全力で頼む!』
それから一人の攻撃を避けた後――
――スパァンッ!
再び右フックを顎先に向けて殴りつける。
当然ながら右手には前と同様の痛みが走る。
「……痛っ!」
俺はどうしても痛みで神楽耶の制御を解いてしまう。
――ボコォ!
その隙をもう片方の3年男子は逃さず、腹に一発を貰ってしまう。
「ガハッ!!」
一瞬、息が出来なくなるような衝撃が体に走る。
「ンーーッ!!!」
そんな俺を見た恵は、俺に向かって声にならない声をあげる。
『和樹君!』
すぐさま神楽耶が制御を取り戻し、相手から距離を取る。
「はぁ……はぁ……」
すると、先ほど殴った相手が起き上がる。
どうやら、相手は顎をガードしており気絶には至らなかったようだ。
『……神楽耶、俺の手から痛覚って消すことはできないのか?』
『できない……事はないですが。和樹君……もし痛覚を元に戻した時の痛みは想像を絶すると思いますよ』
『頼む……やってくれ神楽耶!』
俺は決死の覚悟で神楽耶にお願いをする。
『……わかりました』
次の瞬間、手の痛いはなくなり麻酔を打たれた時のような感覚になる。
『……和樹君、すぐ終わらせますね』
それからは神楽耶の独壇場で、相手の攻撃を避けては反撃を繰り返していった。
「はぁ……はぁ……」
手の痛みはなくなったが、動き回るのに疲れて息が上がってしまう。
……だが、俺の目の前には3年男子が3人倒れていた。
「……リサ!」
俺は血が滴り落ちる両手からリサに視線を移し、睨みつける。
「……ヒッ」
「もう、これ以上……俺の目の届く範囲で恵に悪さをしてみろ、これだけじゃ済まさないからな!」
「……も……もう、知らないわ!」
すると、リサと取り巻きの1人は俺の隣を走り去っていき、扉のつっかえ棒を取り除き体育倉庫から逃げていった。
……なぜか、片方の取り巻きである近藤ジュリだけが残る。
「……なんだよ。行かないのか?」
「……っ!」
すると、ジュリは無言で2人の紐をほどき始め、口元のガムテープもはぎ取る。
「……なぜ」
自由になった恵は俺に説明してくる。
「……私が襲われそうになった時、この子が時間稼ぎしてくれたのよ」
すると、近藤さんは俯きながら謝罪をしてくる。
「……ごめんなさい。私……リサに弱みを握られていて歯向かえなかったの」
理由はどうあれ、恵を助けてくれた事は事実なのでお礼を言う。
「……ありがとう、近藤さん。恵を守ってくれて」
「私は別に……リサに付き添っていろいろしてきたのは事実だし」
すると、意識を失っていた園田さんが目を覚ます。
「……恵ちゃん?」
「瞳ちゃん!? 起きたのね!」
「……ダメだよ、来ちゃ」
園田さんが意識を取り戻すと、恵は目から大粒の涙を流す。
「もう、終わったのよ瞳ちゃん。……それに、私のせいでごめんなさい!」
「……恵ちゃんのせいじゃないよ。私はただ……過去に私が犯した過ちを繰り返したくなかったの。……もう自分の気持ちに……嘘はつきたくないんだ」
「瞳……ちゃん」
お互いに泣き出して抱きしめ合う。
俺は抱き合う2人を見て頬を緩めた。
――ドサッ!
だが、すぐに意識が朦朧となりその場に倒れ込んでしまった。
「……和樹君? ……和樹君っ!!」
恵の声と駆け寄ってくる足音が聞こえる。
俺の体を揺らして何度も俺の名前を叫ぶ恵。
「(大丈夫だから……そんなにさけ……ぶんじゃ……な……い……)」
聞こえるかわからない小さな声で恵に伝えると、俺は意識を手放した。
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